第12話 「……」

「……」


 自己満足ではあっても、気分良く四時半に家に帰ると、優里ゆうりさんはまだ帰っていなかった。


「…おせーな。何かあったのかな。」


 足元に来たシロとクロの頭を撫でて、独り言。


 今までは…書置きの時間通りに帰って来てたのに。


 俺の番号は持ち歩いてる。

 だから、何かあれば…公衆電話からでもかけてこれるはずだけど…


 六時を過ぎても連絡はなくて。

 帰って来る気配もない。

 今日、どんな格好で出掛けたんだろ。

 雪が降りそうだ。

 風邪ひかなきゃいいけど…



 外に出て回りを見渡してみても、優里さんの姿は見えなかった。


 こうなったら、無理やりにでも携帯を持たせよう。

 明日ショップに行って買って来よう。


 そんな事を考えてると…タクシーが通り過ぎた。


「……」


 家の下で止まったタクシーから、黒い長髪の優里さんが降りて来て…


「大丈夫か?上までついて行こうか?」


「…いい…」


「…あんまり心配かけんなよ。」


「…ごめん…」


 俺はー…

 またもや、映画のワンシーンでも見ているかのような気分になった。

 美しい優里さんと、イケメンの片桐拓人。

 二人は俺の入り込む隙間なんてない。と思わせられるほどの…空気だった。


 華月には、見えねーもんを信じるなら覚悟決めろって言ったクセに。

 俺は…何も覚悟なんて出来てないんだと思った。


 決めたはずだったのに。

 優里さんの事が好きだから…彼女の言う通りに…って。


 だけど…


 そうか。

 黒い長髪のウィッグは、あいつと会うための物か。

 芸能人と会うために変装してたって事か。

 いつ撮られるか分かんねーもんな。



 タクシーが発進して、玄関に向かう階段を上がってた優里さんが、俺に気付いた。


「…聖君…」


「……」


 俺って…何なんだろ。


「…おかえり。遅かったから心配した。」


 立ち止まった優里さんに追い付くと、背中に手を当てて玄関までそうして歩いた。


「…ごめんなさい…」


「………」


「…何も…聞かないの?」


 俺を見上げた優里さん。

 きっと…俺は無表情だったと思う。

 何の感情も、表に出さずに。


「聞いたって、答えないだろ?」


 普通に、そう言うと。


「腹減った。何食おう。」


 優里さんより先に、家に入った。


 廊下の板の目を、瞬きもせずに見つめて。

 俺は…


「腹が減ってるとロクな事考えねーからな。」


 自分に…そう言い聞かせた。




「……」


「……」


「にゃー…」


 クロは自分の寝床に座って、じっと俺達を見てて。

 シロは気を使ってるのか…俺と優里さんの足元を、行ったり来たりしてる。


 無言で飯の準備をして、無言で食べ進める。

 俺、もっと料理美味いはずだったんだけど。

 今食ってる親子丼は、あまりおいしくない気がする。


 って…


 ちょっと遅い昼飯を食い過ぎたせいか?



 腹が減ってるわけでもないのに、腹が減った。と口走った。

 優里さんといると、発する言葉が限られてくる。


 好きだ。

 優里さんの事、好きだ。


 それは変わらない。


 どこが?と聞かれると、今もきっと『顔』と言ってしまうけど。

 それ以外にも…好きな所はある。


 …どれも、薄っぺらい優里さんなのかもだけど。



「……」


 このままじゃいけない。

 急に、そう思い始めた。

 毎日抱きしめて、キスして、これからもそうしていたいって思うのに。

 このままじゃ…


 俺の事、知って欲しい。

 そのうえで好きだと思って欲しい。

 俺だって…優里さんの事、もっともっと知ったうえで…

 もっともっと好きになりたい。



「…優里さん。」


 俺の向かい側で、箸を手にする事もなく。

 似合うけど『らしくない』ウィッグを着けたまま、うつむいてる優里さん。

 声をかけても…ピクリともしない。


「片桐拓人と一緒にいたの?」


「……」


「何か俺に不満があって、あいつの所に行ったの?」


「……」


「…俺、クリスマスイヴ、誕生日なんだ。」


 そこでようやく、優里さんの顔が上がった。


「俺、大家族でさ。年の離れた姉ちゃんと、その次女と…俺。三人同じ誕生日。」


「……」


「毎年クリスマスイヴは、家族でパーティーだった。」


「……」


「でも、今年は優里さんと二人で過ごしたい。」


「……」


「俺…優里さんの事、もっと知りたい。」


「……」


「俺の事も、知って欲しい。」


「……」


 優里さんは…俺が何を言っても無言で。

 少しうつろな目で…右に首を傾げたまま、俺を見つめてた。


「…頼むから…もっと俺に心を開いてよ…」


 言いながら…少し悲しい気分になった。

 まるで…優里さんは俺だ。

 そんな気がした。


 俺は人当たりもいいし、誰とでも仲良くなるし。

 学生の時もそこそこな人気者で。

 家族とも上手くやって来た。


 だけど…本当の俺を知ってる奴なんて、いたかな。


 みんなが上手くいくなら。

 俺の本音なんて…どうでもいいんだ。

『完璧な子』を、演じてさえいれば…誰からも愛される桐生院 聖でさえいれば。

 それでいいんだ。



「…俺は、知るほどの価値もない男…か…」


 何も言わない優里さんから視線を外して、静かに箸を置いた。

 伏し目がちに小さくため息をつくと、優里さんが立ち上がって俺の隣に来て…腕を掴んだ。


「…行かないで…」


「……」


「お願い…行かないで…」


 掴んだ俺の腕にすがって…ずるずると床に崩れ落ちる優里さん。


「…行かないよ。そんな事したら…会えなくなりそうだし。」


「……」


「だけど…」


「……」


「……」


「…だけど…?」


 だけど、別に俺じゃなくてもいいんだよな。

 口にしそうになって…飲み込んだ。


 俺が選んだんだ。

 覚悟決めただろ?



「…何でもない。俺、風呂入って来るよ。」


 優里さんの頭をポンポンとして、立ち上がる。

 掴まれてた腕は、意外なほどにするりと抜けた。



 …絵美さんに言ったけど…


 俺のが、マゾ体質だな。



 笑える。

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