第9話 「ねえ。今年のイヴ、どうする?」
「ねえ。今年のイヴ、どうする?」
大部屋のカレンダーを眺めながら、華月が言った。
12月に入って、大部屋にツリーが飾られた。
みんなが留守にしてた間に、ノン君と紅美が飾ったらしい。
うちのツリーは本格的だ。
家の中だし、こんなにデカくなくていーんじゃね?って思うけど…
まあ、テンションは上がる。
全員が揃うと狭く感じるかもしれねーけど、咲華が結婚して、親父と姉ちゃんが二人暮らし中の今…
大部屋はこんなデカいツリーがあっても、広すぎる気がした。
「どうするって?」
華月の作ったシチューを食べながら、ノン君が言った。
「毎年のアレよ。」
クリスマスイヴは…俺と華月と姉ちゃんの誕生日だ。
毎年凝りもせず、盛大にパーティーをしてるが…もうそろそろいいんじゃね?って思う俺もいる。
みんないい歳だし。
…でも、ずっとやって来た事を止める勇気って…結構要るんだよな。
まだまだ元気で動き回ってるけど、父さんももう歳だし。
大病もしてるから、いつ突然…って不安もない。
せめて父さんが生きてる間は…って思わなくもないけど…
「今年、親父は母さんと二人で過ごすって言ってたぜ?」
どうするかなーって考えてる所に、ノン君から貴重なタレコミ。
「えっ、マジで?」
「ああ。二人きりで母さんの誕生日を祝ったのって、最初に結婚した年だけだったからって。」
「……」
そっか。
だとしたら…
今年のイヴは…
フリー!?
「…お兄ちゃんは紅美ちゃんと過ごすの?」
相変わらず、カレンダーを眺めたままの華月。
「んー…まあ、環境が許すなら。」
「聖は?」
「…俺?俺はー…もしかしたら、取引先のパーティーとか…毎年出ないから、出れる時には顔出しとこうかな…」
わざとらしかったかな。って思いながらも、新聞に目を落としたままで言うと。
「…そっか。じゃ、あたしは誰か誘って遊びに行こ。」
華月は淡々とそう言って、部屋に向かって歩いて行った。
「……」
「……」
華月の後ろ姿をノン君と見送って。
「詩生…は?」
二人で、顔を見合わせた。
* * *
「…クリスマスイヴ?」
「ああ。何してる?」
「……」
最近は、仕事の合間や仕事の帰りに時間を見付けては、優里さんの家に来る。
休日はもちろん入り浸り。
そろそろ母さんに怪しまれてはいると思うけど…
ビートランドの引継ぎで、俺の事は二の次。
申し訳なさそうな顔をする母さんに、俺は『俺もガキじゃないんだから』と、笑顔で会長就任を応援してる。
「クリスマスイヴ…平日…」
卓上カレンダーを見ながら言った優里さんだが、それはとてもどうでも良さそうで、実は違う事を考えてるって見え見えだった。
相変わらず…優里さんは自分の多くを語らない。
だが、一緒にいる間に話の流れで知れた事がいくつかある。
車の免許を持ってない。とか。
意外にも英語とイタリア語が喋れる。とか。
…ハーフ。とか。
ハーフについては、ベッドの下に落ちてたポケットアルバムを掃除中に見つけた事で知り得た。
「…見ていい?」
それを手にして優里さんを振り返ると、最初はすごく変な顔をしたけど…
最終的には頷いてくれた。
そこには、まだ…小学生ぐらいの優里さんがいて。
父親らしき日本人と。
母親は…
「お母さん、どこの国の人?」
「……」
相変わらず…質問には答えない。
だけど…
「……イタリア人?」
「…正解。」
正解には、嘘はつかないらしい。
「去年のクリスマスはどうしてた?」
卓上カレンダーを見たままの優里さんに問いかけてみるものの…
「……」
だよな。
答えないよな。
でも…
「毎年あいつと一緒とか。」
「…うん…」
…正直だ。
「有名人なのに、時間取れるんだな。」
少し嫌味っぽくなってしまったが、本音を言うと。
「ほんの一時間とか…それぐらいだったけど…時間空けてくれてた…」
「……」
「……」
「今年は俺と過ごそう。」
もしかしたら、今年も時間を空けてくれるのかも。って妄想してる優里さんがいる気がして。
若干強気に言うと、優里さんは少し赤くなった後、コクンと小さく頷いた。
今年は、誕生日会もないし。
絶対仕事も入れねー。
…優里さんが何の仕事をしてるのか、俺は今も知らない。
確か…片桐拓人は…
『仕事を始めたら何日も飲まず食わず寝ず、ついでに風呂にも入らない』
って言ってた。
…あいつは知ってるんだよな…
って、仕方ねーだろ。
幼馴染みたいなもんだっつってたから…二人には歴史がある。
何なら、紅美と沙都みたいな感じだ。
ノン君だってそれを認めたうえで頑張ってる。
俺も…負けねーぞ。
今のところ…飲まず食わずな状況に出くわしてないって事は、仕事はしてないのか?
