第30話 「クリスマスは何かするのかい?」
「クリスマスは何かするのかい?」
あたしは今日も中川衣料品店さんで。
なぜか、サンタクロースの帽子をかぶらされて…座ってる。
今まであまり人と接しなかったあたしが、なぜここに通ってるかと言うと…
外に出る。
すると…家にいないから散らかさない!!
それに、身だしなみも少し気にするようになった!!(この前は寝ぐせつけてたけど、中川のお母さんと北野さんは『オシャレでそうしてるのかと思った』だって…)
「何かって?」
「彼氏とパーティーとか。」
「彼氏とパーティーとか?」
つい、繰り返して聞き返してしまった。
パーティー。
そうか…
クリスマスって…本来はそういう…お楽しみな日…?だっけ。
…そんな特別な日を…
聖君、あたしとクリスマスなんてしてくれるのかなあ…
今までは…ずっと拓人と二人で過ごして来た。
あたし達にとって、クリスマスは特別だったから。
昔は…みんなで祈ってたけど…
拓人と二人になってからは…
二人で、祈ってた。
…今年は…どうするのかな…
ふと、レジの所にある卓上カレンダーに目をやって。
「お母さん…これ、一つもらってもいい?」
それを手にして言った。
12月、クリスマスの楽しそうなイラスト入りの卓上カレンダー。
同じものが三つ置いてあったからだ。
「ああ…いいよ。あんたには特別一つあげる。って…もう今月で終わりだけど…」
「いいの。ありがとう。」
「可愛いイラストだろ?」
「とっても。」
「娘が描いたのよ。」
「そうなんですか。」
あたしは…中川さんに娘さんがいるって事は知ってても…
それ以上は知らない。
聞かれた事には答えるけど、お母さんは今のところ…
あたしが聞かれたくない事は聞いて来ないし、なんて言うか…
あたし達、すごく距離感が楽。
「来年の分もいる?」
「あ…えーと…なくしちゃいそうなので、来月ください。」
「なくすって。どんなに散らかしてるの。」
「ほんとに…」
あたし、すぐに物を失くしちゃうから…あまり物は持たない。
だけど拓人は反対に…収集癖がある。
あいつのマンション、今じゃ人が座れないぐらいじゃないかしら…
この間、聖君がお昼休みにうちに来てくれて。
あれ以来…ついつい通りに目をやってしまう。
それで、ちょっと思った。
あたし…聖君に依存してるよね…
知られたくないクセに、色々求めてしまう。
…あ、ダメだ。
何だか考えてると落ち込んじゃう。
お店にはお昼過ぎまでいて、カレンダーを手に家に帰った。
「うにゃっ。」
「ただいま、シロ。」
最近あたしがよく出掛けるからか、シロは甘えん坊になった。
…そうだよね。
ずっと一緒にゴロゴロしてたんだもん。
「おいで、シロ。」
「にゃっ。」
カレンダーを置いて、シロを抱えてベッドに横になる。
「…んふふ…シロ、可愛い。」
撫でながら言うと、シロは喉をゴロゴロと鳴らした。
「嬉しい?あたしも…聖君に可愛いって言われて…こうして頭撫でられると…嬉しいよ。」
「にゃっ。」
分かるよ。と言わんばかりに、シロが小さく鳴いた。
「…シロ…」
シロを撫でながら。
その温もりを感じながら。
あたしは…少し眠った。
* * *
「はい、優里さんの。」
「あ…ありがとう…」
今夜も、聖君の作った晩御飯は美味しそう。
あたしのお皿には、小さな小さなニンジン。
そして、たぶん…このハンバーグの中には、あたしの嫌いなアレやコレも入ってる…はず。
嫌いな物は入れないんじゃなくて、少しは食べられるようになるといいね…って、少しだけ…入れられてしまう。
…本当は食べたくないけど、大人だから…!!
これぐらいは…頑張って食べる!!
って言うか…聖君は本当に料理上手で。
今まで食べた嫌いな物の味とは全然違う。
あたし、もしかしたらなんでも食べられるようになっちゃうかなあ…?
