第23話 今日は…聖君、来ないのかなあ…

 今日は…聖君、来ないのかなあ…


「…いいなあ…シロとクロは…ひとっ走り、好きな所に行けちゃうから…」


「んにゃっ。」


「にゃにゃっ。」


 あたしはベッドに仰向けに寝転んだまま、シロとクロに手を伸ばした。

 全然届かない場所で、それぞれ休んでるんだけど。

 いちいちあたしの言う事に返事はしてくれてる。


「…ねえ…また来ていい?って聞くって事はさーあ…」


 ずりずりとベッドから這い落ちるようにして。


「ここに、来たいって…思ってるんだよね?」


「……」


「……」


 仰向けのまま上半身だけがベッドからずり落ちた格好で、シロとクロに問いかけると。

 二匹は少し真面目(に見える)な顔で、あたしを見た。


「…どうして何も言ってくれないの~?」


 足をバタバタさせると、二匹はタタンと小気味いい足取りであたしの頭元まで来ると。


「にゃっ。」


「に~ゃっ。」


 可愛く鳴いてくれた…けど…


「…クロ、変な声だった…」


 両手でガシッとクロを捕まえて、お腹の上に乗せると。

 その反動で全身がベッドから落ちてしまった。


「あいたっ。」


「にゃっ。」


 あたしのお腹の上から、跳ねるように逃げ出すクロ。


「……こんな32歳…ダメかなあ…」


 今度はうつ伏せになって、両手の上に突っ伏した。



 あたし…昔から、こうだ。

 ずぼらって言うか…

 元々生きるのが辛いって思っちゃってるから…なのか…

 一日の生活も、しんどいな~って思っちゃう事がある。


 みんなはどうして、あんなにイキイキしてるんだろう…って…

 今も不思議…


 …だけど、そんなあたしも…

 聖君が現れてからは、毎日が楽しく……毎日ずっと…ってわけじゃないけど…


 うん…

 でも…楽しくなった。


 顔を少しだけ上げて、聖君がくれた花束を見る。

 …可愛いな…

 聖君、どうしてあの花を選んでくれたんだろ。

 実際のあたしを知ったら…とてもじゃないけど…あんなに可愛いガーベラの花束なんて贈れないと思う。


 …あたしを花に例えるのも、花に失礼だよ…


 落ち込むと、お風呂入るのも嫌になるし…

 下着も替えないまま数日過ごしたり…

 お化粧も落とさなかったり…

 服だって…そのままで寝たり…

 臭う。と思うまで、そのままだったり…


 ………大変。


 あたし…恋していいレベルじゃない…!!



 ガバッ



 勢い良く起き上がると、そばにいたシロとクロが驚いた。


「…あたし…お風呂入って来るね…」


 シロとクロにそう言って、あたしはお風呂に入った。

 新しい下着って、あったっけ…

 スキンケア用品って、どこにしまったっけ…


 お風呂上り、しばらく裸のままウロウロしながら。

 …早く聖君来ないかなあ…

 なんて。

 あたしは一日の大半を…


 聖君の事を考えて過ごしていた。



 * * *



「…にゃ~…」


「…シロ…」


「にゃっ。」


「…ダメだ…あたし…もう死ぬ…」


 廊下にうつ伏せになったまま…あたしはシロに訴えた。

 この季節の板の上は冷えるけど、無駄に丈夫なあたしにはなんて事ない。

 聖君は川で凍えたのに。

 あたしは先に入ってたにも関わらず、くしゃみさえしなかった。


 …恨めしい…

 恨めし過ぎる…この丈夫さ…



 昨日…聖君は来なかった。

 …仕方ないよね…

 仕事だってあるし…

 おうちにだって帰らなきゃいけないよね…


 そして今日も…聖君は来ない…

 うちにはテレビもラジオもない上に…時計もない。

 だから、ハッキリした時間は分からないけど…

 たぶん…もう10時半とかだよ…


 そこで、はっと思い出す。


「…クロ、まだ帰ってないの?」


 腕立て伏せをするみたいに、上半身だけ起こしてシロに言うと。


「にゃっ。」


 それまで座ってたシロも立ち上がってあたしを見た。

 あの子ったらほんと…どこまで見回りに行ってるんだろ。

 って言うか…

 もしかして、あたしよりいい飼い主さんを見付けて、そっちに…


 …そんな事言ったら、周りはみんないい飼い主さんだらけだよ…

 あたしみたいに、しょっちゅう猫に心配してもらう飼い主なんて…



「…ちょっと外見てくるね…」


 シロの頭を撫でて、玄関から出る。

 ぴゅうって風が吹いて、ちょっと挫折しそうになったけど…


「にゃ~。」


 あ。クロの声…


「……」


 …階段を下りた所に…

 聖君がいる。


 …クロと。



 駆け寄りたい気持ちを抑えて、気配を消して階段を下りると…


「おまえのご主人様ってさ…めちゃくちゃ可愛いよな。」


 聖君…クロに向かって話しかけてる!!

 って言うか…

 ご主人様って、あたしの事!?


「癒されるっつーか…マジで…毎日会いたいなーとか思っちまう…」


「んにゃにゃっ。」


「…ははっ…可愛いな。おまえも。」


 や…やだ。

 やだやだやだ!!

 毎日会いたい!!あたしも!!


 感激のあまり立ちすくんでると、クロを抱えて立ち上がった聖君が…


「はっ…」


「……」


 あたしに気付いた。


「あっあ…い…いつから…」


「…え…あ…クロの鳴き声が聞こえたから…」


「あ…そ…う…。」


「……うん……」


「……」


「……」


 照れくさい沈黙が流れた。

 あたしは早く聖君に触れたくて…


「…仕事…帰り?」


 切り出した。


「…ああ…はい…」


「…上がる?」


「…いいの?」


「うん…」


 よしっ!!