在宅で仕事してるとは(あー、あの頃は問いかけても答えてくれてたよなー)言ってたけど…
…まあ、いい。
俺も言ってないし…
…てか…
優里さん…
俺に興味ねーのかな…ってぐらい…
何も聞いて来ない。
それはそれで寂しい。
だけど、突然俺が自分の事を喋るのも…なあ…
「…優里さん。」
また卓上カレンダーに目を向けてる優里さんに話しかける。
「俺の事、知りたくない?」
「……」
「……」
「…これ以上は、別に…いいかな…」
……ですよねー。
* * *
「さくらがガッカリしてたぞ?」
今日は…父さんが仕事でうちの会社に来た。
先月のF'sのライヴの映像を、ビートランドの映像班とうちのスタッフとで、かなり見応えのある大作に仕上げてるのを見に来たらしい。
本当は、もっと時間をかけてじっくり作るのが本当なんだけど…父さんはいつも無茶を言う。
そして、スタッフ達は父さんの期待に応えたいって必死になって…やり遂げてしまう。
…クセになるから止めとけって言うのに。
「ガッカリ?なんで?」
昼飯でも食いに行く?って言おうとしたら、父さんは高級料亭『椿』の弁当を持って来てくれてた。
深田さんの分も。
深田さんはその弁当を高々と上げて、秘書室でいだきます。と、笑顔を見せた。
そんなわけで、父さんと俺。
社長室で向かい合って食べる『椿』の弁当。
どこで食っても、美味いもんは美味いなと思った。
「誕生日会、今年はいいって言ったんだってな。」
「あー…いいって言うか、俺と華月もガキじゃねーんだからさ…家族全員にその日の予定空けさせるのは悪いじゃん。」
「まあ、それは一理ある。今までみんな、よく付き合ってたな。」
「だろ?それに俺も予定入れたし。」
「…彼女でも出来たのか?」
「…母さんには内緒でよろしく。」
「なんで。」
「どんな子かってしつこく聞いてきそうだから。まだ…誰にも内緒なんだ。」
大根の酢の物に入ってる柚子の皮がうめーなー…と思いながら、ふと無言になって父さんを見ると。
「内緒って、どうして。」
父さんは箸を止めてまで俺を見てた。
「…大した理由はないよ。ただ…本当に慎重になってるだけっつーか…」
「慎重…か。て事は、結婚を意識してるって事かな。」
箸を動かし始めた父さんは、右端にあった小さな出汁巻き玉子を一口食べて。
「桐生院のばーさんの味に近い。」
と、すげー嬉しそうな顔になった。
…今思い出しても不思議だけど…
目の前にいる父さんと…桐生院家の関係。
この人が『父』と知る前、俺は『高原のおっちゃん』なんて呼んでたのにな…。
「…聖。」
「ん?」
「……」
呼ばれたのに次の言葉が出て来ないと思って、父さんを見ると。
「…いや、なんでもない。」
父さんは…苦笑い。
「…何だよ。気持ち悪いな。」
「悪かったな。言おうとした事を忘れてしまう歳になった。」
「えー、マジかよ。父さんは年取っても物忘れとかないって思ってたのに。」
「立派なジジイだぞ?」
「自分で言うなよ。」
父さんは…
何かを埋めようとしてくれてる。
それは分かる。
だけど…
俺が、埋められないんだ。
それは、母さんとの間にも…。
それからー…俺は、ほぼ毎日。
時間があれば優里さんちに通ったし、可能な日は泊まって、そこから仕事に行った。
「行ってらっしゃい。」
