第13話 クリスマスイヴは三日後。
クリスマスイヴは三日後。
て事は、俺の誕生日も三日後。
今日は休みだったんだけど…仕事に出た。
別に優里さんと気まずいからじゃない。
ただ働きたかったからだ。
午前中は机にかじりついて書類の整理。
午後からは映像のスタッフに交じって、ビートランドとの共同制作作品に参加させてもらった。
スタッフから見ると素人かもしれないが、大学時代は、いつかのために映像を取り扱う勉強もした。
小さな事でも、基本となる物に関わりたいと思ったからだ。
「……」
帰り道、何気なく空を見上げる。
そこに見えるはずもない、いるはずもない桐生院の父さんと、ばーちゃんを思い浮かべながら…
「…俺、何やってんだろ…」
小さくつぶやいた。
久しぶりに桐生院に戻ろっかなー…とも思ったけど。
これだけ外泊続きじゃ、さすがにバレてるよな…。
家族のLINEにはちゃんと返信してるけど、誰も核心はついてこねーし…こっちからも言いにくい。
何より、急に桐生院に戻ったりしたら…優里さんがテンパる。
せめて帰る事を伝えてからじゃないと。
昨日は『無理やりでも携帯を持たせる』と息巻いたけど、今日はもう…どうでも良くなってる。
これが俺だよな…
結局は、相手に対して強く言えない。
俺なんて…押し付ける価値もねーや。
…薄っぺらだし。
自分の考えてる事が、絵美さんに言った事と重なって笑えた。
俺はいつも誰かに対して言ってるつもりで、実は自分に言い聞かせてるんだろうな…
…一番面倒くせーのは俺だ。
「ただい」
「おかえりなさいっ。」
ギュッ
優里さんちに帰ると。
玄関を入ってすぐ…抱き着かれた。
手を掛けた肩が少し冷えてて、顔を見下ろすと…鼻が赤い。
「…ずっとここで待ってたとか?」
「…そろそろかなって…」
「……」
どれだけここで待ってたんだ?
「寒かったんじゃ?」
頬を合わせて…あ、俺のが冷たい。
優里さんが小さく『つめたっ…』と言って、笑った。
「晩御飯…作った。」
「マジで?」
「…お鍋だから…切って入れただけ…」
いったい…何があったんだ?
頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだったが、俺の帰りを待ってくれてた事が嬉しかった。
渦巻いてた、どす黒い感情が…優里さんの赤い鼻に中和されるとか…
俺、どれだけ単純なんだ。
「十分。」
優里さんの肩を抱き寄せて、廊下を歩く。
すると…
ポーン
…誰か来た。
「……」
「……」
同時に玄関を振り返る。
俺としては…片桐拓人な予感がして。
そのまま玄関に向かおうとすると。
「待って。あたしが行く。」
優里さんが、俺の手を取って…ズカズカと歩いて行った。
「……」
俺はそのまま廊下に立ち止まって、玄関を見据えた。
結局…二人はまだ続いてんのか?
どうなんだよ。
何とか消化しかけてた気持ちが、また沸々と…
ガラリ
優里さんが引き戸を開けたその先にいたのは…
「…は…っ?」
「姿が見えたから、来ちゃった。」
優里さんの肩越しに、そう言ったのは…
華月だった。
「はじめまして。聖の姪の華月です。」
華月は、超笑顔で…優里さんにそう言った。
「お…おい。何だよ急に…」
玄関に出て、華月を外に押しやる。
背中で引き戸を閉めて。
「おまえ、なんでこんな所に?」
小声でそう言うと。
「この先のスタジオで撮影だったの。星が綺麗だから、ちょっと歩こうかなーって歩いてたら、聖が見えたから。」
華月はキラキラした目で笑った。
「…だからって…来るかよ普通。」
「だよね。あたしもビックリ。」
「……」
「て言うか、彼女めちゃくちゃ可愛いじゃない。あたしもショートカットにしようかな~。」
華月が…よく喋る。
何かあったに違いない。
「…あの…」
カラカラと小さな音を立てて、引き戸が開いて。
「聖君…入ってもらったら…?」
優里さんが、小声で言った。
「えっ、いいんですか?」
華月は背伸びをすると、俺の肩越しに優里さんに笑顔を向ける。
