第14話 「……えっ?」
「……えっ?」
「どうも。」
今日は…社長という立場を乱用して。
片桐拓人を会社に呼び出した。
いや、乱用つっても…仕事に起用したいって事で…打ち合わせを入れさせてもらった。
超、急遽。
「え…えーと…えっ?」
片桐拓人は何度も部屋の中をキョロキョロして、俺を見て『え?』を繰り返して。
「君……ここの社長?」
指差し確認。
「そうです。今回は無理なお願いをしてすみませんでした。お座りください。」
マネージャーを別室で待機させて、片桐拓人には一人で社長室に来てもらった。
深田さんがいる秘書室で『何で俺一人なんですか?詳しい事はマネージャーの方が…』ってブツブツ言ってるのは聞こえたけど…
ここにいるのが俺で、度肝も抜かれただろうが、拍子抜けもしたはずだ。
「…君が社長…」
まだ信じられないのか、片桐拓人は何度も小さくつぶやきながら、ようやくソファーに腰を下ろした。
そして、ノックと共に深田さんがお茶と資料を持って来てくれた。
「片桐さん。実は、うちとビートランドで新しい形の動画サイトを立ち上げる事になりまして。」
「動画サイト…?」
「はい。ビートランドに所属するアーティスト限定の動画サイトです。」
「…はあ…」
「ミュージックビデオの前に、5分間ぐらいのショートストーリーがつきます。」
「……」
「そのメインの役を、お願いしたいのですが。」
「…ショートストーリー?」
片桐拓人の眉間にしわが寄った。
まあ…ドラマも映画も主役級。
そんな俳優が、動画サイトの5分間のショートストーリーなんて…って思うよな。
「このショートストーリー、曲名で検索すると決まったストーリーしか流れないのですが、検索で曲を選ぶと…ワードの組み合わせでストーリーが変わります。」
「…え?」
「例えば、失恋をした。悲しみに浸れるような曲が聴きたい時などに『失恋・泣ける歌』と言った風に検索すると…失恋に合う曲の前に、それをよりドラマチックに聴かせるストーリーになるんです。」
「…そんな事…どうやって…?」
「そのために、色んなパターンの演技をしてもらわなくてはなりません。撮影も最初の段階で数ヶ月に渡るでしょうし、この企画が上手くいけば更新していく本数も必要です。」
「……」
「ですが…毎日テレビや映画館で観る以上の人達が、あなたを観る事になります。」
ゴクン。と、片桐拓人の喉が鳴った気がした。
「…俺一人…ですか?」
「あくまでも、あなたがメインです。相手役はシチュエーションで数人候補があがっていますが…片桐さん、共演NGな方はいらっしゃいますか?」
資料をめくりながら問いかけると。
「…NGはいませんが…共演したい人…って、選べたり…?」
遠慮がちな声に、資料を閉じて片桐拓人を見る。
共演したい人。
へー…そういう存在って、いるんだ。
「いいですよ。口説けるかどうかは分かりませんが。一応オファーはしてみます。」
今はDEEBEEのギタリスト
昔、片桐拓人は彼女と共演して、かなり惚れ込んだ…って噂があったな。
引退する時も、随分『残念です』ってコメントをあちこちで言ってたらしいし。
影響を受けた役者って欄に、ずっと『島沢佳苗』って書かれてるって、彰が文句を言ってた。って、
だとしたら…佳苗の名前を出されると、ちょっと面倒だな。
身内の仕事上、知らない関係じゃねーけど…
結婚して引退した女優を片桐拓人の一言でカムバックさせるのは…
「…優里の事で、何か知りたい事でもあるのか?」
さすがに…ここまですると、片桐拓人も察したようで。
「あいつが一ヶ月一緒にいる所をみると…君は信用できるんだろうな…」
ため息と同時に、吐き出すようにそう言った。
「…じゃ、一旦社長は置いといて…」
俺は足を組むと。
「優里さん…家族の話になると暗くなるような気が。」
本題…いや、仕事の話の次に大事な話を出した。
「両親との写真は見せてもらったけど…大した事は話してくれなかったし。」
「…あー…」
「片桐さん、幼馴染って…」
片桐拓人は頭をポリポリと掻いて。
ついでに、しばらく『んー…』って考えて。
「…優里と知り合ったのは…」
渋々とだが…話し始めた。
「俺が10歳の時だった。」
…て事は、優里さんは13歳。
片桐拓人の話は…こうだった。
日本とイタリアを行き来していた優里さん家族は、父親の仕事関係のパーティーの帰りに、車ごと失踪。
日本人家族の失踪という事もあり、日本でも大きくニュースで取り上げられていた。
一ヶ月後、イタリアの自宅とは遠く離れた崖道の下で車が発見され、両親の遺体は見つかったものの…優里さんの姿はそこになかった。
優里さんの捜索が始まって、世界中に優里さんの顔が報道された。
可愛らしい笑顔の七歳の女の子が無事であるよう、世界中が祈った。
だが…
「優里の両親は、売人だった。その報道で、哀れな家族は一転して叩かれた。」
「……」
「優里が見つからなかったのも、車に乗ってたブツ…証拠を隠滅するために、優里が持って逃げたんじゃないかとか、色々噂されてさ。」
七歳の女の子が、そんな事出来るはずないだろ!!
