遅刻は固定イベント
侑紀先輩と飲み会から逃げ出して、近くのゲーセンへと入った。もう閉店間際で客の数も少ない。まして女児向けアニメが原作の小さな筐体には人の姿なんてあるはずもなかった。
二回目でもやや恥ずかしく感じている俺を尻目に、侑紀先輩は慣れた様子で背の低いイスにうまく座った。
少女のアイドルを育成するゲームで、もらった衣装のカードを組み合わせてキャラに着せることができるのが売りになっている。
「さて、今日はどんなコーデにしちゃおっかなぁ」
茶髪のギャルっぽい先輩がピンク基調の筐体の前に座っているのは違和感があるのに、本人は全然気にしてる様子はない。
「あ、せっかくだから新人くんがやってみてよ」
「え、はい」
そういえばそうだった。カードの効果もわからないのにセンスだけで組まされる。最初のときより考えてみたつもりだったんだけど侑紀先輩の反応は渋い。
「なんか、独特のセンスだね」
「センスないの知ってるんで、言葉を濁さなくていいです」
やっぱり暗に酷評されてしまった。女の子の服なんて全部同じように見えるのに、組み合わせとか言われてもさっぱりだ。
それよりもこの先が問題だ。前と同じようにレアカードが出てくる。その瞬間に侑紀先輩の顔色が変わる。
「おふぅ、こ、これは」
めちゃくちゃオタクぽい言動でも美人が言うと許せる。そわそわしている侑紀先輩に出てきたばかりのカードを差し出した。
「よかったらあげますよ」
「いや、悪いよ。だってせっかくもらえたのに」
チャイコンミニの音は鳴らない。プレゼントしても好感度は上がらないらしい。本当にもらっちゃ悪いと思ってるんだ。見た目と真逆の真面目な先輩だ。
「だったら、このカードの使い方教えてもらっていいですか? 今日はもう閉店が近いから、日を改めて」
「興味出た? このゲーム誰も一緒にやってくれないんだよね。じゃあさじゃあさ、明日の休みに秋葉原駅で待ち合わせようよ。朝一から行くからそのつもりでね。あ、連絡先も交換しとかないと。そのカード忘れないでね」
「は、はい」
とりあえず少しでもお近づきに、くらいの気持ちだったのに、侑紀先輩のど真ん中に刺さったらしい。早口でまくしたてられて連絡先も交換した。さっきからチャイコンミニの好感度上昇の効果音が止まらない。
「じゃあ、明日ね。いつまでも待ってるから」
「そんなことしなくてもちゃんと行きますよ」
さらに二クレジットを入れて、楽しそうな侑紀先輩と別れた。たったこの一言で侑紀先輩と遊びに行くこともできたのに、俺はずっと部室でゲームばかりやっていたのだ。
翌朝、スマホのアラームで目が覚めた。
開店に合わせるため、待ち合わせは朝の十時。電車に乗って秋葉原に向かうはずだった。このアラームは出かける前に余裕を持たせて保険にかけておいたアラームだ。
「ってことはやっべえ、遅刻だ!」
着替えて雑に髪を整え、水だけ飲んで家を出る。住んでいるアパートから駅までは下り坂。逆なら最悪だったが、今は重力に任せて駆け下りる。
「うおおおお!」
だが威勢のいい声は数十秒しか持たなかった。普段からゲームしかしていない俺が全力疾走できる時間なんてたかが知れている。
無情にもチャイコンミニから好感度の下がる音がする。
「しょうがねえ、リセット!」
もう一度同じようにルートをたどり、アラームを複数回セットして早めに眠った。いきなり遅刻はまずい。侑紀先輩は特に時間にルーズなヤツは嫌いだからな。
「ってやっぱり寝坊してるじゃねえか。なんだ? 乱数で起きるイベントじゃなくて固定イベントか?」
何とか起きる時間を変えられないかと、コーヒーを飲んでみたり、ランニングしてみたりしたが結果は変わらない。
俺は起きてから十五分の間に一キロちょっと先にある駅までダッシュを決めなきゃならないってわけだ。
「さて、それじゃまず調査だな。ったくやっぱり人生なんてクソゲーだな」
人生というクソゲーに攻略サイトはない。自分の手でひとつひとつ調べて攻略ルートをつくっていかないと。
「全力ダッシュじゃ無理なんだよな」
ゆっくりと駅までの道を歩いてみる。さっきから好感度ダウンの効果音が鳴っている。侑紀先輩には悪いけど、今回は待ちぼうけてもらうしかない。
「走りじゃ間に合わないなら自転車とかか」
とはいえ今は一人暮らしになってから自転車は持っていない。田舎ならどこでも適当に停めたって怒られなかったのに、東京近辺は有料の駐輪場ばかりで使いづらい。電車で動けることもあって使っていなかった。
坂道を登り切った辺り、都合よく一台の自転車が放置されている。近付いてみると鍵もかかっていない。
「これを使えってことか」
人通りの多くない道とはいえ、これで駆け下りるのは結構運転テクがいりそうだ。でも迷ってる暇はない。
「よし、リセット!」
なんでも試してみなきゃ答えはわからない。俺はさっそくこの自転車を使ってみることにした。リセットして仕切り直しだ。
少しでも早く出るために前日の夜に準備を整え、起きると同時に服を着替えて外に飛び出した。調査通りに鍵のかかっていない自転車が停められている。
「ちょっと借りますよ、っと」
その場にいない持ち主に無意味な断りを入れて、俺は自転車にまたがってペダルを強く踏み込んだ。
坂道でどんどん自転車が加速していく。途中からはこぐのもやめて通行人に衝突しないように前だけを見ていた。坂が緩くなると同時にブレーキを全開。ギリギリで駅前に止まると、自転車を置いて最後の直線を駆け抜ける。はずだった。
「待てー! チャリ泥棒!」
「やべえ」
自転車の持ち主らしい男が額に汗を浮かべながら走ってきているのが見えた。俺と違って体力がある。その声に呼ばれるように近くの交番や駅員が俺を取り囲む。
「そりゃ自転車盗んじゃマズいって」
「クッソ。あの自転車は釣りかよ」
四五郎の笑いを堪えた声が聞こえてくる。あっという間に数人に取り押さえらえて、逮捕されそうになる。なんとか手をポケットに伸ばして、手探りでチャイコンミニのリセットボタンを探り当てた。
「リ、リセット!」
荒々しい腕が消え、また真っ暗なデバッグルームに戻ってくる。
「犯罪はマズいでしょー。成彰くん」
「そんなこと言ったって間に合わせるには何かに乗るしかないぞ」
「でも自転車パクったのバレたら嫌われちゃうよー。困るよねー。俺っちなら嫌かなぁ」
「なんだよ、答えがわかってるのか?」
「さぁねぇ。その辺は俺っち神様だし? じゃ、次のゲーム。はーい、よーいスタート」
「あ、待て!」
答えから逃げるように四五郎の顔が消えていく。いったい何なんだよ、あいつは。
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