Loop8 稼ぎはRTAの基本

大金は人を変えるか?

「うーん、やっぱりこうなるよなぁ」


 銀行通帳を眺めながら、俺はスマホの電卓アプリを叩いていた。来月のバイト代もシフトの関係でだいたい決まっている。出かければそれだけ移動費はかかるし、食事に行けばそれだけお金がかかる。


 ここからさらに告白のための舞台とプレゼントを用意しようと思うと、どう考えたって足りない。かといってバイトを増やしては侑紀先輩といる時間が減ってしまう。それならどうするか。


「やっぱりギャンブルだよなぁ」


 ゲームでも効率よく稼ぐためにギャンブルを使うことはある。本当に乱数で結果が決まると困るが、疑似乱数をうまく操って結果を固定できれば短時間で必要な額を溜めることができる。やり直しが何度もできるなら乱数がどうなっているか調べてうまく稼ぎに使える方法があるかもしれない。


「でもまだできることが少ないんだよな」


 大学に入ってもまだ一年。二十歳を迎えていないと、公営ギャンブルに手を出すことはできない。


「ってことは宝くじか」


 必然的にできることは狭まってくる。それでも宝くじなら手を出しやすい。ズルしていることになるのは気が引けるけど、攻略のためには必要不可欠だ。


 近くの小さな宝くじ売り場に向かうと、柔和な笑顔を浮かべたおばあちゃんに近い年齢の女性が接客をしていた。一等が高額の宝くじの時期とは外れていることもあって、売り場には他にお客さんの姿は見えない。


「最近は種類もたくさんあるな」


 宝くじは数字の書かれた紙をもらって、抽選日に母親が新聞の掲載欄とくじ番号を交互に見比べているイメージが強い。当たったらハワイに行きたいだとか、車を買い替えたいだとか空想の大金の使い方を夕食を食べながら話すのが楽しかった。


 他にはスクラッチと数字を自分で選んで決めるタイプ。こうなると一択だ。当たり番号を覚えて自分で選ぶのが一番簡単なはず。


 桁数は三から六までどうせ当たるなら当選確率も何もない。一番当選金額の高い六桁のものを狙う。


 抽選は毎週一回。その日を待って当選番号を頭にしっかり刻みつける。


「よし、じゃあリセット」


 デバッグルームに戻るなり、まずは数字をメモ。もう一度頭の中に刻みつけて、今度はこの数字のくじを買うだけだ。


 当選番号はどうやら固定されているようだった。他の桁数のくじもだいたい同じだったように思う。俺の買ったくじは当然一等的中。当選を確認してもらって銀行に向かうと、小さな声で個室に案内された。


「本人確認とご印鑑をお願いします」


 言われるままに手続きをすませると、決して無駄遣いしないこと、周囲に吹聴しないことを厳しく言われた後、静かに銀行から見送られた。通帳を確認する。自分のものとは思えないほどの額が印字されている。


「一、十、百、五億円っておかしいだろ」


 急に罪悪感が全身を走る。やり過ぎた、そう思ってももう遅い。とにかくこれでお金の心配はなくなったんだし、侑紀先輩に何をプレゼントするか考えよう。


 そう思っていたのに、事態は急変した。


「お兄ちゃん! 宝くじ当たったって本当?」


「なんでそんなこと知ってるんだよ」


「噂で聞いたよ。お母さんも一度帰ってこいって言ってるよ。お金たくさんあるんだから楽勝でしょ」


 純が急にやってきたかと思うと、そんなことを言いだす。誰にも言ったつもりはないのに、もしかして未成年だから親に連絡が入ったとか?


「わかったよ。次の休みに帰るよ」


 先輩の約束をうまく断って実家に戻ると、両親どころか親戚まで一堂に会していた。法事でもこんなに集まってるのは見たことないぞ。


「成彰。アンタね、宝くじで一等が当たったなんて普通親に言うでしょ」


「そんなこと言われてもなぁ」


「変なことに使ってないでしょうね。とにかく一度お母さんが預かるから」


「え、ちょっと」


 持ってきた通帳を奪いとられる。その瞬間になぜか歓声が上がった。


「必要な分はこっちの通帳に入れてあげるから。わかった?」


 こいつら、勝手に使いこむ気だ。通帳の額面を確認しながら小躍りしている母親の顔を睨みつけながら、俺はリセットボタンを押す。お金っていうのは簡単に人を変えるんだ、と深く心に刻みつけておくことにしよう。


 調べてみると、どうやら五万円までは一部の売り場で換金できるらしい。これなら親にバレることもなく、うまくやりくりできるはずだ。


「えぇっと、そうなると狙うのは四桁のやつだな」


 数字は覚えているわけがない。適当に買ったところで当たるはずもない。でもギャンブルの誘惑に負けて適当に選んで一口買ってみた。あの五億円の衝撃が忘れられない。こうして人はギャンブルにハマっていくのだ。


「こりゃもう一周だな」


 メモをとったところでここには持ってこられないし。少ない頭で覚えておくことしかできない。


 すぐにリセットしようかと思ったが、お金が入ることがわかっているんだから侑紀先輩のプレゼントを決めようと思い立った。どうせリセットするなら侑紀先輩に直接聞いてしまってもいい。


 好きなものはゲームのほかにはイカリクマみたいなキャラクターもの。そういえば浅尾先輩と付き合うって言ったときはどうしたんだろうか。しっかり調査してみるか。


 いつものように狭い部室で二人きり。この状況でどうにもならないのは、俺の押しが弱いからなんだろうかと情けなくなる。それでも俺なりのアプローチがあるはずだと信じるしかない。


「侑紀先輩って今欲しいものとかあります?」


「え、どうしたの?」


「あーいや、実はなんとなく宝くじを買ったので当たったらプレゼントしたいなって」


「知ってる? それを捕らぬ狸の皮算用、って言うんだよ」


「いいじゃないですか。夢があって」


 俺のドストレートな質問に呆れたように先輩が返した。さすがに直接過ぎたか。といってもうまく誘導して答えを聞けるほどの話術はないしなぁ。


「そうだなぁ。最近はイコーナエスペルトにお布施してるからグッズも買えてないし。夏はイベントも多いからなぁ」


「夏休みになると確かにイベントは多いですよね」


「あと、あー、でもちょっと言うのは恥ずかしいな」


「だったらそういう聞きたくなるようなこと言わないでくださいよ」


「聞いても笑わない?」


 そう聞かれると自信がなくなるからやめてほしい。でもここで首を横に振るわけにもいかない。ゆっくり頷くと恥ずかしそうに小さな声で侑紀先輩は言った。


「遊園地とか、行きたいかも」


 え、それだけ? なんかもっとすごいことを言われるのかと思って身構えてしまった。


「いいじゃないですか」


「え、変じゃない? 大学生にもなって遊園地とか」


「うちの妹もしょっちゅう行きたいって言ってますよ。女の子なら普通なんじゃないですか?」


「うちの兄貴はすぐバカにしてくるのに。そういうもの?」


 まだ俺のことを疑っていそうな侑紀先輩は俺の顔色を窺っている。さっきからコントローラーを手放してしまって画面は進んでいない。そんなに不安そうにしなくても。


「わかりました。その証拠に宝くじが当たったら侑紀先輩を遊園地に招待しますよ」


「貸し切り?」


「それはさすがに無理だと思いますよ」


「じゃあ、オリエンタルランドね。舞浜の」


「そのくらいならお安い御用ですよ、当たればですけど」


 今回は当たりそうもないけど、しっかりと当てて連れていってあげよう。

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