第29話 「わあ…いいんですか?」

「わあ…いいんですか?」


 あたしが喜んでるのは…商店街(今まで商店街とは思ってなかった)の福引券。

 中川衣料品店さんで、お母さんが『どうぞ』ってくれた。


「一昨日、優里ちゃんが試着しただけで、あのトレーナー三枚売れたのよ。」


「えっ、三枚も?」


「そう。売れ残るかな~って思ってたんだけどね~。」


 あたしは最近、中川衣料品店さんに入り浸る事が多々ある。

 と言うのも、クロの縄張りの一つらしくて…

 店の前でクロを見付けた時、お母さんに『あんたの飼い猫だったの?毎日来てるわよ』って。


「バイト代は出せないけど、ご飯ぐらい出すから時々遊びに来て座っててよ。」


 って言われて。

 それからというもの、クロ同様…あたしも遊びに来る事が増えた。

 ここのお母さん、優しくて好き。

 ご飯も美味しいし。



「優里ちゃん、23歳ぐらい?」


 レジの横に椅子を並べて、お母さんと二人でお茶してると…そう言われて。

 あたしは軽くお茶を噴いてしまう所だった。


 騙すつもりはないけど、そう思われてるなら夢は壊さない方がいいのかなあって。


「はい。」


 つい…大サバ読んでしまった。


「そうかあ…そうじゃないかなって思ったのよ。」


「はは…」


「うちの娘と同じ歳。」


「…娘さん…」


「だから、初めて来てくれた時から、ついつい甘くしちゃったよ。」


 初めてここに来たのは、二週間ぐらい前。

 聖君のトレーナーを買おうとしたら、あたしのをオマケでくれた。



「彼氏とは上手くいってる?」


「(コクコク)」


「もう、ちゃんと言葉を喋りなさい。」


「は…はい…」



 中川衣料品店は、全然オシャレじゃないんだけど…

 なぜか立ち寄りたくなるお店なんだよ…


 所狭しと袋に入った商品が重ねてあったり、限界を超える詰め込み具合でハンガー掛けしてあって服が取り出せなかったり…

 何年もワゴンセールしてるのかな?って商品が店の外に並べてあったり…

 下着も靴下も、何ならバッグや布団まで置いてある中川衣料品店。

 思い切り地元の人しか来ない(笑)

 それも、お母さんと同年代の人達…



「まー、あんた今日も来てるの?」


「あたしが呼んでるんだから、そんな事言わないでちょうだい。」


「名前なんだっけ、ひゅーいちゃん?」


「あんた前歯抜けてるの?ゆ・う・りちゃんよ。優里ちゃん。」


 今日も三人のお母さま方が集まって…


「あっ、そういう着こなしをしたらオシャレなのねえ。」


 あたしをマネキンみたいにして、色々試着させて…

 たまたまそれを通りがかった若い人が見て…


「それと色違いありますか…?」


 って、掘り出し物を見付けた感たっぷりに、爆買いしてくって言う…パターン。


「優里ちゃんは中川さんとこの招き猫だね。」


 そう言われると、何だか嬉しかった。

 ずぼらで、人に言えない過去を持ってるあたしが…

 誰かに福を持って来てるって…


 …本当に福を持って来れたらいいのにな…。





「…?」


 聖君があたしをマジマジと見てると思って…

 首を傾げると。


「何か嬉しい事でもあったのかと思って。」


 聖君はあたしの髪の毛を撫でて言った。


「…嬉しい事…?」


「うん。何だか…今日の優里さん、いつもより…その…」


「…?」


「いや、いつもそうなんだけどさ…」


「…??」


「…いつもより、もっと…可愛いから…」


「……」


「……」


「あ…ありがとう…」


 恥ずかしくなって、両手で頬を押さえる。


 あたし…

 もしかして、ニヤニヤしてたのかな。


 今日、中川衣料品店さんでもらった福引券。

 一等は温泉旅行だって聞いて…

 一等なんて、そうそう当たるもんじゃないって分かってるけど…

 もし…って、ちょっと妄想しちゃってた。


 お風呂が面倒だったあたしも、今はちゃんと入るし…

 そうなると、温泉にも行ってみたいなあって思うようになった。


 …ペアチケット。

 聖君と温泉の旅…

 なーんて…


 妄想が止まらない!!



「…優里さん。」


「はい…」


「テレビとか…まだ置く気にならない?」


「…テレビ…」


 うちにはテレビもラジオもない。

 テレビは…拓人が出てるドラマを見たくないって理由もだけど…

 色んな情報を知りたくないと思ってるから。

 あたしは、あたしの周りで起きてる事だけを…知っていたい。


 ラジオに関しては、自分の歌が流れるのが嫌だから。

 それだけ。



「…テレビがないとつまんないかな…」


 そう言えば、あたしがシロと夢中になって遊んでたりすると、聖君はスマホを見てる…事が多い…


「あ、いや…そうじゃないんだけど…」


「……」


「映画とかさ、見ないかなと思って。」


「映画…」


 もしかして…『空前絶後の騙し合い』…?

