第31話 あれからー…

 あれからー…

 あたしと聖君は、毎日『好き』って言葉を口にして、キスして…抱き合って…眠る。

 セックスは、したりしなかったり。

 あれだけむさぼるように体の相性が肝心!!って求めまくってたあたしはどこへやら…


 今は…

 隣にいてくれるだけでいい…なんて、しおらしい事を思ってる。


 …嘘みたい。



 中川衣料品店さんには、あれから行っていない。

 何となく…行きにくくなった。

 娘さんを亡くしたお母さんと。

 母さんを亡くしたあたし。

 何となく…会うと寂しくなっちゃいそうで…足が遠のいた。



 今日は珍しくオシャレをして街に出た。

 て言うのも…

 聖君へのクリスマスプレゼント、考えた方がいいのかなあって思って。

 たぶんすぐに決めて買うほど、あたしには決断力がないから…

 色々見て考えようかな…って。


 …途中で挫折するのだけはやめよう…



 最近…聖君は少し元気がない。

 それがあたしの気掛かりでもある。


 晩御飯の後、あたしがシロとクロの爪を切ってると、手にはスマホがあるんだけど…それを見てるような見てないような…

 あたしには気付かないように…だったのか、溜息も小さくついてた。


『元気ないね』って声をかけたら…『来て』って両手を広げられて。

 素直に聖君の胸に行くと、ギュッとされて…

『元気出た』って。


 …そりゃあ、あたしを抱きしめて元気が出たって言われたら…嬉しい。

 嬉しいけど、本当にそんなので元気になるのかな。

 聖君、色々…何か溜め込んでるのかな…



「……」


 そこで、あたしは一つ気付いた。


 普通…本当なら…

 一緒にいる人が、その溜息の原因なりなんなりを聞いて…ケアするもの?

 今頃気付くなんて、遅いよね。遅過ぎるよね。

 あたしの悩みなんて…打ち明けられるものじゃないから…アレだけど…


 …でも、今まで頑なに『知りたくない』って突っぱねて来た聖君情報を…

 あたしが問いかけていいものなのかな…

 もう答えてくれないかもだよね…?


 それに…

 …テレビがないから暇で…って言われたら…?


 そうだ。

 クリスマスプレゼント…

 テレビ買ってしまおうか…


 …って、あたしんちなのに、それはおかしいかな…


 あたしが色々悶々と考え込んでると…


「…はっ…」


 前方に、聖君の姿が見えた。


 えっ?ええ?


