覚悟はできてるか? 俺はできてる

 初心者同士の交流戦の間も侑紀先輩はやたらと優しかった。俺の方をよく見ているみたいで目が合うし、何かと側に寄ってきてくれて子犬になつかれたような気分だった。


「それじゃMVPの発表でーす!」


 小宮山先輩が両手で掲げたマシュマロワンコのぬいぐるみ。それがマッチョたちの歓声と共に俺の手元に下ろされた。


「俺、ですか? 速攻で退場したんですけど」


「女の子を身を挺して守る姿がカッコよかったからMVPだよ。よかったね」


「そんなんで本当にいいんですか?」


「いいのいいの。敵味方満場一致だったし」


 そう言って小宮山先輩はロッジのモニターを指差した。そこには俺が決死の顔で侑紀先輩をかばう映像が映っている。


「なんですか、あれ!?」


「ここのフィールドは試合状況をドローン撮影してくれるサービスがあるのだー」


「そんなの聞いてないですよ」


 あの場にいた人しか知らないと思っていたのに、まさか参加者全員に見られることになるなんて。


 侑紀先輩の方を見ると、恥ずかしそうに顔を背けられてしまった。でも好感度は上がった音がする。これのおかげで安心できるな。


「いやいや、おめでとう」


 運転手のお兄さんから背中を叩かれた。手加減しているのに咳き込みそうになる。今回のループで名前を聞いた。確か芝浦って言ってたっけ。


「あ、ありがとうございます」


「ニセモノだってわかってても弾丸に飛び込めるなんて並大抵の勇気じゃねえ。これはお前の勇気へ俺からのささやかな褒賞だ」


 そう言うと同時に、俺の首筋に冷たい恐怖が触れた。


「ひぇっ!」


 ロッジの照明を反射して大きなコンバットナイフが恐ろしい光を放っている。


「おっと、驚かせちまったか」


「そりゃ驚くでしょ!」


「心配しなくてもレプリカだ。刃は研いでないし、先端はゴムで覆われてるからそうそう刺さらん」


「素人にはぱっと見じゃ見分けつかないですよ」


 これをプレゼントって言われてもな。侑紀先輩にあげたキーホルダーでもあるまいし、こんなものを持ち歩けるわけもないし。


「サバゲーで使ってるんですか?」


「いや、普通は近接武器は禁止なんだよ。でも近接ありルールもある。だから俺とお前の勇気でナイフ戦をはやらせようぜ!」


「か、考えておきます」


 受け取ったコンバットナイフはニセモノと言いつつも材質は本物と変わらない。ずしりとした重さが武器としての強さを主張していた。


「これもらったところでどうしようか?」


 これがあるってことでマシュマロワンコを侑紀先輩に渡しやすくなったと思っておくか。それにしても本当に見ただけじゃ本物と変わらないよなぁ。


「ん、待てよ?」


 俺に見分けがつかないなら、浅尾先輩が連れてきたあいつらにもきっとわからないはずだ。こんなもん持ち出されて構えなんてとられたら誰だって背を向けて逃げ出すはずだ。


「芝浦さん、せっかくだからナイフ戦のやり方教えてください!」


「おぉ、やる気になったか! それでこそ勇気ある戦士だ!」


「あれ、もしかして宮崎くんサバゲーハマっちゃった?」


「うーん、意外だったなぁ。アタシと同じでインドア派だと思ってたのに」


 侑紀先輩の少し困ったような声を聞きながら、俺は芝浦さんからコンバットナイフの使い方を教えてもらった。それっぽければハッタリには十分だ。


「よし、これでなんとかなるだろ」


 あとはこれを持ってるところに職務質問を食らわないようにするくらいだ。


 あのとき受けた傷はもうリセットしてしまったけど、俺の心にははっきりと刻まれている。今回はそのお返しをしっかりしてやるつもりだ。


 ついに決行の日。侑紀先輩とファミレスで食事を終えてその場で別れた。それと同時に俺は部室に向かって全力で走り出す。ポケットの中でスマホが震えているけど、今は完全に無視だ。浅尾先輩は俺のこの奇行をどう見ているんだろう。


 部室にたどり着くと、ちょうどあいつらがカギを開けて入ろうとしているところだった。なかなか体力もついてきたような気がする。


「なんだお前?」


「うちの部室に何の用だ?」


「お前が秀二の言ってたヤツか。なんか冴えねえヤツのくせに調子乗ってるらしいじゃんかよ」


「言いたい放題言ってくれるな」


 持っていたバットが振り上げられる。こんなもんで殴られたら子ども相手を想定して頑丈に作られたゲームハードだってタダじゃすまない。


 それでも俺は逃げ出すことなく、ポケットに入れておいたMVPの景品を取り出した。


 廊下の蛍光灯に照らされてナイフが妖しく光る。もちろんニセモノなんだけど、そんなことこいつらは知るはずもない。


「おいおい、ちょっと待てよ。聞いてねえぞ」


 カッターナイフなんかとは比べ物にならない大きな刃に、威勢のよかった男の声は震えはじめている。


「早く帰れよ。俺は、本気だぞ」


 俺はニセモノだってわかっているのに、それでも少し声が詰まった。芝浦さんには悪いけど、切れないとわかっていてもこれを持ってサバゲーをやるのは荷が重そうだ。


「どうすんだよ」


「逃げるに決まってんだろ。頭おかしいぜ、あいつ」


 部室に入ることなくヤツらは廊下を走って消えていった。正直殴りかかられたら負けていたのは俺の方だった。ハッタリが利いて助かった。


 念のため部室の中に入ると、中はまだ荒らされていない。侑紀先輩と一緒に部室を出たときそのままだった。ごちゃごちゃの配線の中にチャイコンがある。やや黄ばんでいるけど、まだまだここの部室じゃ現役だ。


「なんとか守ってやったぞ。これであとは侑紀先輩を遊園地に連れていくだけだ」


 そこで告白して、必ず成功してみせる。


 カギをきちんと締めて部室を後にする。一歩歩くたびに決意が満ちると同時に緊張が頭まで駆け上がってくるようだった。

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