Loop11 ミステイクとリカバリー
ガバはRTAの華
二階に上がってフロアの端にあるやや小さな筐体に小学生の女の子に混じって並び、保護者の注目を集めながら浅尾先輩がゲームをやっている。
それを見ているだけで、俺は笑いがこぼれる。声が漏れるのを抑えるのが大変だ。
「どうどう? おもしろいでしょ?」
「あぁ、そうだね……」
さすがの浅尾先輩も取り繕う余裕がなくなっている。そりゃあれだけ小学生くらいの女の子たちに指をさされたら顔色も悪くなる。
「さぁ、そろそろ離れようか。順番を待っている子もいるし」
「うーん、やっぱりやるなら平日深夜だよねぇ」
侑紀先輩はいつものこと、という風で、子どもたちの好奇の目にもまったく動じていない。好きなものはとことん好きなところが侑紀先輩のいいところだ。
「あれ、シゲくん?」
一瞬見惚れたので反応が遅れた。侑紀先輩が俺に向かって駆け寄ってくる。主人の帰りを迎えに来る子犬みたいでかわいい。
「今日は急にバイト入ったんじゃなかったの?」
「新宿店でバイトだったんですよ。でも先輩の欲しかったもの、手に入りましたよ」
「ホント!? でかした、褒めてつかわそう」
嬉しそうに俺の頭に手を伸ばしながら、なんか悪代官みたいなこと言い始めている。その様子を疲れた顔で見ている浅尾先輩は嫌がっているような救われたような複雑な気持ちを眉間のしわだけで表現していた。
「君がどうしてここに?」
「バイトの帰りですよ。ゲーセンがあるとフラっと寄っちゃうもので。お二人こそ珍しい組み合わせですね」
「なんか浅尾がゲームやるって言いだしてね」
「珍しいですね。いきなりアレはハードル高いですけど」
浅尾先輩はまだ背中に刺さる無垢な少女たちの視線に苦しそうな表情を浮かべている。こっちは何度も苦しめられたから、こういう顔を見るのは楽しくてしかたがない。
「どうせすぐ飽きるでしょ」
「そんなことないさ。ときどき連れていってもらうよ」
諦めない浅尾先輩は少し疲れた声でそう言った。趣味が同じだとそれだけで話がしやすくなる。モテるためだけに自分の興味のないことに手を出すって考えを俺は理解できない。
浅尾先輩は部室にも顔を出すようになった。さすがに仲間を連れてくることもないし、内心楽しくないのか三十分ほどで帰ってしまうことも多い。
侑紀先輩はというと、最初こそ警戒していたものの、今ではすっかり同じ趣味の同志だと思っているみたいでいろんなゲームの話を聞かせている。本当に警戒心が薄くて不安になってくる。
「思ったよりゲームやってるねー」
「意外とうまいですよね。スポーツやってるからかな」
チャイコンのシビアなアクションも何度かの挑戦で攻略してしまう。運動神経は関係ないと思ってたけど、反射神経に越えられない壁を感じてしまう。イケメンは何やってもイケメンなのか。
「アタシもジョギングとかしたらレアカード出てくるかなー」
「それは関係ないと思いますけど」
カードの引きは運頼みだから体力がついても関係ない。侑紀先輩は真剣に首を傾げながら考えている。本当にレアカードが欲しいんだろう。
「そういえば、最近二人でいる時間が少なくなったような」
「ん? もしかしてシゲくんさみしい?」
「そういうわけじゃ。でも、今度どこかに出かけませんか? 先輩の行きたいところで」
「ん~、じゃあさ、オリエンタルランド連れてって」
俺が提案する前に、侑紀先輩から答えが返ってくる。そこが俺の攻略ルートのゴール地点。スペシャルパレードの前で告白するつもりだった。
「実は、今度宝くじ買うつもりなんですよ。当たったらプレミアムパレードだって見せられますよ」
「それじゃ、期待しないで待ってようかな。当たらなくても二人で行くからね」
当たり前だけど侑紀先輩はまったく期待していないというように笑っている。
俺も友達が買った宝くじが絶対当たるから、と言い出したらいい病院を探し始めると思うから、その反応は間違っていない。宝くじなんて当たらなくても当たったときのことを話すのが正しい楽しみ方なのだ。
「もちろんです。約束しましたからね」
「ふふーん、外れてもお昼ご飯くらいはおごってもらおうかな」
侑紀先輩は楽しそうに遊園地に行く日を想像しているようだ。その期待には最大の結果で返してあげよう。俺の場合は宝くじが当たることは確定しているんだから。
侑紀先輩に宣言した通り、俺はサークルの帰りに駅近くの小さな宝くじ売り場にやってきた。数字を選ぶタイプだからどこで買っても結果は同じだ。パートらしいおばあちゃんがのんびりとやっている小さな小屋みたいなところだ。
四ケタの数字を選ぶマークシートを一枚とって、鉛筆で数字を塗りつぶす。それだけで簡単にお金が手に入ってしまう。そのはずだった。
「あれ、番号は」
口に出してみても言葉が続かなかった。何度も繰り返した攻略ルートと違って、宝くじは数回しか買っていない。終盤のやり込みが浅くなるのはよくあることだ。まして今回は浅尾先輩が邪魔するハードモード。アドリブで乗り切った場面も少なくない。
「ってそんな場合じゃない。何だっけ?」
売り場のおばあちゃんも不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。そりゃいきなり店頭で悩みだしたらおかしく見える。俺は数字を決め切れないという風を装いながら、頭の中にあるはずの攻略メモを必死でめくった。
「えっと、四、八六三? 八三六二? ダメだ、思い出せない」
順番どころか四つの数字すらはっきりしない。これじゃ全ての並びを買うってこともできそうにない。
一度記憶の海底に沈んだら簡単に引き上げることはできない。ポケットの中に自然と手が伸びた。デバッグルームに帰れば、毎回手書きで更新し続けてきた攻略チャートが小さなちゃぶ台の上に置いてあるはずだ。
手が止まる。ここで押したらあいつが壊れてしまうかもしれない。まだ大丈夫だ。いくつかの候補はあるんだから買ってみれば当たるかもしれない。
当たらなかったとしても、何か方法はあるはずだ。多少のガバがあってもその後ノーミスでちゃんとリカバリーできれば完走する可能性はある。
「まだだ。なんとかしよう。なんとかできる」
思いついた数字の並びを十種類。用紙に書き込んで売り場のおばあちゃんに渡す。この中に正しいものがあればいいんだけど。外したときのリカバリー方法を考えながら、自信のない宝くじの券をサイフにしまった。
天の神様、ついでに四五郎も助けてくれるなら助けてくれ。そんな願いは届かず、一週間後に確認すると買った宝くじは全部外れていた。手元にある予定のお金はない。お金がなければチケットは手に入らない。
今考えれば後で必要なんだから、他の方法ででプレミアチケットを手に入れるルートを調べておくべきだった。四五郎があの様子だったからそんなこと全然頭になかった。どうすればいい? 自分の中で疑問を何度も繰り返す。いいリカバリー策は浮かばない。
外れても別の日に遊園地に行く約束はある。それに何かプラスして侑紀先輩の気持ちを惹きつけるものが用意できれば。
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