暗躍する先輩?

 俺の行動がまったく理解できない。そう思っているんだろう。デートを邪魔されたのに少しも抵抗しない男なんてなんて情けない。そう思ってるに違いない。


 ただ俺の目的は別にある。ここで一等賞のぬいぐるみをもらってくることの方が、一緒に行列に並ぶより重要なことは調査済みなんだから。


 カードを受け取って、浅尾先輩も含めて三人で読み上げられる番号を聞いていく。一向に穴の開かない侑紀先輩のカードを尻目に、俺は順調にリーチをかけて、予定通りに一番最初にビンゴの声を上げた。


「おぉー、シゲくんやるぅ!」


「運がよかったですね」


「きっとパシらされても文句言わなかったからいいことあったんだよ」


 壇上から戻ってくると、侑紀先輩が飛び跳ねながら迎えてくれた。もう自分のカードは諦めたようで、読み上げられる数字も聞いてない。


「これ、侑紀先輩にあげますよ。欲しかったんですよね?」


「え、いいの!?」


「いいんですよ。俺が持ってるよりこいつも嬉しいでしょうし」


 侑紀先輩はイカリクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。そのたびになんだかこの目つきの悪いクマのぬいぐるみを羨ましく思ってしまう。


「あれ? そういえば浅尾先輩は?」


「あ、そういえばいないね」


 ずっと隣にいたはずだろうに。侑紀先輩は今気がついたというように辺りを見回した。俺も同じように探してみるけど、目立ちそうなあの金髪はどこにも見当たらない。


「欲しいものとられちゃったから帰ったんじゃない? いい気味」


「まぁ、それならいいですけど」


「シゲくん、別に先輩だからって気を遣わなくていいんだよ。どうせ部室にも顔出さないんだから」


「そ、そうですよね」


 今回はうまく浅尾先輩を使って立ち回れたけど、また同じように何か邪魔してきたら困るな。これからもいろんなところに出てくるかもしれないからな。


 侑紀先輩はすっかりぬいぐるみに虜になっていて、浅尾先輩のことなんてもう忘れてしまったようにはしゃいでいる。この様子なら心配はなさそうだけど、なんてったってあの浅尾先輩だ。


 いろんな女の子と付き合ってきた経験は俺にはない。俺が思いつかないような方法で侑紀先輩にアプローチをかける可能性だってある。


「ほらほら、難しい顔してないで。今日はお礼にアタシがおごったげるからさ」


「そうですね。せっかくいいものもらったわけですから」


 いくら心配したってしょうがないよな。今は初見のハードモード。持っている知識を総動員して対応していくしかないんだ。


 頭の中でできあがった攻略チャートをなぞりながら、言葉を選び、行動を選択する。ゲームのコントローラーを通じて何度もやってきたことも自分が実際にやるとなるとどうしても緊張が走る。


 特にアクション部分は今でも怖い。カートでの坂下りは成功したけど、残機一つのオワタ式で挑戦するのは、いつも心臓の音が大きくなる。


 今から挑む新宿駅の工事現場もその一つだった。


「落ちたら押すか?」


 ポケットの中にはいつもと変わらずミニチャイコンがある。でもここでリセットボタンを押したら四五郎はどうなるのか。本人は大丈夫だって笑ってたけど、無事だっていう保証はない。俺が死ぬかあいつが死ぬか。


「いや、一発で突破すればいいんだよ。何度もクリアしてきただろ」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、立入禁止の看板がついた縞模様のバリケードをまたいだ。


「よし、いくぞ」


 気合を入れて走り出す。中途半端に速度を落とすと勢いが足りなくなる。落ちさえしなけりゃ大丈夫だ。何度も繰り返して受け身くらいはうまくなった。


 最後の大穴。ギリギリで踏み切って体を前に放り投げると、両足で余裕をもって向こう岸に着地した。


「はは、俺もやればできるもんだな」


 最初は届かなくて穴の中に落ちていったのが懐かしくさえ思えた。何度も繰り返してそのたびに始めからに戻っても俺自身は確実に強くなっている。


 新宿店でじゃんけんに勝ち、イコーナエスペルトの筐体を手に入れた。俺がもらったわけじゃなくてバイト先に搬入してもらうってことなんだけど、これで侑紀先輩も喜んでくれるはずだ。


 新宿店を出て、駅に向かって歩く。せっかく出てきたのだからどこかに寄ってもいいんだけど、東京に住み始めてると来たいときにすぐに来られるから、と結局用事以外で寄り道をしなくなる。