「あのさ…」
美味しそうな食事を前に、聖君が遠慮がちに言った。
「ん?」
「クリスマスイヴって…空いてる?」
「…クリスマスイヴ?」
「ああ。何してる?」
「……」
まさに…中川のお母さんに言われた通り…
『彼氏とパーティーとか』が実現してしまうんだろうか…
「クリスマスイヴ…平日…」
もらって帰ったばかりの卓上カレンダーを見ながら言ってみる。
お祭りに週末も平日も関係ないんだろうけど、あたしには無縁な物と思っていただけに…
『彼氏とパーティー』が…落ち着かない。
「去年のクリスマスはどうしてた?」
あ。
聞かれた。
これ…答えなきゃいけないのかな…
「……」
カレンダーを見たまま無言でいると。
「毎年あいつと一緒とか。」
あいつ…これ、カマかけてるわけじゃないよね?
拓人…の…事だよね?
「…うん…」
正解を言われたんだから…それには小さく頷いた。
すると…
「有名人なのに、時間取れるんだな。」
…何だか、聖君らしからぬ…って言うか…
ちょっと嫌味っぽい言葉が。
「ほんの一時間とか…それぐらいだったけど…時間空けてくれてた…」
「……」
「……」
や…やだな、あたし…
これじゃ、まるで拓人があたしのために頑張って時間作ってまで一緒に過ごした。って自慢してるみたいだ。
全然自慢じゃない。
あたしと拓人にとっては、暗い気持ちになる一日。
二人で…祈りと言うか…懺悔と言うか…
「今年は俺と過ごそう。」
不意を突かれたようにそう言われて聖君を見ると…
…あ、ダメだ。
すごく…真顔でカッコいい。
その表情に赤くなってしまって。
暗い気持ちはあるものの…コクコクと頷いてしまった。
そのあたしの頷きに、聖君はふっと表情を緩めて…優しい笑顔。
…優しい聖君。
あたしみたいに得体の知れない女を…彼女にするなんて。
すごく変わった人だよね…
…だけど…
24日、聖君と過ごすって事…拓人に言わなきゃいけないよね…?
怒るかな…
25日にしてって言ってみようか…
「…優里さん。」
あたしがまた卓上カレンダーを見ながら悶々と考え事をしてると。
聖君が言った。
「俺の事、知りたくない?」
「……」
俺の事、知りたくない?
聖君の事…
…知るって…何を?
「……」
聖君はあたしをじっと見て…返事を待ってる。
あたしはー……
「…これ以上は、別に…いいかな…」
…外での聖君の事なんて…知らなくていい。
今一緒にいてくれる聖君を知ってさえいれば。
なんて…
あたしは、まだまだ…
『恋人』は『今一緒にいる瞬間』だけの存在だ…って。
先の見えない将来についてなんて。
考える余裕もなかった。
* * *
「…休み…」
三日ほど外に出なかったあたしは、このままじゃいけない!!って中川衣料品店さんに行ってみた。
だけど、降りたシャッターには貼り紙がしてあって。
『12/8.9お休みします』
「……」
何となく自分を見下ろした。
今日は、中川衣料品店コーディネイト。
いつも白とかクリーム色しか着ないあたしに、お母さんがお勧めしてくれた紺色のロングトレーナー。
一気にスポーティーなあたしになってしまった。
足元も、ここで買ったムートンブーツ。
ついでにニット帽も。
さらにはリュックも。
全部合わせても五千円しなかった。
「ひゅーいちゃん?」
ん?と思って振り向くと、北野さんがいた。
あ、『優里ちゃん』って言ってくれたのね…
なぜか北野さんがあたしの名前を呼ぶと『ひゅーい』に聞こえる。
「北野さん、こんにちは。」
「こんにちは。そう言えば最近来てなかったから、知らなかったわよね。」
北野さんは、シャッターの貼り紙を見ながら腕を組んだ。
「お休みなんですね。」
「そう。毎年この日はお休みなのよ。」
「毎年?」
「ええ…娘さんのね、命日だから。」
「……」
あたしは、え?って顔をする余裕もなかった。
お母さん、言ってた。
あたしと同じ歳(23歳だから同じ歳じゃないけど)の娘がいるって。
「高校生の時にね…交通事故で。」
「…高校生の時…」
北野さんの話では…
学校帰りの娘さんが事故で亡くなった後、ご主人も体調を崩されて。
入退院を繰り返した後、三年前に心筋梗塞で亡くなられた。
一人になったお母さんは…自分にはお店しか残ってないから、と…