「おい。」
「どうぞ…」
「だって。お邪魔しまーす。」
「……」
華月は俺を押し退けて玄関に入ると、俺なら脱ぐのに手間取りそうなブーツを簡単に脱いで揃えた。
「……」
「……」
「美味しい。」
三人で鍋を囲む事になるなんて。
俺と優里さんが無言なのに、華月は…
「あ~猫可愛い~。」
「ねえ、この子、父さんが送って来るスタンプの子に似てない?」
「優里ちゃんっていうんだー…えっ、あたし達より年上?見えない見えない。」
「仕事何してるの?モデルしない?」
「あー食べ過ぎちゃった。」
とにかく…一人で喋りまくった。
で…。
晩飯の後、すぐ帰るのかと思いきや…
「わあ!!やだやだ!!可愛過ぎる~!!」
シロと遊んでる。
俺は洗い物をしてて…優里さんは華月のそばに座ってる。
「優里さんてハーフ?」
俺が洗い物を済ませて、三人分のお茶を入れた頃。
華月が優里さんに問いかけた。
「……」
優里さんが俺を見るが、俺は小さく首を振るだけ。
華月に知られてるのは…俺に猫を飼ってる彼女がいるらしい。という烈からの情報だけだ。
「あたしはワンエイスなの。言わなきゃわからないぐらいだけど、目の色は気に入ってる。」
華月の目の色は、何色かと言われると…説明し難いが。
黒くはない。
何かが混ざった茶色と言うか…
だからアップのポスターになると『加工してあるの?』とか『カラコン?』と、よく言われるらしい。
「優里さん、生まれは日本なの?」
「…あの…」
お茶を二人に配った所で、俺だけ椅子に座って。
「華月。詮索し過ぎ。」
お茶を一口飲んで言う。
「え?何で?普通に聞いてるだけじゃない。」
「…そういうのを聞かれるの、苦手な人もいるだろ。」
「あっ、そうなんだ。ごめんなさい。でも聖の彼女なんて、興味津々で。だから、こっそり聖から聞いちゃうかも。」
華月にしてみれば…正直な一言なんだが。
俺からこっそり聞くって言葉に、意外にも…優里さんが反応した。
「…聖君も、何も知りません。」
「…え?」
「あたし…自分の事知られるの、苦手なんで…」
「……」
華月が目を丸くして、俺を指差した。
…おい。
何で指差す。
華月は丸い目をしたまま、俺を見て。
「何も知らないの?」
「…少しは知ってるけど?」
「誕生日知ってる?」
「……」
「血液型とか。」
「……」
「仕事は?」
「……」
「出身地とか。」
「……」
「ふう~ん…」
丸い目は、だんだんと…不思議そうな目になって。
「優里さんは?聖の事…誕生日ぐらいは知ってるよね?」
優里さんに話を振った。
「…クリスマスイヴ…」
「正解。仕事は?」
「……」
「華月。これには色々…」
これには色々あるんだ。って言いかけて…何が色々あるんだっけ…なんて思った。
「まあ…」
華月は手元のお茶をコクコクッと飲んで。
「さほど知らない方が、楽に付き合えるかもよね。」
首をすくめた。
「そういう事よね?楽に付き合いたいのよね?」
「おい…華月。」
「聖と、楽に付き合いたいのよね?」
華月の繰り返される質問に、優里さんはもはや顔面蒼白…
眉間にしわを寄せて、何か言おうとしては…口をギュッとつむぐ。
何だって華月…こんな事を…
「あたし…」
華月はお茶を飲み干して立ち上がると。
「聖とは同じ日に生まれてずっと一緒に育って来て、双子みたいだって思ってる。」
優里さんを見下ろして…俺が絵美さんに言ったのと同じ事を言った。
「知りたくなかったかもだけど、覚えてて。聖と付き合うと、あたしみたいな小姑がついてるから。」
優里さんは華月を見上げて、瞬きをパチパチと繰り返す。
「聖も楽に付き合えてるなら、それでもいい。だけど、あなた本位で…あなたの独りよがりでこんな恋愛してるんだったら…」
「やめろよ華月。」
立ち上がって華月の肩に手をかける。
気持ちは嬉しいが…これじゃ本当に、小姑のいびりでしかない。
「もっと頑張ってよ。聖のために。」
「……」
その言葉に、俺の動きが止まった。
