第15話 片桐さんが帰って行って。

 片桐さんが帰って行って。

 しばらく深田さんと今後の構想を練ったけど…その間中、俺の頭の中は優里さんの事でいっぱいだった。


 早めに仕事が終わって、クリスマスには桐生院でパーティーが開催される事を知ってる深田さんが。

『プレゼントを買いに走らないといけないのでは?』と、色々気を利かせてくれた。

 …去年俺が切羽詰まって通販サイトをクリックしまくってるの、笑いながら見てたもんな…



「……」


 イルミネーションに照らされる街並みを見ながら、片桐拓人から聞いた優里さんの過去を思い返した。


 真実かどうかは分からないにしても…

 優里さんの事が世界中に報道されてしまったのは、本当なのかもしれないと思った。

 外出の時の変装も…片桐さんに会うためじゃなくて。

『自分』を隠したかったのかもしれない。


 両親が売人って…本当なら『映画の中の話みたい』だと思うのかもしれないけど。

 俺は、幸か不幸か…少なからずとも、そう言った世界を相手に働いてる人と関わりがある。

 …二階堂家。


 優里さんの過去を、海さんに調べ…


「……」


 いやいやいやいや。

 昔の事はどうでもいいだろ?

 本当の事かも分からないし。


 だけど、本当だとしたら。

 …優里さんにとっては、どうでも良くないよな。


 華月に、過去は捨てろって言われて泣いたのは…もしかしたら、誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。なんて思った。

 優里さんは俺に知られたくないって思ってるかもしれないけど…俺は知れて良かった。


 いつか、その時が来たら…

 片桐さんから話を聞き出してしまった事を、優里さんに謝ろう。



 クリスマスプレゼントに家族が欲しいって発想…

 どう受け止めればいいんだ?

 俺がプロポーズしていいのか…

 それとも…


「子供を作りたいとか…」


 俺自身がまだまだガキなのか、まっっっっったくその線については想像が出来ない。

 母さんは16で姉ちゃんを産んだと言うのに。

 姉ちゃんだって、17でノン君と咲華を産んでる。

 鋭かったり、妙に五感が冴えてはいるけど…あんなにポヤーッとしてる二人なのに。

 十代で出産とか…

 あの時代は、みんなどうかしてたのかな。



「ただ」


「んにゃにゃっ。」


「……」


「にゃーっんにゃんにゃっ。」


 玄関を入ると、シロとクロから盛大に出迎えられた。


「…腹が減ってんのか?優里さんは?」


 早くご飯くれよー。と言わんばかりに、俺を自分達の食卓に導くシロとクロ。


「はいはい。お待たせしました。」


 それぞれの専用の器にカリカリを入れて置くと、シロとクロはフガフガと唸りながら顔を突っ込んで食べ始めた。


「……」


 珍しいな。

 何があっても二匹の飯は忘れないのに。


 テーブルの上に、書置き…が、二枚。


『急な仕事で』


『聖君今日は家に帰ってまた明日』



「…何だこりゃ。」


 急な仕事…

 結局、優里さんが何の仕事をしてるのか、片桐さんにも聞くのを忘れた。


「…プレゼント選んで、一旦桐生院に帰るか…。」


 優里さんの提案通りにしよう。

 俺はシロとクロに新しい水を用意して。


「……」


 優里さんへの書置きに…携帯の番号を書いて残した。



 …さて。

 プレゼント…


 毎年、俺はクリスマスプレゼントを大量に買う。

 何ならこれのために働いてると思われるぐらいの奮発ぶりだ。

 …完璧な俺でいなきゃいけねーからな…

 なんて。

 バカみてーなクセ。



「……」


 玄関先で悩んだけど…

 結局。


『お疲れ様。絵美さん、クリスマス前で忙しいかもだけど、プレゼント用の花束を頼んでいいかな』


 絵美さんにLINEした。

 すぐに返信はないだろうと思ってたけど…


 絵美さん『毎度ありがとうございます。何日までに何の花束を?』


 結構早く返信があった。


 おい。

 花屋、忙しくねーのか?