「でもラーメンくらい食べて帰ろうかなぁ」


 東京に一人暮らししているとラーメン屋巡りに困ることはない。スープの種類はもちろん、創作ラーメンもたくさんあって、選択肢に困ることはない。ただ結局気に入ったいきつけの店に行ってしまうことも多い。


 自然と足はゲーセン巡りの方角に向かっていく。映画館の向こう側まで行けば東京とんこつのラーメン屋があったはずだ。


 新宿駅からゆっくりと歩いて、古株のゲームセンターに入る。ここは古い筐体のアーケードゲームが置いてあるからときどき遊びたくなる。地下階にまっすぐ向かうつもりでキャッチャーの並びを抜けていく。


「あれ、今のは?」


 見覚えのある背中が見えたようで筐体の陰に隠れながら来た道を戻る。街を歩いていれば何度も見る茶色の髪でも、あのシルエットだけは違うことがわかってしまう。


「侑紀先輩、一人でゲーセン来てたんだ」


 本当なら部室でノベルゲーをやっている予定だったんだけど、直前でキャンセルしてしまった。それもイコーナエスペルトを入荷してもらうためだから、好感度はこの後上がる予定になっているけど、やっぱりちょっと心が痛む。


 声をかけようか、と思った瞬間に、侑紀先輩の隣に金髪の男が走ってくる。俺の体が固まる。「両替機がどこにあるかわからなくてね。困ったよ」


「ほら、取るなら早く取ってよね」


 浅尾先輩は景品がキャラもののマグカップが入ったキャッチャーに百円玉を入れている。デザインも侑紀先輩の好みに見える。


「それにしても急にゲーセン行きたいって、どんな気持ちの変化なの?」


「僕だって子どもの頃はゲームをやっていたからね。童心に帰りたくなったんだよ」


「どーせアタシはずっと子どもだよー」


 いつの間にか軽口も優しくなっている。侑紀先輩は単純だからゲームが好きになったと言われれば結構機嫌がよくなりそうなのは想像できたけど、こんなに簡単に取り入ってくるなんて。


 浅尾先輩のテクニックは俺が想像している以上に高かった。こっちは何度もリセットして最高の結果が出る方法を探してるっていうのに、向こうは一発で侑紀先輩の懐に潜り込んでしまう。


 声をかけようか悩んでしまう。少しだけキャッチャーを前にどうやったらマグカップが取れるかと相談している二人を見ていると、俺なんかより何倍も似合っていると思ってしまった。


「ちょっとだけ様子を見てみるか」


 自分の足が動かないことに言い訳をして、二人の背中を見守ることにする。長身に顔がいいとそれだけで絵になるんだから、ハンデがデカすぎる。


「だーかーらー、アームはコードに引かれてちょっと回るからそれを考えて」


「いや、回ってないと思うよ」


「回ってるって、だからさっきからリングの端に引っかかってるじゃん」


 浅尾先輩は侑紀先輩のアドバイスをよくわからないという顔をしながら聞いている。キャッチャーはああ見えて経験が物を言う。やったことがない人にとってはアドバイスも何を言っているかわからなかったりする。


 それでも嫌な顔せず付き合っている浅尾先輩は優に五千円をかけてマグカップを取り出し口に落とした。


「おぉ、意外と根性あるじゃん」


「根性、まぁ、その方が正しそうだね」


 拾い上げたマグカップの箱を見つめながら、浅尾先輩は苦笑している。まだ俺たちがこんなものにお金と時間をかけているのが理解できないって感じだ。


「それじゃこれはプレゼントだね」


「自分が欲しいって言ってたくせに」


「プレゼントしたかったから欲しかったんだよ」


 やや強引に箱を押しつけながら、優しい声でそう言った。俺がやったら気持ち悪そうなんだけど、侑紀先輩もまんざらじゃない顔をしている。


「満足した?」


「あぁ、次は上の階で面白いゲームがあったら教えてほしいな」


「しょうがないなぁ。じゃあアタシのイチオシのゲームを教えてあげよう」


 またあの女の子向けのアイドル育成カードゲームを紹介するつもりだ。俺のときは深夜の営業終了前だったけど、休日の昼間に浅尾先輩がやっていたらめちゃくちゃ目立つだろう。


 その姿をちょっと見たくなって、俺は浅尾先輩の攻略が続いていることを横に置いて、二人に続いて二階に向かう階段を上がっていった。

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