てっきり…別れろって言うのかと思った。
華月は…全部じゃないにしろ、俺の過去の恋愛を色々知ってる。
特に…泉の時は、応援してくれてた。
俺は秘密にしてたのに…いつの間にかバレて、こっそり応援されてた。
「勝手な憶測だけど、過去に何か辛い事があって、自分の事を知られるのが嫌とか…そういうのでしょ?」
華月に見下ろされながら言われたのが応えたのか…意外な事に、優里さんが…コクンと一度頷いた。
そ…そうなのか…
「じゃ、その過去捨てて。聖には何も関係ないから。あなたの過去に聖はいないでしょ?」
「……」
優里さんは、しばらく華月の事をじっと見上げてたけど…
ゆっくりと立ち上がって。
「…ありがとう…」
華月にお辞儀をした。
そして…
「…ごめんなさい…」
…俺に、抱き着いた。
それを見た華月は…優しく笑って。
「帰るね。」
俺の腕を、ポンポンとして玄関に向かった。
優里さんは俺の胸に顔を埋めたままで…泣いてる。
視線だけで華月を見送ると。
華月は玄関でヒラヒラと手を振って。
『がんばれ』って…口パクした。
『サンキュ。かたわれ』
俺がそう口パクで返すと。
『ふたごじゃねーし』
華月は…
本当に、綺麗な笑顔で口パクしたんだ。
「…優里さん。」
「……」
俺の胸に顔を埋めたまま、動かない優里さんに…俺は話しかける。
「華月はああ言ったけど…無理に頑張らなくていいから。」
「……」
「でも、誕生日は知りたい。」
頭を撫でて、顔を覗き込むようにして言うと。
涙でぐちゃぐちゃな顔の優里さんは、左手の甲で顔を半分隠したまま。
「…11月…10日…」
小さな声で言った。
う…うわっ!!
教えてくれた…!!
「あっ…先月だったのかー。来年は盛大にお祝いしよう。」
俺は小躍りでもしたくなるぐらい嬉しかったけど…
「うっ…ふ…っ…」
優里さんは…また号泣。
「なっ…なんで?ごめん…嫌だった?」
こんな時に…悪いけど。
…泣いてる顔も、可愛い。
なんつーか…
モヤモヤしてたのが、どうでも良くなる。
俺、それぐらい優里さんの『顔』が好きって事か…
…これだけを口にすると、すげーいい加減な男みたいだよな。
気を付けよう…。
「ふっ…う…うっ…けっ…血液型っ…は……」
えっ。
血液型も?
華月に言われた事、そこまで堪えたのか?
むしろ…俺にも響いた。
『あなたの過去に聖はいないでしょ?』
…華月の誕生日プレゼント、少し奮発しよう。
「びっ…び…B…型…っ…」
「…優里さん、もういいよ。今日、もう優里さんの事二つ知れた。嬉しい。」
頭を抱き寄せて、優しく撫でる。
笑っちゃいけないんだろうけど…泣き方が可愛すぎて…ついニヤけてしまう。
イラッとしたり、モヤッとしたりするのに…
こういう顔見せられると、全部許してしまいたくなるなんて…
ある意味、優里さんの涙は反則だよな。
立派な武器だよ…
「B型かー。俺はO型。相性バッチリだな。」
「…バ…チリ…な…?」
「バッチリだよ。うち、大家族なんだけど、OとBしかいねーの。めっちゃ仲良し家族。」
「……」
あれ。
家族の話になった途端…泣き方が変わった。
…話変えよう。
「クリスマス、何か欲しい物ある?」
優里さんの頭に顎を乗せて聞いてみる。
要らない。とか、分からない。とか、なんでもいい。とか…
そんな淡泊な言葉を想像してると。
優里さんはゆっくりと顔を上げて。
「…何でも…いい…の?」
目いっぱいに涙をためて…俺を見つめた。
…そんな見つめ方されたら…
男としては、Noとは言えない。
「…いいよ。言って。」
アクセサリー…って感じじゃないし。
服…優里さん、意外と無頓着だからなー…
まさか、車…とか…
いやいや…
旅行したいとか…?
俺が色々妄想を楽しんでると。
優里さんは一度唇を噛みしめた後…
しっかりと俺を見つめて。
「……家族が……欲しい……」
真顔で…言った。
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