このお店を続ける事にした…って。
「カレンダーの絵、見た?」
「…はい…」
「娘さん、美術部でね。このお店のカレンダーの絵は、全部あの子が描いてたのよ。」
「…そうなんですか…」
いつもあたしがここに来るのは、午前中から午後にかけての数時間。
あたしが帰った後、夕方には…学校帰りの学生さん達でいっぱいになるそうだ。
「あ、それ、この前ここで買った服?」
北野さんがあたしを指差して、上から下まで視線を二往復させた。
「はい。」
「まあ、お似合い。今度うちの娘にも買ってやろうかしら。って、うちの娘、優里ちゃんみたいに可愛くないけど!!あはははははは!!」
「あはは……」
そこで北野さんと別れて…少し歩いた。
あたしは…
事故で母さんを亡くした。
ずっと…二人で…小さいながら、クリーニング店をしながら…
幸せだった。
父親は…あたしが7歳の時…初めて会った。
片足を引きずってた。
それまで『父親』って存在を知らなかったあたしは、最初は警戒したけど…
それも次第に嬉しさに変わって…
「……」
家族って…何なんだろう。
ずっと一緒に居てくれるのが家族だとしたら…
あたしは、その存在が欲しい。
母さんが死んだ後、色々あって…一人でもいいって思う事もあったけど…
拓人が現れて…
…あたし達の依存ぶりを思うと、どんな環境でも結局は『慣れ』なんだって分かる。
だけど…心地いいものこそ…
…手放したくなくなる…。
* * *
「聖君…」
「ん?」
「……」
晩御飯の後、聖君の膝に座ってギュッと抱き着いた。
中川衣料品店さんの話を聞いてからというもの…あたし、ちょっと情緒不安定なんだと思う。
あの日から毎日…こんな風に、聖君の膝に座って甘えてしまう。
形のない、見えない物を信じるには…
どうしたらいいんだろう。
ちゃんとした言葉?
形に残る何か?
こうやって、抱き合ってても…離れてしまえば温もりは消える。
…あたしは…何を求めてるんだろう…
「寂しい?」
あたしをギュっと抱きしめて、聖君が優しく言った。
「…寂しくなんか…」
「好きだよ。」
額をくっつけて…それから、唇もくっついた。
聖君は優しい。
そして、あたしがして欲しいって思う事…先回りしてしてくれる。
あたしには…何も分からないのに…
…聖君、あたしのどこがいいんだろう…
「…あたしのどこが好きなの?料理も出来ない、めんどくさい女なのに…」
面倒臭い事聞いてるよね…って思いながら…
あたしは口にしてしまった。
こんな事が言いたいわけじゃないのに…確認したくなる。
本当に、本当に…?って。
「どこが好きかって聞かれたら…まずは顔だな。」
「見た目…」
「仕方ねーじゃん。詳しく教えてくれねーし。」
グサッ。
今の直球は痛かった!!
うわーん!!
聖君が酷い事言ったー!!
……って…。
酷くないよ。
酷いのはあたし…
聖君は…本音を言っただけ。
…本音…
あたしに、本音でぶつかってくれてる…って事だよね…
「でも、パジャマ脱ぎっぱにして歩いてく後ろ姿も好きだし、寝ぐせのまま郵便局に行くのも好」
「あたし、だらしなさ過ぎる…」
せっかく好きな所を言ってくれてるのに、あまりのあたしのずぼらさがバレてる事にガックリ来て、聖君の肩に頭を乗せる。
「だらしない所も含めて好き。」
「…いい所ない…」
「こうやって膝に来てくれるの、可愛くて好きだけど。」
「…こういうのしかない…」
「俺的には十分だけど。」
「こんなのが彼女なんて…聖君がかわいそう…」
「俺の事好きになった?」
「…え?」
「俺の事好きになったから、自分がどう思われてるのか気になるの?」
「……」
聖君の肩に頭を乗せたまま…その言葉を考えた。
『俺の事好きになったから、自分がどう思われてるのか気になるの?』
…そう…
「…うん…好き…」
目を閉じて小さくつぶやくと。
「ほんとに?」
聖君が…確認した。
「…嘘じゃないよ…?」
「あ、ごめん。そういう確認じゃなくて…」
聖君はあたしの頭を撫でながら、あたしの耳元にチュッて…キスして…
「めっちゃ嬉しいから…確認しただけ。」
恥ずかしそうに…そう言った。
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