ドジっ子の恩返し

 立ち話するわけにもいかず、近くのハンバーガーショップに入った。そういえば朝からいろいろ回って今日は何も食べていない。


 二人席に向かい合って座ると、侑紀先輩以外とこうしているのが珍しくてちょっと戸惑ってしまう。辻さんはハンバーガーにシェイクにポテトもつけて食べる気満々らしい。


「それで、何を探してたんですか? 映画、はそんなにいっぱいじゃないから、コンサートとかですかね?」


「いや、遊園地。オリエンタルランドの」


「あぁ、人気ですもんね。夕方以降に行くと安くなるチケットとかあるんですよ。お金がなくてもオススメです」


 さすがに詳しいな。アニメやゲームも好きだけど、遊園地っていうのはやっぱりいくつになっても人の心を惹きつけるらしい。


「もしかして、開業記念日のプレミアムパレード、ですか?」


「え?」


「他にあるとしたらそのくらいじゃないですか。私結構詳しいんですよ」


 くもりっぱなしの俺の顔と対照的に辻さんは自慢げに鼻をこすった。


「確かにここに連れていってもらえるなら、どんな女の子でも喜んじゃうと思いますよ。超超レアチケットですから」


「そんなにすごいのか!?」


 思わず机を叩いて立ち上がってしまった。周囲の視線に恥ずかしくなって苦笑いを浮かべながら席についた。


「知らなかったんですか? ゲームで言ったらチートアイテムですよ。年に一度ですからね」


 飲み込んだコーヒーが逆流してきたみたいだった。苦みが口の中に広がる。焦りが汗になって頬を流れた。


 大丈夫だ。侑紀先輩は乗り気じゃなかった。そう考えてみても、怖さは消えなかった。浅尾先輩は一度、俺の知らないやり方で侑紀先輩と恋人になっている。


「大丈夫ですか? 私なにか悪いこと言っちゃいました? でも彼女さんとは仲良さそうでしたし、チケット取れなくても正直に言えばきっと許してくれますよ」


 辻さんのフォローも全然効果がない。不安ばかりが募っていく。


「実は……」


 正直に辻さんに俺の状況を話した。助けてほしいというよりもとにかく口に出して気分を軽くしたかった。


「むむむ、それはピンチですね」


 全然焦った様子のない辻さんは、シェイクをすすりながら何度も一人で頷いている。そして自分のバッグの中をごそごそと探ると、小さな封筒を取り出した。


「これ、なんだかわかりますか?」


「オリエンタルランドのマーク。ってことは!?」


 封筒から取り出されたチケットはまさしく俺が今探しているプレミアムチケット。それも二枚。探しても見つからなかったレアチケットだ。


「私も友達と行くつもりで抽選に出したんです。でも友達の都合が悪くなって」


「そうだったんだ」


 欲しい、という言葉をなんとか思い留めた。このチケットの価値がどれほどか。俺が一番よくわかっているつもりだ。今これを手に入れようと思ったら数万円になる。そのくらい欲しくてたまらない人が俺以外にもたくさんいるのだ。


「このチケット。一枚ならあげてもいいですよ」


「一枚だけ?」


「彼女さんはチケット持ってるんですよね? 私たちと彼女さんたち、ダブルデートってことにすれば、その男の人も断りにくいんじゃないですか?」


「それは、そうかもしれないけど」


 浅尾先輩はとにかく体面を気にする。俺だけなら何かと文句をつけて追い出しそうだけど、辻さんが一緒なら嫌がりつつも表面上はいい顔をするはずだ。浅尾先輩のことを知らないのにいい作戦になっている。


「どうですか? お二人の邪魔はしませんから。もちろんちょっとくらいは私にも構ってほしいですけど」


 辻さんは少し頬をにやけさせながら俺の反応を待っている。最高の作戦を思いついたって感じの表情で、俺の肯定を待っているんだろう。


 でも、俺の答えは違う。


「悪いけど、それはできないよ」


「な、なんでですか!?」


「たとえ嘘でも、侑紀先輩以外とデートっていうのは。裏切ってるみたいで」


 まだ彼氏でもないのに融通が利かない。自分でもそう思う。でもそこだけは譲れなかった。効率が悪いと言われても侑紀先輩にだけは不誠実なことはしたくなかった。


 まだ探せる場所はある。できるだけのことをして、見つからなかったら侑紀先輩に

行かないように説得するしかなさそうだ。


「ありがとう。でも話して少し気持ちが軽くなった」


「あ、ちょっと待ってください」


 立ち上がろうとした俺の手に封筒が押しつけられる。オリエンタルランドのマークが入っている。


「やっぱりちょっとズルいですよね。宮崎さんが困ってるっていうのに。ちょっといじわるしたくなったんです。彼女さんが羨ましくて」


 押しつけられた封筒にはしっかり二枚のチケットが入っている。


「でももらうなんて」


「いいんです。友達も来られなくなっちゃったし、それに前に助けてもらったお礼をまだしてませんでしたから」


「ありがとう」


「気にしないでください。私、そういう真面目な宮崎さんだから、恩返ししたくなったんですから」


 封筒をしっかりと握ってハンバーガーショップを飛び出した。電車に乗って大学のサークル棟に向かう。今日は部室に行く約束はしていなかった。でもなんとなく今日もいるような気がした。


「先輩、います?」


「あれ、今日は来ないと思ってたのに」


 侑紀先輩はまたチャイコンのアクションゲームを一人で攻略していたらしい。最後に俺が見たときからまったく進んでいない。クリアは難航しているみたいだった。


「黙って練習して驚かせようと思ったのになぁ」


 侑紀先輩は悔しそうに指を鳴らすふりをしてまた画面に視線を戻した。


「それで今日はどうしたの?」


「あの、その、何とか用意できたので」


「用意?」


 俺はポケットから少ししわのついた封筒を取り出す。数日前に侑紀先輩のバッグに入っていたものと同じ。オリエンタルランドのマークの入ったもの。侑紀先輩もそれを見た瞬間に何の話か理解できたみたいだった。


「本当に持ってきたの?」


「キャンセルしようとしてた友人に譲ってもらって」


「運がいいねぇ。さすがラッキーボーイ」


 侑紀先輩は俺からチケットを受け取って、大切そうに自分のバッグにしまった。これでなんとか浅尾先輩と行くのは阻止できたはずだ。


「あ、そうそう。来週の日曜日って空いてる?」


「え? えぇ。大丈夫ですけど」


「じゃあ遊びに行くから汚れてもいい恰好でここ集合ね」


 そう言えば忘れていた。まだサバゲーを越えるっていう大変なポイントがあった。


 チャートをしっかりと思い出しながらMVPへのルートを頭の中で構築する。だいぶ落ち着いてきたなんとかなる。あとはパレードを見て告白するだけだ。

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