 いやいや、あれは来春公開って言ってたし…

 あたしはドラマも映画も好きじゃない。


 所詮作り物。


 中には実話もあるのかもしれないけど、絶対話盛ってるし。

 現実には…美談なんてない。


 おとぎ話を夢見ては現実を知らされてがっかりするより、何も知らずに今の状況だけを大事に出来れば…って思う。

 あたしは、聖君との距離感にヒヤヒヤな毎日で…

 ドラマとか映画どころじゃない。



「…別に…見なくていいかな…」


 あたしが小さくそう言うと、聖君は。


「あ…そう…」


 少し…って言うか…

 すごく残念そうになった。


 …あたし、聖君の事、好き…なのに。

 どうして、こういう所…譲れないんだろう。

 あたしは苦手でも、聖君の好きな事は優先してあげようとか…


 …んー…

 出来ないものは出来ない…か。



 だとしたら…あたし、間違えてたのかな。

 恋をすると…何でも出来るようになる。って。

 恋って…ちょっとした魔法だなあ…

 なんて、思ってたから。


 あたし…子供だ。


 * * *



 中川のお母さんから『彼氏とは上手くいってる?』って日課みたいに聞かれて。

 あたし…聖君の問いかけには答えないクセに、お母さんのこういう質問には答えてるなあ…って思いながら…


「恋をしたら何でも出来るようになるって思ってたのに、出来ない事もあるんですね…」


 ってため息をつきながら答えてしまった。


 ビートランドの本社に郵便物を出さなくちゃいけなくて。

 億劫だなー…って思いながら、郵便局に行って。

 そのまま、中川衣料品店さんに遊びに来た。

 そこにはすでに常連の北野さんがいらしてて。

 あたし達は三人で『コイバナ』って物を…してるらしい。



「なんでもって?」


 興味津々な顔になった北野さんに。


「何でもって言うか…嫌いな食べ物が食べられるようになるとか…?」


 唇を尖らせて答えると。


「あはは。あんた、まるで中学生みたいな事言うんだねえ。」


 そう言って笑われた。


「それで彼氏とケンカでもしたの?今日は浮かない顔をしてるよ?」


 えっ。

 あたし、浮かない顔してる?


「ケンカは…してないけど…」


 そう。

 ケンカなんかするはずがない。

 って言うか、ケンカにもならない。


 聖君は、あたしよりもずっと大人だ。

 本当なら、とっくに呆れ果ててると思う。

 自分の事話さないし、聖君にも今以上の情報を求めない。

 一緒にいる時間の彼が全て。って思ってしまってるあたし…


 聖君は…物足りないって思ってるよね…



「あっ…」


 今!!

 今、聖君の車が走ってった!!

 えっ!?遅いお昼休み!?


「ごっごめんなさい!!あたし、ちょっと急用が!!」


 そう言って立ち上がると。


「コレの車が通ったんだね。」


 って、北野さんが親指を突き出した。


 コ…コレ…って…


「あはは…ま…また来ます…」


「はいはい。彼に会えると思ったら、パアッと明るい顔になったね。」


「恋をしてたら何でも出来る!!言い聞かして頑張んなさい!!」


 二人はそれぞれそんな事を言いながら、あたしに手を振ってくれた。



 てててーっ。と家に走って。

 前階段を駆け上がって。

 ガチャガチャと鍵を開けてると…


「…出掛けてたの?」


 聖君が、庭から歩いて来た。


「あっ…あ、うん…郵便局に…」


 そう言って玄関を開けると。

 クスクス笑いながらあたしの頭を撫でる聖君。

 ん?と思いながらも家に入って。


「にゃ~。」


「よっ。」


 シロと聖君の挨拶を眺めながら、ダイニングキッチンと寝室を分けてる引き戸のガラスに映った自分を見…見て…酷い寝ぐせがついてる事を知った。


 あああ~!!


 あたしが引き戸を開けながら片手で頭をガシガシとしてると。


「このまま行ったんだ(笑)」


 聖君、後ろからあたしを抱きしめて…頭にキスした。


「…行っちゃった…」


 だから、郵便局の窓口の人…あたしと目を合わさなかったのかな…

 中川衣料品店さんでは、誰も触れなかったのに…

 午前中、右を下にしたまま、長い事横になってたもんな…


「ふっ…可愛い。」


 あたしを振り向かせて、チュッとキスする聖君。


「…いい大人なのに…恥ずかしい…」


 可愛いと言われても…自己嫌悪なあたし。

 北野さんの方が、よっぽど女子力高い。

 いつも違うアクセサリーしてるし…

 あたしなんて、アクセサリーも、お化粧さえしてないよ…

 …寝ぐせはつけてたけど…



「……」


 キスが…本格的になって来た…

 あれ…

 聖君、お昼ご飯は…いいのかな…?


 聖君はあたしにキスしながら上着を脱いで、そのまま寝室へ。


 え…?え?いいの?

 こんな昼間から…いいの?

 って言うか…

 あ…明る過ぎて恥ずかしい…!!


 今までも昼間に…しかもあたしから押し倒した事あるクセに…

 何だか今日は恥ずかしいって思った。

 何だろう…

 この自分の気持ちの移り変わり…


「き…聖君…」


「…ん…?」


「…か…」


「か…?」


「カーテン…閉めて…」


「……」


 うちは丘の上にあって。

 ここは誰からも見えない位置にある部屋ではあるけど。

 とにかく…

 明るくて…


 今まではカーテン開けっ放しでもお構いなくなあたしだったのに。

 急にそんな事を言ったからか、聖君は少しキョトンとしたようにも見えたけど…


「気付かなくてごめん。」


 そう言いながら、カーテンを閉めた。

 あっ…今までの事を言ったわけじゃないの!!

 って思ったけど…


「こんな風に言って?何をどうして欲しいって。」


 聖君は…あたしの耳元で…

 少しだけ、嬉しそうな声でそう言った。



 …カーテン閉めて…って言っただけなのに…



 …すごく、燃えた…らしい。

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