 あたし、雑貨屋さんの中に入って、チラリチラリとその様子を眺める。

 聖君は…花屋さんにいた。

 そして…何か小さな紙袋を女の店員さんに渡して…

 それから…


「……」


 箱に入ってる上等そうな一本のバラを…その店員さんにあげた。


 …喉が渇いた。

 何だか…嫌な気分。



 足を引きずる父親は、うちに来るときは必ずバラを一本持って来た。

 母さんに…プレゼント…って。

 あたしはそれが大好きだった。

 父親から、母さんへの愛情なんだ…って思ってたから。


 だけど。

 父親の生まれ育った環境は。

 男は15になると、子孫を残すために女と寝る。

 相手は一人二人じゃない事を…


 腹違いの弟、拓人に聞かされた。



 * * *


「優里ちゃん?」


 とぼとぼと歩いて帰ってると、声をかけられた。

 振り向くと…中川のお母さんが自転車を押して歩いてる。


「…お母さん…」


 つい、呼び慣れてるからそう言ってしまうと、お母さんは嬉しそうに小走りでやって来た。


「最近来ないから心配してたのよ?どうしたのー、そんな泣きそうな顔して。」


「……」


 あたしは尖った唇のまま、お母さんがカゴに入れてるビニール袋を見た。


「ああ、今ね、北野さんが店番してやるって言ったからスーパー行ってきたの。甘酒買ってるから、優里ちゃんもおいで?ね?」


「…うん…」


 言われるがままに、お母さんについてお店に行った。


 聖君が女の人にバラを渡す光景が…目に焼き付いて離れない。

 あたし、このまま家に帰ったら死んじゃうかもしれない。



「どーしたの、死にそうな顔をして。」


 お店に行くと、いつもの北野さんの他に、たまに会う西村さんもいた。

 二人はあたし用の席も作って座らせてくれて。


「さ、甘酒、飲んで飲んで。」


 って…

 お母さんが買って来たばかりの甘酒を開けてくれた。


「自分の中に溜め込んじゃダメよ?今悲しい事があるなら、ほら、おばちゃん達に話してみなさい?」


 そうは言われても…


「あたし…」


「うんうん。」


「…自分の事…話すの苦手で…」


 あたしが首を落として言うと。


「全部話すわけじゃないの!!今悲しい顔になってるその理由だけ!!」


 北野さんが、バーンと背中を叩いた。


 いたっ…あいたたた…


「彼氏の事?」


 お母さん、するどい…って言うか…バレちゃうよね…


「(コクン)」


 力なく頷くと。


「彼が、どうしたの?浮気でもしたの?」


「…浮気…」


 ガーン


 浮気…浮気なのかな…


「彼が…」


「うんうん。」


「…女の人に…」


「うんうん。」


「バラの花…あげてる所…見ちゃって…」


「えー!?バラの花束!?」


「…一本だけ…」


「え?一本?」


「…でも…一本だけって…特別な感じがするし…しかも、箱に入った…特別高そうなやつで…」


「あ…ああああ…」


「あたし…どうしたら…」


 ガックリ。


 よく考えてみたら…

 聖君みたいに素敵な人…

 あたしが独り占めなんて、おかし過ぎるよね。


 父親じゃないけど…

 一夫多妻が認められてもいいぐらい…

 聖君は素敵だ。



「どうしてそこで、『その女誰!?』って出て行かなかったの。」


「そ…そんな事…」


 出来るわけない!!


「あたしなら、問い詰めるね。」


「うんうん。」


 北野さんと西村さんは、甘酒とお煎餅を手に頷いてるけど…


「そもそも、バラを渡してたぐらいで浮気とは言わないんじゃないかい?」


 お母さんだけは…違う意見だった。


「花なんて、プレゼントするにも理由なんていくらでもあるだろ?」


「まあ…そうよねえ…」


「そう言われるとねえ…」


「どうしても気になるなら、次に彼氏と会う時に聞けばいい。『バラを渡してる所見た』って。それで狼狽えるようなら怪しいし、堂々と理由を言ってくれるなら信じればいい。」


「えええ?嘘つく可能性だってあるよね?」


 北野さんが大げさに言ったけど、お母さんは…


「嘘だって分かる嘘なら、分かっても堂々と『ふーん』て言っておけばいいの。それぐらいの事でいちいち腹立ててちゃ、男は逃げてくよ。どーんと構えて、自分があんたの帰る場所よって知らしめないと。」


 笑いながら…言った。


 自分が…あんたの帰る場所よ…


 …聖君、あたしの事…帰る場所って思ってくれてるのかなあ…

 …不安だ…


 すごく…不安だ…。



 * * *


「…シロ…あの女の人…聖君の何なのかなあ…」


「にゃ~…」


「…花屋さん…」


「にゃっ。」


「……」


 ベッドに横になったまま、シロを抱えて話をする。


 中川のお母さんの言葉は…分かるけど、あたしにはハードルが高い。

 だって…恋愛ビギナー。


 …外になんて出るんじゃなかった…



 一人で考え込んで、ますます落ち込んでると…裏庭から車の音。

 あたしはシロを降ろして毛布をかぶった。



「……ただい…」


「……」


「…ま…」


 聖君の声が聞こえたけど、あたしはベッドの中で塊になったまま。


 着替えてる気配が…すぐ近くでするけど…

 あたしは動かなかった。

 そうしてると…


「うにゃっ。」


 シロが聖君に近付いたのか…


「…どした?」


 聖君が、あたしに言った。


「にゃ~。」


 え?シロに言ったの?って思ってると…


「そうか…生理か。」


 なっ…!!


 あたしはバッと毛布を払い除けて。


「ちがーうっ!!」


 大声で言った。


 毛布から飛び出たあたしに、聖君は冷静な顔で。


「違うらしい。」


 シロに…報告してる。



「腹減ったなー。今夜何にする?」


 な…何なの…?