 心の中でガッツポーズをして、聖君の足元にあった鞄を手にする。

 この前より数グラム重たい気がする。

 名刺でも増えたのかな。


「…クロ、抱っこしてもらっていいね。」


 聖君の腕の中にいるクロが羨まし過ぎる。


「にゃー。」


 このやろっ!!って思ったけど…

 シロもクロも、ナイスアシスト!!


 玄関入ったらどうしてやろう。なんて妄想を膨らませてたあたしに。

 聖君が言った。


「…優里さん。」


「…はい。」


「携帯の番号…聞いていい?」



 玄関入ったらクロを降ろしてもらって、あたしが抱き着く…

 なーんて…考えてたのに…

 連絡手段についてのミーティングが始まってしまった。


 あたしと聖君は、小さなテーブルに向かい合って座って。

 ちょっと…この手の話はあたしが緊張するから、紅茶を入れた。



「…携帯、持ってないの。」


 正直に言うと。


「あ…そうなんだ…」


 聖君は…明らかに落胆の色を見せた。


 …携帯って、そんなに持ってないとダメなの?

 それで彼女ってポジションにはなれなかったりする!?


「…連絡…したい時は、どうしたら…?」


 あたしが少し落ち込みかけてると、聖君は続けて明るい声でそう言った。


「連絡…?」


 連絡って…

 何の連絡?


「その……会いたくなったり…したら?」


「……」


 …あー!!

 聖君!!

 あたしに会いたいって思ってくれてるの!?


「…あたし…に…?」


 嬉し過ぎて、声が震えた。

 やだ…分かっちゃったかな…

 あたし、32にもなって…!!


「…うん。」


「……」


 シロ!!

 クロ!!

 聞いた!?

 今、聖君、あたしに会いたいって…!!


「…迷惑…かな…」


「そ…そんな事ない…」


「…ほんと?」


「うん……いつもいるから…来たい時に…来て?」


「…遅くなっても…?」


「…うん…大丈夫…」


「もし…俺が来て…優里さんが用事でいなかったら?」


「……」


 そ…

 そうだ…

 あたし、仮にも…仕事がある。

 いつもじゃないけど…

 ネットカフェに行かなきゃいけないし…


 …そうだ!!

 アレがあるじゃない!!


 あたしはゆっくり立ち上がると、水屋の引き出しに入れてたアレを取り出して。


「…はい。」


 聖君に渡した。


「…家の鍵?」


 コクコク。


「いいの…?」


 コクコク。


「…マジか…あー…めちゃくちゃ嬉しい。」


 えええええええ!?

 本当に!?

 聖君、今…めちゃくちゃ嬉しいって言ってくれた!?


 もう、爆発しちゃいそうな胸の内を見せないようにして…


「…出掛ける時は…書置きしておくね…?」


 抑えて…抑えて、言った。


「うん。」


「…嬉しい…」


 抑えたけど…ちょっと、気持ちが出てしまうと。


「…抱きしめていい…?」


 聖君は、あたしの手を引きながら言った。


「…うん…」


 もちろんよー!!

 ギュッと抱きしめられて…

 もう…もう…

 あたし、聖君の事…




 飼えるかも!!って…思った。





「ん…」


 温もりが逃げた。と思って目を覚ますと。


「あ、起こした?ごめん。」


 聖君がベッドから出て服を着てた。


「…え?もう…仕事に?」


 外を見ると、まだ暗い。


「…着替えに帰ろうかと。。」


「……」


 着替えに帰る…?


 あ…そっか。

 二日続けて同じ服だと、色々勘ぐられちゃうから…か。


 そっかー…着替えかー…

 …そう考えると…

 聖君、うちに来てもスーツ着てるか裸か…だし…

 部屋着とか…替えのスーツもあった方が…



「…ごめん。夕べ遅かったし…もう少し寝て?」


 あたしが色々考えてたのを、何か勘違いしたのか…

 聖君は優しくそう言うと、あたしの頭を優しく撫でてくれた。


 …あ~…

 聖君に頭撫でられるの、大好き。

 猫になった気分。

 にゃーって言いたい。



「そんなの言ったら…聖君だって…寝不足…」


 ほんと…

 あたしが、もっと。って…

 もっと、もっと…って言っちゃうから…

 聖君、すごく頑張ってくれたと思う。


 …どれだけよ…あたしの性欲…



「俺は寝不足なんて慣れてるから大丈夫。」


 ネクタイをポケットに突っ込んで…

 あたしの前髪をかきあげて…

 額にチュッて…


 …あーーーーーーん!!

 行かないでーーーー!!


 …なんて…言っちゃダメだよね…



「今夜…また来ていい?」


「…毎日来て…」


「マジで?」


「うん…」


「じゃ…名残惜しいけど、また今夜。」


 ベッドを出ようとすると。


「寒いから。そのままそこにいて。」


 聖君は、ポケットから鍵を出してあたしに見せた。


 …なんて…

 なんて優しいの…


「…いってらっしゃい…」


「…行って来ます。」


 ベッドの中から聖君を見送って…

 玄関の鍵がかかる音を聞いて…


「…今夜も…今夜も…」


 きゃーーーーー!!


 心の中で大絶叫しながら。

 少しだけベッドの中でジタバタして。


「…落ち着いて…あたし。まずは…ちゃんと寝て…それから………」


 買い物。

 買い物に行かなくちゃ。

 色々。


 だけど興奮して眠れないかな~?なんて思ったけど…


 …すぐ眠った。



 さすが…


 …あたし。

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