「行って来ます。」
優里さんに見送られながら出社できるなんて…マジ幸せだ。
セックスしない日もあるが…何ならやり過ぎてる気がするから、それについては文句はない。
相変わらず、お互いの話をする事もないまま。
優里さんは本を読んだり、猫と遊んだり。
俺はついウトウト眠ってしまったり…料理したり…
優里さんちには、テレビもラジオも電話もパソコンもない。
それについては、『余計な情報を得たくない』と…。
…余計な情報。
まあ、シンプルに生きていたい。って事なのかな。
一緒にいる時間が増えて、優里さんのダメな面と言うか…
『優里さん』が、随分分かって来た。
基本…服は脱ぎっぱなし。
拗ねると寝る。
料理はとことん下手。
方向音痴。
食べ物も人も、好き嫌いが激しい。
掃除は途中で力尽きる。
だが、反対に…
特技って言っていいレベルでアイロンがけが上手かったり。
俺が花を買って帰ると、それをすごく長生きさせたり。
猫みたいになったり…
とにかく可愛かったり…
…ダメな面なんて、全然なんてことない。
だけど…と、ふと思う。
片桐拓人…俺を見た時『弟さん?』って言ったよな。
優里さんには、弟がいるって事か?
そして片桐拓人は優里さんの幼馴染みたいな存在のわりに、弟に会った事ないのか?
…まだまだ疑問も謎も多い。
結婚を前提に。
って…クリスマスイヴに…そう切り出していいものだろうか。
お互いを知り尽くしてなきゃダメって事はないが、あまりにも知らなすぎだろ。
特に優里さんは…俺の事を知らない。
優里さんは、セックスで得られる繋がりが全てと思ってるのか…?
お互いを知り得て出来る絆のような物は、信用しないのか?
片桐拓人と付き合ってる間に、何があったんだ。
「聖君…」
「ん?」
「……」
優里さんが無言で俺の膝に来て…ギュッと抱き着いた。
最近…こんな事が増えた気がする。
「寂しい?」
優里さんの背中に手を回して、隙間がないほど抱きしめる。
「…寂しくなんか…」
「好きだよ。」
「……」
優里さんの頬に手を当てて、キスをする。
すると…
「…あたしのどこが好きなの?料理も出来ない、めんどくさい女なのに…」
優里さんは拗ねた唇で言った。
…出た。
面倒臭い言い分。
「どこが好きかって聞かれたら…まずは顔だな。」
「見た目…」
「仕方ねーじゃん。詳しく教えてくれねーし。」
「……」
「でも、パジャマ脱ぎっぱにして歩いてく後ろ姿も好きだし、寝ぐせのまま郵便局に行くのも好」
「あたし、だらしなさ過ぎる…」
俺の言葉の途中、優里さんはがっくりとうなだれて俺の肩に頭を乗せた。
「だらしない所も含めて好き。」
「…いい所ない…」
「こうやって膝に来てくれるの、可愛くて好きだけど。」
「…こういうのしかない…」
「俺的には十分だけど。」
「こんなのが彼女なんて…聖君がかわいそう…」
「俺の事好きになった?」
「…え?」
「俺の事好きになったから、自分がどう思われてるのか気になるの?」
「……」
俺の肩に乗った優里さんの頭が、ゆっくりと浮いた。
俺の事好きになった?
ドキドキしながら聞いた言葉に…
優里さんは…
どう答えてくれるのか。
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