初見ハードモードRTA
もう何度目になるかわからない。五月一日の新入生歓迎会。もうどこに誰が座っているかもほとんど覚えてしまった。
「よぅよぅ。飲んでるかー、新人? 先輩の酒は黙って飲むもんだぞ」
向かいに座ってこうして声をかけてくるのは堀口先輩。どうやら最近彼女にフラれたらしくこうして俺に怒りをぶつけている。ただ恋愛話はやたらと好きで相談されるといい気になって自分の恋愛遍歴を武勇伝のように語るのだ。
「あ、ありがとうございます」
ビールを受け取って、口をつける振りをする。こうしていればすぐに俺への興味を失って、視線はどこかにいってしまう。
元々陰キャの俺に興味のある部員なんていない。存在感が消えたところでこっそりと飲み会の席から抜け出した。
少し待っていると、予定通り侑紀先輩が俺の後を追って外に出てくる。
「どうしたの、酔っちゃった? 飲んでないようには見えたけど」
「匂いと雰囲気だけでちょっと。風に当たればよくなると思います」
何度となく繰り返した初対面。俺にとってはもう流れがわかっている。でもこの侑紀先輩にとっては本当に俺と初めて会う瞬間。なんだか不思議な感じがする。
「よくなったらまた戻るの?」
「いや、正直逃げ出したいんですけどね」
「それじゃ、一緒に逃げちゃおっか」
侑紀先輩が俺の顔を覗き込む。これは何度繰り返し見ても心臓が高鳴った。思えば俺はこの瞬間から侑紀先輩に恋していたのかもしれない。
この後は一緒にゲーセンに行く。何度繰り返してもレアカードが当たらない侑紀先輩の不運っぷりに笑わせてもらう。そういうチャートのはずだった。
「どうしたんだい?」
店の方からいけすかない声が届く。振り返ると浅尾先輩が侑紀先輩を追いかけてきたようだった。
「すみません、ちょっと酔ってしまったみたいで」
「そうそう。落ち着いたらすぐに戻るよ」
「そうかい。あまり無理しないようにね」
まだ俺に悪意を持つ前の浅尾先輩だ。表面上は俺に好意的に話しかけている。すぐに納得してまた店の中に消えていった。
「ふー、危ない危ない。さっさと逃げちゃおっか。歩けそう?」
「はい、大丈夫です」
「あいつ意外と目ざといなー。ま、すぐには戻ってこないでしょ。ゲーセン行こうよ。このサークルに来たんならゲーム好きなんでしょ」
侑紀先輩に手を引かれてゲーセンに向かう。でも俺の頭の中は今出てきた浅尾先輩の存在でいっぱいになっていた。
今まで何度となく繰り返してきた中で、あんなことは初めてだ。多少の乱数要素はあったけど、大きな流れが変わったことはなかったのに。
「これもあいつがやられた影響か」
ポケットの中のミニチャイコンを優しく握る。これ以上のリセットはやっぱり負荷がかかる。この一発で決めてやらなきゃならない。
最後の最後でリセット禁止のハードモードか。
「やっぱり人生なんてクソゲーだ」
侑紀先輩に聞こえないようにそうつぶやく。やり直しはきかない。失敗したら一瞬でゲームオーバー。世界中の誰もがこのクソゲーに挑戦させられている。それに比べれば俺は恵まれている方だ。
浅尾先輩の影に怯えつつも、侑紀先輩とゲーセンに通って連絡先を交換した。このまま予定通り進んでくれればいいんだけど。
秋葉原でのデート。心配だったカートに乗っての坂道下りも一発で決めて、イカリクマのイベントまでやってきた。
「ふぇっへっへっへぇ」
「笑い声が我慢できてないですよ」
「いやぁ、これがテンション上がらずにいられますかって」
侑紀先輩は買ったばかりのグッズを抱えて、にやにやと頬を緩ませている。もちろん交換したマグカップも紙袋の中だ。次はビンゴのカードをもらいに行く。順番は前から一四番目。決して忘れるつもりはない。
「ビンゴやってるんだって。ちょっと見に行ってみようよ」
「そうですね。景品もあるみたいですし」
さて、と行列に向かって歩き始めたところで、俺の肩が軽く叩かれた。
「君たちにこんなところで会うとは思わなかったよ」
「あ、浅尾先輩……」
それはこっちのセリフだ、と言いたいところを我慢して言葉を切った。男性客もいるにはいるけど、さすがにカップルか家族連れがほとんどだ。いくらイケメンとはいえ男一人で歩いているのは会場でも目立っている。
「なんでこんなところにいるの?」
「女の子からイベント限定グッズが欲しいって頼まれちゃってね」
「どうせそんなことだろうと思った」
呆れたように侑紀先輩が首を振っている。でも浅尾先輩は全然気にしていないように言葉を続けた。
「ちょうどよかったよ。男一人だと目立ってしかたなくてね。お邪魔させてもらうよ」
俺と侑紀先輩の間に割り込むように浅尾先輩が入り込んでくる。すぐに行列に向かっていくけど、このままだと一番前に並んでしまうな。
少し俺が歩みを遅らせると、浅尾先輩が俺に顔を向ける。
「そうだ。喉が渇いたから何か買ってきてくれないか? 僕はコーヒーで頼むよ」
そう言いながら、浅尾先輩は俺の手に小銭を数枚押しつけた。
「ちょっと、勝手にシゲくんパシらせないでよ」
「まぁまぁ、僕がオゴるんだからさ」
「えぇ、いいですよ。近くに自動販売機がありましたし」
浅尾先輩としては俺と侑紀先輩を引き離したかったんだろう。でも今の俺にとっては助け船だ。侑紀先輩からオレンジジュースの注文を聞いて、俺は急いで自動販売機に向かった。
戻ってくると先輩たちは行列に一番前にしっかりと陣取っていた。この人混みの中、ちゃっかり一番をとれるのは浅尾先輩の顔と話術のおかげだろう。
「どうぞ。ごちそうになります」
缶を手渡すと、浅尾先輩は俺の素直さに少し顔をくもらせた。
「ほら、じゃあシゲくんも並んで」
「いや、もう後ろに何人か並んでいるし、割り込みはマズいだろう」
「そうですね。俺はちゃんと最後尾に並びますよ」
「あ、じゃあアタシも」
「いや、僕たちはいいだろう。せっかくの後輩の好意を無為にすることもないし」
列から出ようとした侑紀先輩を浅尾先輩が引き留める。ここで言い合いをしていたら俺の狙っている一四番目が通り過ぎてしまう。
「まぁまぁ。ルールは守らなきゃダメですよ」
侑紀先輩をうまくなだめて俺は狙い通りに行列に飛び込む。手にしたカードの数字は見慣れたものだ。これなら一等は間違いないと確信できた。
行列の一番前では浅尾先輩がしきりにこっちの様子をうかがっている。せっかく侑紀先輩と一緒だっていうのに、考え込むように口元を押さえている。
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