第28話 拓人が来て、事実とは少し違うけど…

 拓人が来て、事実とは少し違うけど…少しだけあたしの事を(食わず飲まず風呂に入らず仕事をしたりする事とか)暴露してしまって以来…

 あたしの、聖君に対する気持ちと言うか…見る目と言うか…

 とにかく、何かが変わった。


 それまでは、あの綺麗で身体の相性のいい子を飼いたい。みたいな気持ちで。

 会うたびに味わえる快楽=好き。って、セットにしてた部分もあった。


『好き』って言いながらも、本当のを知らなかったあたしは…

 …本当のを知ってしまった気がする。



「…車。」


 今日は、聖君が車でやって来た。

 あたしは…まるで車を初めて見たような顔をしてしまったかもしれない。

 初めてじゃないけど、ちょっと苦手な乗り物だから…



「優里さん、免許持ってる?」


 その言葉に、ぷるぷると首を横に振った。

 持ってないけど…運転をした事はある。


「あっちからなら裏庭に乗って上がれるかな。仕事帰りは車で来た方が長居出来るなと思ってさ…」


 はっ…

 聖君、あたしとの時間を多く持つために車で来てくれたの!?


 わあああああ!!

 感激!!


「あー…お伺いもたてずに乗り付けてごめん。」


 頭をポリポリとかきながら、首をすくめる聖君。


「い…いいの…あっち側からなら…裏庭上がれるけど、道があまり良くないから…気を付けてね。」


 あたしが家の反対側を指差しながら言うと。


「うん。ありがと。じゃ、回って来る。」


 そう言って、聖君は車に乗り込んだ。



 …免許は持ってないけど、車には…ちょっと詳しい。

 …ミニのクロスオーバー…ジャングルグリーン。

 あたしのイメージする『社長』とは少し違う車種だなあ…


 でも25歳だもん。

 好きな車に乗りたいよね。

 …色は渋いけど。



 階段を上がって、庭経由で裏庭に回る。

 すると、ちょうど聖君が安全運転で到着した所だった。

 すごい…本当に安全運転ぽい。

 聖君の運転なら、あたし車酔いする事なさそうかな…


 …って…


 車で一緒にお出掛けする事なんて…あるのかないのか…

 基本あたしは引き籠りだし…



 ふと、聖君がコートを置くために開けた後部座席から紙が一枚落ちて。

 あたしがそれを拾って手にすると…


『空前絶後の騙し合い』


 って…イタリア語で書かれたチラシ…


「あ、ごめん。ありがと。」


 あたしの手元を見て、聖君がそれを受け取る。


 …空前絶後の騙し合い…なんて…

 騙し合い…とは少し違うけど、あたしの聖君への嘘を言われてるみたいで、ちょっとグサグサくる見出しだった。


「…すごいタイトル…映画か何か?」


 珍しくあたしが問いかけたからか、聖君は少し嬉しそうにしながらも…それを引っ込めて。


「うん。来春日本でも公開される映画……って、優里さん、イタリア語分かるの?」


 はっ…本当だ。

 そのチラシ、日本語全く書いてなかった。


「う…す…少しだけ…」


「へえ…英語も喋れたりする?」


「……」


 嘘をつくのは心苦しいから…

 当たり。って思う事を言われた時には、せめて…頷く事にしようと思ったあたしは。

 コクン…と小さく頷いた。


「…ごめん。ちょっと意外って思った。」


 え?と思って聖君を見上げると、目を細めて…本当、少し申し訳なさそうな顔で。


「優里さんが喋るのは、日本語と猫語かなって思ってたから。」


「ね…猫語?」


「時々シロと話してるだろ?」


「……」


 き…

 聞かれてたーーーーーーーー!?


 違う…!!

 違うーーー!!

 違わないけど、聖君いる時にしたっけ!?


 あたしがあまりにもひどい顔でもしたのか。

 聖君はクスクス笑いながら。


「寒いから入ろ?」


 あたしの肩を抱き寄せた。



 ね…猫語…

 シロがうにゃうにゃ言ってるから、あたしもそれで反応した事はあるけど…

 当然意味が分かるわけもない。

 シロは何だか喜んで膝に来て、あたしに頬擦りする勢いで身体を伸ばしたけど…

 クロに同じことをしたら『あんた何言ってんの』みたいな顔された…


 そんな怪しい姿を見られてたの…!?



