敵の逆転の一手

 いつものようにサークル棟に向かう足も重い。侑紀先輩にあれだけ自信満々に言った手前、正直に話すのも恥ずかしかった。いつものように部室に入ると、やっぱり先に来ていた侑紀先輩は俺がクリアしたレトロアクションゲームを前に、体を揺らしながらコントローラーと格闘していた。


「珍しいですね。侑紀先輩がアクションなんて」


「いやー、シゲくんも浅尾もクリアしてたからアタシもできないかなって」


「まぁ、レトロアクションは難しいのが多いですからね」


「んー、でもやっぱり悔しいなぁ。ん、なんかちょっとヘコんでる?」


 侑紀先輩はゲームオーバー画面で手を止めて俺の顔を覗き込んだ。


「宝くじ、外れちゃいました」


 俺が落ち込んだままそう言うと、侑紀先輩は俺の肩を優しく叩きながら大笑いを始めた。


「そんなの気にしなくていいじゃん! 当たるとも思ってなかったし。でもちゃんと遊園地には行ってくれるんだよね?」


「それはもちろんです! でもプレミアムパレードは」


「いいって。それよりこのステージのクリア方法教えてよ」


 苦戦している侑紀先輩は俺のアドバイスを聞きながらなんとか二ステージクリアしたところで音をあげた。


「今日は無理! おしまい!」


「結構進んだじゃないですか」


「それって嫌味ぃ? 全然だったじゃん」


「パスワード更新できたなら上々ですよ」


 セーブ機能がないから昔のプレイヤーはこの意味のない文字列を必死にメモしていた、と父親から聞いた。今はスマホのカメラで撮ってしまえば一瞬だけど、手書きだと後から読み返してみると、メモが間違っていて最初からということもよくあったらしい。


「じゃ、宿命の交差点の続きやろ。そろそろクリアだよねぇ」


「隠しシナリオに入ってきましたからね。条件探すのキツかったですよ」


 同じノベルゲームを何度もやるのはキツイと思ったけど、さすが名作と呼ばれるだけあって何度繰り返しても新しい発見があって面白い。


「そろそろ終わりそうだし、最後どうなるのか気になるなぁ」


 チャイコンからSSに入力を切り替える。古いテレビの入力端子は固くてなかなか抜けない。勢いあまって近くにあった侑紀先輩のバッグに腕が当たってしまった。


「あ、すいません。あれ?」


 中からこぼれ落ちてきた封筒。その表紙に書かれたマークは俺がついさっき諦めたオリエンタルランドのものだった。


「これって、もしかして」


「あー、いやー、浅尾がね」


 さすがに中身を見るようなことはしない。でも中身は予想ができた。俺がこのクソゲー地獄に入る前、浅尾先輩は遊園地のパレードに誘って侑紀先輩に告白した。


 これまではずっと俺が侑紀先輩と一緒にいたから浅尾先輩は何もできなかった。あのチャイコンからバグが出て、浅尾先輩も俺と同じように侑紀先輩にアプローチをしかけているんだ。


「なんか手に入ったから一緒に行かないか、って。勝手に押しつけていっただけだって」


 侑紀先輩はそう言って困ったようにこめかみをかいた。


「すみません、俺が用意できたらよかったんですけど」


「だから、気にすることないって。むしろ浅尾のチケット奪っちゃおうよ」


「それはさすがにダメですよ」


 この調子だと侑紀先輩が浅尾先輩と行きそうな雰囲気はない。でもプレミアムパレードが見たいのは間違いないだろう。何かの拍子に一緒に行ってしまったら、浅尾先輩の話術と雰囲気に流されたりして。


 悪い想像はどんどんと俺の脳内に広がっていく。


『もう遅いよ』


 もう遠い記憶に感じる。侑紀先輩の寂しそうな表情がフラッシュバックする。


「俺も用意します」


「え、何を?」


「プレミアムパレードの日のチケット。絶対に」


「いやいや、無理しなくても。それに予約はもう完売してるし」


 そんなことはわかっている。今の俺の手持ちじゃ転売チケットも買えないことも。でもこのままにしているとゲームオーバーだ。ふてくされて部室で一人ゲームをやっていたときと同じだ。


 何もしないまま負けを認めるようなことは絶対にしない。


「用意できたら俺と一緒に行ってくれますか?」


「別にそんなに気合入れなくても」


「それじゃ今から探して」


「ダーメ。これからゲームやるって言ってるでしょ」


 部室を出ようとした俺の腰に侑紀先輩の腕が絡みつく。そりゃゲームの約束は破れないですよね。知ってました。


 隠しシナリオまで完全クリアして部室を出るともう空は暗くなっていた。あと少しだと思って止めどきを見失った結果、こんなにやり続けるとは思わなかった。


「どうやって手に入れるかな、チケット」


 帰り道もそのことで頭がいっぱいだった。ネットのフリマサイトを見てみると、かなりの数が転売されているらしい。でもどれもこれも高騰していて今の手持ちからは出せそうにない。


「いや、無理すればなんとか……」


 でもそんな重いチケットをもらって侑紀先輩が喜ぶだろうか。無理せず通常日のチケットにした方がいいかもしれない。


「あー、まとまんねぇ。今日はやめだ」


 明日は一応チケットショップを回ってみようか。あるとは思えないし、あったところで同じように手が出る価格じゃない気がする。それでも確認しないわけにはいかない。何もせずに諦めるのは一番最初にやめたのだ。


 渋谷、新宿、池袋と回ってみたが、どこも扱っていないか高額でちょっとやそっとで手が出る値段じゃなかった。買うなら値切りできるらしいフリマサイトの方が楽かもしれないな。


 池袋のサンシャイン通りにあったチケットショップから出る。ここもはずれだった。東京駅や秋葉原駅の方まで探しに行くべきか。


「あああぁぁぁー!」


「っと、びっくりした。俺の顔見るたびに叫ぶのやめてくれよ」


 振り返ると、前に渋谷駅で助けた辻さんが俺の顔を指差していた。いつまで経っても俺の顔を見るとこの反応だから困る。リサイクルショップに行くたびにこれだから店長さんも苦笑いを浮かべることが増えてきた。


「だって救世主様」


「その呼び方もやめてくれよ」


 そういえば一度この辺りのアニメショップで鉢合わせたんだっけ。あのときはアクセサリーを教えてもらった。


「どうしたんですか? なんか顔が暗いですけど、彼女さんとケンカしました?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど」


「でもそこって余ったチケット売ったりするところですよね。いらなくなったチケットを売ったんだとしたら……あ、すみません。変な勘繰りでした」


 妙なところだけ鋭いな。自分の財布は落とすのに。言葉が悪かったことに自覚はあるみたいで、辻さんは口元を押さえて、次の言葉を出さないようにしている。でも視線は俺の顔をうかがっていて、話を聞きたそうにチラチラとこっちを見ている。


 なんだろうか。妹の純を思い出す。人懐っこい感じが心を緩ませた。


「わかったよ。話すよ」


「いえ、そんな無理にとは」


「じゃあ、そんな期待に満ちた目をしないでくれよ」


 正直一人で悩んでいるのは胃が重くなっていたところだった。侑紀先輩に話はしたけど、諦めて普通に遊園地に行くのは最後の手段だった。

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