心の中でそう思いながら、眉間に力が入る。
「結局…優里は10歳の時に、事故現場からそう遠くない山小屋で見つかったってさ。」
「三年間…そこで?」
「さあ。喋れなかったらしい。ただ、あちこちケガをしてたり…やせ細ってて、よく生きてたって。」
「……」
両親が事故死して。
色々噂される中…七歳の優里さんは、孤独と恐怖と痛みに耐えながら、三年生き延びていた。
「それから日本の親戚に預けられたはいいが…その親戚がろくでもない奴ばっかでさ。」
何となく…イメージはしたけど、実際に聞くと想像以上に酷いし、痛々しい話だ。
これ以上聞いていいものか悩んだが…
「ま…こうなると後は分かるだろ?よくある話だよ。親戚は優里が邪魔になって、施設へ入れた。そして、そこにいた俺と出会った。」
「……」
この人も…孤児なのか。
プロフィールに出身地や家族構成はあるが、それが真実とは限らない…って事か。
「まあ…俺もどれも優里から聞いた話じゃないから、どこまでが本当の話かは分からないよ。あいつ、自分の事話さないから。」
自分の事を話さないのは、俺だけに…じゃないんだ。
そう思うと、こんな話を聞いた時なのに…少しホッとした。
「…でも、付き合ったんですよね…?」
「いつも一人でいたからなー。」
「……」
片桐拓人は立ち上がって窓際に行くと。
「…大事には思ってたけど、ずっと重かった。」
外を向いたまま、言った。
…素直な気持ちなんだろうな。
本当、優里さんは…普通に『面倒臭い女』だと思うし…
それに、背負ってる過去が…本当の話だとしたら、重過ぎる。
「俺の事、弟?って聞きましたよね。優里さんには弟さんが?」
「…優里、全然頼りになんないクセに、やたらと俺を守ろうとするんだよな。だからそういう存在でもいたのかなと思って。」
…なるほど。
確かに…優里さんは世話焼きな面がある。
苦手な事ばかりと言う割に、何かと尽くしたがる。
「でも、俺も…どこかしら優里に依存してた所があると思う。」
「……」
「ほら、あいつ…あの見た目だし。雰囲気も…な。」
「…分かります。」
「居てくれるだけでいい。って、思えた頃もあったんだ。」
振り向いた片桐拓人が逆光で、まるで映画のワンシーンのようだった。
…マジでこいつ………この人。
かっけーな…。
「優里が、俺がいなくても平気だ…って思うと、ちょっと寂しい気もするけど…君に任せるよ。」
ポケットに手を入れてソファーに戻ると。
片桐拓人は前のめりになって。
「で、俺…モデルの『華月』と共演したいんだけど…」
笑顔で言った。
「……」
あまりにも唐突に話が戻った上、出てきた名前が華月だったから…持ちかけたコーヒーカップを落としそうになった。
「ま、無理だよな…ミュージックビデオに出てるけど、彼女は演技してるわけじゃないし。」
華月が出演したミュージックビデオは、どれもセリフなんてない。
歌詞の内容に合ったような、笑顔を見せたり…泣いたり…だ。
それにしても、たくさんの女優がいる中で、なぜモデルの華月?
「…なぜ彼女との共演を希望されるんですか?」
「男なら、みんな一度は彼女との共演を夢見る。それほど、彼女には他の女性にはない光るものがある。」
「……」
へー…
第一線で活躍してる俳優に、真顔でそんな事言われると…なんつーか…
俺の事じゃないにしても、嬉しい。
「ただ…何だろ。何か抑えつけてる物がある気がして。何様だって思うかもしれないけど、その何かを俺が取っ払いたいって気持ちもなくはない。」
「……」
聞けば…片桐拓人は、今までもドラマのオファーが来るたびに、相手役に華月を希望していたらしい。
ま…断るよな。
あいつ、セリフ覚えるのとか面倒臭がるだろうから。
でも。
ショートストーリー。
そして…
「ま、相手役が彼女じゃなくてもベストを尽くします。出演させて下さい。」
片桐拓人が、思ったよりいい奴だったから…
「…少々お待ちを。」
俺はスマホを取り出すと。
「…あ、華月?おまえ、うちとビートランド企画のショートストーリーで演技デビューしてくんねーかな。」
華月に電話した。
目の前の片桐拓人は、目を真ん丸にして俺を見て。
「ああ…じゃ、今後のスケジュール次第って事で。」
電話を切った俺に。
「なっ…き…君、彼女と…知り合い?」
声を震わせて言った。
「…生まれた時から、ずーっと一緒。家族だか」
「よろしくお願いします!!」
立ち上がって、深々とお辞儀する片桐拓人。
「…こちらこそ、よろしくお願いします。」
俺も、片桐『さん』に。
深く深く…頭を下げた。
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