Loop10 最後のリセット

告白は本番の後で

 浅尾先輩はあの後何も妨害をしてこなかった。実はニセモノとはいえコンバットナイフで脅されたんだから、そう簡単に手は出せない。


 最後に侑紀先輩を連れていくのは約束通りオリエントランド。しかも記念パレードが開催される日のプレミアチケットだ。


「っていっても手に入れるにはこれしかないよな」


 チケットの販売はとうに終わっている。もちろん完売で当日券はない。そうなると悪いと思いつつもフリマサイトの転売に頼るしかなかった。宝くじを当てているから資金には余裕がある。これも攻略チャートのおかげだ。


「予想はしてたけど高いな。定価の何倍だよ」


 そりゃいろいろな規制が入るってもんだ。今回は利用させてもらうけど。


 二人分のチケットをなんとか手に入れて、あとは落ち着いて告白するだけだ。


 当日のシミュレーションを何度も頭の中で繰り返しながら、俺は一世一代の大勝負の日を待った。


「うっひゃーい。本当に連れてきてくれるなんて思ってなかった」


「それはさすがにひどくないですか?」


「だってプレミアチケットだよ? そうそう手に入らないって」


 日本一のテーマパーク。その開業記念日当日とあって、混雑は限界ギリギリを極めていた。どこを見ても人、人、人。


 ライドは大きいから見えるけど、どこが通路かもよくわからないほどの人混みだ。イカリクマのイベントなんて比べ物にならないくらい。さすが格が違う。


「どこも行列だねぇ」


「まぁしかたないですよ。年に一度の豪華パレードが見られるらしいですから」


「よくチケットとれたね。シゲくん、優秀。えらいえらい」


 侑紀先輩が背伸びしながら俺の頭を撫でる。そうしていながら、さっきからはしゃぎっぱなしの侑紀先輩の方が子どもっぽく見える。


「ねぇねぇ、どれ乗りたい?」


「そう言われても遊園地なんて小学生以来ですよ」


「えー、楽しいのに。全然来ないんだ」


 男で遊園地ってなんだか恥ずかしくて行きづらいと思っていた。一人ならなおさらだ。まさか侑紀先輩と来ることになるなんて、少し前の自分には想像すらできなかった。


「ほらほら、とりあえずあれから並ぼ」


「あれって、めっちゃ水かかるんじゃ」


「大丈夫だって。なんとかなるって」


「それなんの根拠もないですよね!?」


 引っ張られるままに侑紀先輩とウォーターコースターの行列に並ぶ。テンションはストップ高。今日は振り回されそうだ。


 普通なら嫌になる行列待ちも侑紀先輩と一緒なら苦痛どころか楽しかった。スマホにいれたゲームアプリを吟味したり、風景を楽しみながら次の計画を立てていると、時間はあっという間に過ぎていった。


 空が暗くなっても園内には照明が太陽の代わりに至るところで光っている。この一帯だけ夜が来なくなっているような不思議な気持ちになるのは、すっかり遊園地の魔法にかかってしまっているからかもしれない。


「そろそろだねぇ、楽しみ」


「結構いい場所がとれましたね」


 最前列、とはいかなかったけど、パレードが通る大通りから三列目あたりの好ポジションに着くことができた。前は子ども連れが多くて視界が遮られることもない。遠くから軽快な音楽が聞こえてくる。通りがかるのはもうすぐのようだ。


 ザザッ、という電波が乱れたような不協和音。スピーカーの不調かと思ったけど、その音は少しずつ俺の耳元で大きくなっていく。


「どうしたの?」


「侑紀先輩には聞こえてないんですか?」



 周りを見ても誰も気にしている様子はない。この音は俺だけに聞こえている。


「パレードの音楽? そりゃ、こっちを通るんだから当たり前じゃん」


「いや、そうじゃなくて」


 先輩の顔が歪む。機嫌が悪くなったわけじゃない。ゲーム中にコントローラーを引っ張ったときのように視界がバラバラに歪んでいく。


 ドットが抜けて、世界に黒い塊が浮かんで、耳障りな単音がつんざくように鳴り響いている。


 世界が停止している。


「どういうことだよ。侑紀先輩?」


 先輩は止まったまま動かない。パレードも近づいてくる気配がない。


「こういうときは、リセットか」


 子どもの頃、母親に掃除機でハードを叩かれて、ゲームがフリーズした。そのたびに俺はゲームをリセットして、また最初からプレイしなおすのだ。


「いいじゃない。もう一度遊べるんだから」


 母親はいつもそう言って笑っていた。俺はストーリーの続きが見たくて、次のステージが見たくてやっているんだから、最初からなんて何度もやるのはごめんだった。


 どうして子どもの頃を思い出すんだろうか。もう一度起動し直したときにデータが全部消えていた瞬間を思い出す。あの不思議な緊張感を覚えながら、俺はリセットボタンをゆっくりと押した。


 デバッグルームはいつもよりも薄暗かった。その理由が四五郎の映っているはずのテレビモニターがついていないせいだと気付く。


 チャイコンに刺さっている無地のラベルが貼られたカセットを抜いて息を吹きかける。ゆっくりと差し込んで電源を入れた。


「いやぁ、悪い悪い。急にバグっちゃったわ」


「おいおい、勘弁してくれよ。これからってときだったのに」


「俺っちももう古いからなぁ。ま、次は大丈夫っしょ」


「頑丈なのが売りじゃなかったのかよ」


 子どもが叩いても落としても壊れない。だから精密機械でありながら、子どものおもちゃにもなれる。それがチャイコンの売りだった。


「ちょっと待て。もしかしてヤツらに殴られたときに」


 それでもバットで殴られちゃひとたまりもない。そういえばサバゲーに誘われたのもヤツらが部室に入り込んだ後だった。


「うーん、よくわっかんないんだよねぇ。今はそこそこ調子いいんだけど」


「今は、ってなんか信用ならないな」


「そうは言ってもねぇ。壊れたことないんだからしょーがないじゃん?」


 人間なら四十年近く生きていれば、一度くらいは病気になったり体調が悪くなったりすることはある。でもこいつの場合は丈夫過ぎて、調子が悪いっていうのがどんなものかすらわかっていないのだ。壊れないっていうのは意外と困ったところもある。


「心配しなくても成彰くんの願いは叶えてあげるって。俺っちを信じなって。神様だよ?」


「まぁいいさ。攻略チャートはできた。後はミスさえなければ次のリセットで成功させる」


「そんなに気にしなくってもへーきだって」


 四五郎はそう言って笑ったけど、画面には不穏なちらつきが消えなかった。四五郎自身は気付いていないのか、それとも平気な振りをしているのかわからない。


 とにかくリセットは極力避けた方がいい。なんだかんだでこいつとは長い付き合いになってきた。何度も繰り返してはこのデバッグルームに戻ってきて、軽口をききながら攻略方法を考えてきた。


 調子の悪いヤツに無理させるほど俺も悪いヤツじゃないつもりだ。


 次の一回。ここで決める。


 俺は決意と共にゆっくりと労わるようにチャイコンのリセットボタンを押す。ひっかかることもなくボタンはまっすぐに沈んでいった。

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