 一人で色々ブツブツと心の中でつぶやきながら、聖君と家に入る。

 まだどこかボロを出しちゃいけないって、気が張ってるあたしもいるけど…

 前より少しは…

 ずぼらを見せてしまって、はっ…と気付いて、だけど聖君が知らん顔してたり笑ってくれてたりすることに安心してる。


 …もしかして…

 ずぼらOKなの?

 なーんて…

 いい解釈したりして…



「…掃除の途中だった?」


 家に入って、あたしが投げっぱなしにしてたハンドモップを手に、聖君が言った。


「あ…あー…はは…途中で力尽きちゃって…」


 そう。

 こんなに小さな家なのに。

 あたしはいつも途中で挫折する。

 根っからのずぼらだから、本当は掃除なんてしたくないんだけど…

 ただでさえ聖君を猫の毛まみれで帰らせちゃう事もあるから…


「どこまでやったの。続き、俺がするから。」


「えっ、いっ…いいいい!!そんなの…あたしがいつか…」


 …いつか…

 言ってしまって、バカっ!!って思った。

 だけど、聖君はそんなの気にする様子もなく。


「いいから。あ、アイロンある?」


 って言った。


「…アイロン…?ある…」


「今夜泊まっていい?」


「(コクコク)」


「良かった。着替えに帰らなくて済むようにシャツ持って来たけど、くしゃくしゃにしちゃったからさ…」


 首を傾げて、頭をポリポリってする聖君…


 …か…可愛いーー!!


「あ…アイロン、あたしする。」


「え?いいの?」


「アイロン…得意だから…」


「…じゃ、お願いしようかな。」


 あたしが車のキーを借りてシャツを取りに行くと。

 後部座席に、シャツがたくさん入った紙袋があった。


「……」


 もしかして…

 何枚かうちに置いておくって事?

 これ、本当?

 夢じゃない?


 くしゃくしゃと言いながらも、何枚かまとめて二つ折りにしてあるシャツとネクタイ。

 あたしは紙袋の中の匂いをすーっと嗅いで(見られたくないからコッソリと)、幸せに浸った。

 そして、紙袋をギュっと抱きしめて家に入ると…


「……」


 聖君が…

 ベッドの下から見つけたらしいアレを手にしてた。


 …アレ…

 あたしの…子供の頃の写真の入った…

 ポケットアルバム…



「…見ていい?」


 聖君があたしを見て言った。


 見ていい?

 見て…


 ああああああ…

 見られたくないー!!

 何であたし、そんな所に放り投げてたの!?


 いつもなら、あたしが困った顔してると『やっぱいいや』って諦めてくれる聖君なんだけど…

 今日は…何だか違った。

『見たい。見せて』って…目力が…


「……」


「……」


 長い沈黙の後、仕方なく頷くと。

 聖君は笑顔になってそれを開いた。


 あたしは…

 この状況から気を逸らすために、アイロン台を出して来て…

 アイロンがけに必死になった。



「お母さん、どこの国の人?」


 スチームの音で聞こえなかった事にしようかなー…って思ったけど…

 こんなに熱い視線をもらってちゃ…無視も出来ない…


「……」


 問いかけには答えない。って口を一文字にしてしまうと…


「……イタリア人?」


 何で分かったの!?


 あたしは目を丸くしながら…


「…正解。」


 小さく答えた。



 そう…

 あたしの母親は…イタリア人。

 父親は…日本人。

 だけど、そこに写ってる男は…父親じゃない。

 父親に似てるけど、父親じゃない。



 あたしの父親は15歳の時、七つ年上のあたしの母親と関係を持って、あたしが生まれた。

 まあ、関係を持ってって言うか…そういう世界なんだよね。


 男は15になったら子供を作るって。

 イカれた世界。


 それももう存在しなくなったみたいだけど…


 あたしは…

 愛で生まれた子じゃないから…



「…優里さん、アイロンかけるの速いね。」


 気が付いたら、紙袋の中のシャツ、全部にアイロンがけしてた。


「…得意だから。」


「クリーニング屋でバイトでもしてたの?」


「……」


 違うから答えなかった。


 バイトじゃないから。

 母親が、クリーニング屋をしてたから。

 ずーっと、手伝ってたの。


 …あの、がかかるまでは…。

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