 あたしがベッドで毛布にくるまって落ち込んでたの、見たよね?

 なのに…シロを肩に乗せてキッチンに行って…

 冷蔵庫を見てる聖君…


 …やだ…

 あたしの事…構ってよ…


「……」


 しゃがみ込んだ聖君の背中に、ピタっと貼り付いた。


「俺、料理するよ。」


「…うん…」


「優里さんのも作るよ。」


「…うん…」


「少し離れてて。早く作って出来た時間でくっつきたいから。」


「……」


 もう…あたしは…聖君の言いなり。

 何から何まで、聖君のペース。


 仕方ないよ。

 あたし…

 聖君の事、好きだから。


 自分の事話さないクセに。って言われそうだから、文句も言えないし。

 …あたしって…本当に嫌な女。


 聖君が料理してる後ろで、唇を尖らせたまま…その後ろ姿を眺めた。


 きっと…聖君の周りには、あたしが想像する以上にたくさんの人がいて。

 みんなから愛されてる…はず。

 …そう。


 花屋さんからも…。



「…今日、聖君…見た。」


 聖君が食器を出してるのを見ながら…ついに言ってしまった。


 これ…あたし…

 これ言ってしまったら…

 何だか…ルール違反な気がする…


 でも!!

 抑えられなかった…!!


「……へえ。」


 聖君は興味なさそうに、短くそう答えて…ご飯の準備を進める。

 いい匂いがして…シロが近寄って来た。

 あたしがこんなに悶々としてるのに…

 聖君があまりにも普通過ぎて、イラッとしてしまう。

 お母さんの言うように…は…出来ない…!!


「…女の人に…バラの花…あげてた…」


 悔しいけど…悔しいけど、言わずにいられない。

 今までなら絶対言わなかったし、何より…女の人といるのを見た時点で…

 …身を引いたかも。


「…あー。お詫びのやつだ。」


 …お詫び…?


「一本…」


「お詫びだから。」


 …何のお詫びよ…

 約束を守れなかったとか?

 あたしと居る時間が多いから、花屋さんに会いに行けなかったとかの?


「…花を一本だけ…あげるって…愛の告白みたいなものよ……」


「……」


 あたしが拗ねた口調で言った言葉に、聖君は無言になった。

 …もしかして…図星なの?

 わなわなとしながら聖君を見ると…


「知らなかったなー。一つ賢くなった。」


 そんな事を言いながら…お皿にシチューを入れ始めた。


 し…知らなかったなー。って…

 そ…そんなに軽く…!!


「さ、座って。」


 聖君はなんでもないようにあたしの肩に手をかけて、椅子を引いてあたしを座らせると。


「腹減ってると、ロクな事考えないからな。食ったらに風呂で温まろ。」


『一緒に』を強調して言った。


「……」


 一緒に…お風呂…


 えっ!?


「…やだ…」


 温泉のペアチケットを夢見てるあたしだけど、ま…まさか!!

 まさかまさか、一緒に入る事なんて、まだ夢見てない!!

 何度もセックスして、お互いの身体なんてしっかり見ちゃってるけど…

 それとお風呂は、また違うのよー!!


「一緒に入りたい。」


 聖君が、テーブル越しに笑いながら言った。


「そんな…」


 も…もう、恥ずかし過ぎて…

 今までの悶々や怒りが…


「ほら、スプーン持って。」


 スプーンを持たされて…


「…いただきます…」


 湯煙の中で、どんな事が…なんて想像してしまって…


「…美味しい…」


 シチュー…美味しいけど…


 お風呂…


「良かった。」



 優しい聖君は、晩御飯の後に片付けまでしてくれて。

 あたしは…嘘だよね?一緒にお風呂って…嘘だよね?って…緊張…してたんだけど…


「さ、入ろ。」


 腕を取られて…あれよあれよと言う間に服を脱がされて…

 狭いバスタブに、聖君の上に乗る形で…浸かって…


「っ…は…」


「優里さん…」


「…や…っ…」


「…気持ちいい?」


「あ……っ…」


 何だか…すごく、気持ちいい事されたけど…


「優里さん…」


 何だか…聖君…




 …ムキになってる…?

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