ボタン押しっぱ法は通用するか

「何で帰ってきたの? いいとこだったのに」


「いいとこでも好感度下がったら意味ないだろ」


「いいとこなのは認めてんじゃん。成彰くんのムッツリー」


「お前そういう言葉選びがじじいだぞ」


 ショックを受けて固まっている四五郎は置いておいて、対策はもうわかっている。ルートを変えるか、単純に傘で防いでやればいい。ちょっと難しいけど、侑紀先輩をかばうくらいならなんとかなるはずだ。


「んじゃ、次行ってくるから。なんとか言えよ」


 まだショックで固まっている四五郎を無視して、俺はチャイコンのリセットボタンを押した。


「おーい、そっちは遠回りだよ」


「あ、そうですね。なんで勘違いしたんだろ」


 駅からリサイクルショップのタイツーへはいくらかルートはある。俺一人なら変えるのも簡単だけど、侑紀先輩が一緒だとわざわざ遠回りするのは難しい。呼び止められて、前と同じ道を進むことになった。


「ま、だいたい場所は覚えてるし大丈夫かな」


 そう言った瞬間に背中から水しぶきが浴びせられた。


「なんでだよ」


 侑紀先輩も見事にずぶ濡れになっている。好感度もしぼんでいく。リセットだ。


「なんでだよ!」


 デバッグルームに戻ってくるなり俺は画面に映る四五郎に叫んだ。


「いやいや、ゲーマーなら知ってるでしょ。乱数ってやつよ」


「トラックが通るのは変わらないだろ」


「さっきのは普通の乗用車だったじゃーん。ちゃんと見てないと」


「そんなもん全然見てなかった」


 濡れたという事実と怒りの即リセットだったからな。どうせなら濡れた侑紀先輩ももう一度じっくり見ておけばよかった。


「乱数ってことはどこで水が飛んでくるかわかんないってことか?」


「ま、そういうこと」


「ゲームの神様なら乱数くらい調整してくれよ」


「俺っちそういうの無理」


「即答かよ」


 笑顔で返されると腹が立つな。でもずっと警戒なんてしてたら侑紀先輩から意識が逸れてキーホルダーのときの二の舞になるに決まっている。


「チャイコンなんて古いんだし、乱数もそんなに複雑じゃないだろ」


 何度か繰り返していればパターンが見つかるはずだ。警戒しつつ調査してみよう。


「頑張って再走しちゃってねー」


 何度か周回してみたが、乱数は思った以上に複雑だった。数十回繰り返して同じ場所は数か所。それも微妙にズレているようで同じだったとは言い難い。


「ハードはチャイコンでも世界は現実と同じように複雑にできてるってことか?」


「俺っちも新米神様だからそのへんはよくわかんねー」


「適当だなぁ」


 とにかく場所を特定しないことにはとっさに侑紀先輩を守れそうにない。こういうときは自分の運動神経のなさに悲しくなる。


「ん? 待てよ。このチャイコンを通して何度も世界を起動してるんだよな?」


「よくわかんねーけど、そうなんじゃない?」


「じゃあ試してみる価値はあるな」


 記憶を頼りにとりあえずコントローラーのスタートボタンを押してみる。


「何してんの?」


「チャイコンはデータ容量が少ないから乱数のスタート地点が入力に依存してたりするんだよ」


「へー、そうなの?」


「お前、自分のことくらい知っとけよ」


 ボタンをすべて試すのは大変だ。それでもやるしかない。ボタンを押しながら何度もリセットを繰り返しメモをとりながら、同じ場所で水を飛ばす車が発生する条件を調べていく。


 ワンプレイヤー用のコントローラーは全滅だった。それがダメならツープレイヤー側だ。昔普段は使わないこっちのボタンを押すことがクリア条件になっているゲームもあったくらいだ。


「どう? いけそう?」


 メモを何度も確認していると、四五郎が笑いながら声をかけてくる。俺の様子を見てもうわかってるんだろう。わざわざ話しかけなくてもいい。


「あぁ、これならいけるはずだ。まぁ見とけよ」


「楽しみにしてるよー。成彰くん。よーい、スタート」


「さてと、攻略開始だな」


 中野から電車で松山に戻ってくる。正直に言うとここまで何度も繰り返してこれたのは侑紀先輩と何度もデートできたからかもしれない。


 雨が小降りになっているからといって安心していたのが間違いだった。何度もやり直せるとはいえ、本当は一度しかないはずの人生なのだから。


「どうしたの?」


「いや、ちょっと緊張してきて」


「いったい何に? あ、あのちょっと変な店員さん?」


「あぁ、あの人よく叫びますからね」


 目印は数の少ない陸橋、それから歯医者の看板が張られた電信柱。


「よし、ここだな」


 侑紀先輩に聞こえないように、タイミングを確認する。道路側に立って俺の体で先輩をかばうと同時に、大きなトラックの姿を道路の奥に認めた。


 水しぶきが上がる。予知したように傘を構えると、ビニールに叩きつける水の重さが手に伝わった。


「びっくりしたー」


 振り返ると、侑紀先輩は無事みたいだ。さすがに傘一つで全部は防ぎきれなかった。俺の足元はびしょ濡れになっている。


「大丈夫? アタシをかばってくれたんだよね」


「ちょっと濡れちゃいましたけど大丈夫ですよ」


「うーん、濡れちゃったらしょうがないね。ゲーム買うのは今度にしよっか」


「このくらいなら平気ですよ」


「お店側は平気じゃないでしょ。ほら、風邪ひかないうちに帰ろ」


 ここまでか、傘一本で完全に防ぐのは無理だろう。ゲームを探すのはまた次のデートに誘う口実になっていい。


「大丈夫? 家まで送る?」


「いや、そんな心配しなくても裾が濡れただけですってば」


 心配する侑紀先輩と別れて俺は自分の部屋に帰った。


「さてと、今やってるゲームをクリアする前にどこかに買いにいけるように話しておかないとな」


 浅尾先輩じゃないけど、放っておいたら恋愛は離れていく気がする。侑紀先輩に逃げられないように次々と手を尽くした方がいいのかもしれない。


「でもそんなに簡単に口実なんて作れないよなぁ」


 部屋に戻って濡れたズボンを洗濯機に放り込みながらひとりごと。モテる男はどうやってそんなものを作っているのか。侑紀先輩と出かける理由を探しながら、濡れた体を温めるために風呂に向かった。

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