『出来れば24日に六つ(内訳:母・姉・姉・姉・姪・彼女)彼女にはちょっと特別な感じで』


 絵美さん『六つも頼まれると思ってなかったから、ちょっと震えた((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル』


「ぷっ…絵美さん、顔文字とか使うのかよ。」


 スマホの画面を見ながら噴き出す。


 絵美さん『華月ちゃん以外の人のイメージを教えてもらえると嬉しいデス』


「イメージ…」


『母:ふわっ 姉1:キリッ 姉2:ふわっ 姉3:ツンッ 彼女:ふにゃ~』


 絵美さん『衝撃…(笑)桐生院家に一緒に暮らしてるのは、華月ちゃんとお母様?』


 姉ちゃん、今年は誕生日会はうちに帰らないっつってたもんな…


『そう。母と華月。イメージ出来そう?』


 絵美さん『頑張る…予算は?』


『絵美さんが頑張りたいだけ奮発する(笑)』


 絵美さん『本当?さすが社長(笑)ありがとう。期待に応えます!!』


「…ふっ。」


 4649のスタンプを送信して。


「さて…コネを使うか。」


 俺は街に繰り出した。



 * * *



「ありがとうございました。」


 コネを使いまくって、食事券をたくさんゲット。

 詳細は書かないが…これで俺のクリスマスプレゼントは揃った。

 …使った分は、頑張って働こう…


 時計を見ると、7時前。

 …最近、桐生院に戻るとしても着替えを取りに戻ったり…晩飯の頃に少しだけとか。


 母さんの機嫌取っとくかな…


 そう思って、家族のLINEじゃなく母さんに直接『今夜の飯って何?』って送信すると…


 母さん『あっ、そう言えば今夜誰も書いてないね。あたしまだ事務所にいるのー( ノД`)シクシク…』


『へー。父さんも一緒?』


 母さん『一緒にはいないけど、後で最上階には行くー。聖も来ちゃう?』


『そうしよっかな』


 母さん『☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』


「ふっ。何だよこれ。」


 スマホに現れた顔文字が、母さんそのものみたいで小さく笑う。

 俺は、心の中に小さく明かりが灯ったような心地になりながら。


『ではのちほど(スタンプ)』


 親父に影響されて買った、猫のスタンプを送った。



 ビートランドに向かいながら、優里さんへの気持ちが昂ってる事に気付いた。


 過去を聞いたから…っていうのもあるかもしれない。

 だけど、同情とかじゃなくて…

 昨日、俺の腕の中で泣きじゃくりながら、誕生日と血液型を教えてくれた優里さん。

 …色んな葛藤があったと思う。

 それでも、彼女も変わりたいと思ってくれたんだと思うと…愛しさが増した。


 不思議な事に、今ここに優里さんはいないのに…彼女を感じる気がした。

 腕に、肩に、胸に。

 あの柔らかい…何とも言い難い雰囲気。


 …結婚…申し込んだとして…受け入れてくれんのかな。

 家族が欲しいって、そういう意味…なのかな。

 結局俺は、不器用な女が好きなんだろうな。


 ふと、客観的に今までの彼女を頭の中で並べた。

 申し訳ないが、顔で選んで付き合った子がほとんど。

 その中でも、まあまあ続いたのは…やっぱり不器用な子だったと思う。

 几帳面で何でもソツなくこなすタイプとは、長続きしなかったな。


 …泉は…

 見た目じゃ選んでなかったもんな。

 こんな事知られると、跳び蹴りでもされそうだけど。


 いや、別にあいつがブスってわけじゃなくて。

 誰が見ても美人!!ってタイプじゃなかった。

 だけど、性格を知っていくと…『不器用でカッコいい女』だ。って思った。

 不器用でカッコいいなんて、矛盾してるけど。


 …久しぶりに泉の事考えた。

 あいつ…元気かな。




 ビートランドのロビーは、まだ賑やかだった。

 俺は仕事で来る事もあるから、パスを持っている。

 エスカレーターの前でそれをかざして、エレベーターホールに。


 そこで…


「父さん。」


 エレベーター待ちをしてる父さんに出くわして、声をかけた。


「ああ、聖。もしかして、さくらが浮かれて部屋に来たのは、おまえが来るからか。」


 俺に気付いた父さんは、笑いながらそう言った。


「来ちゃう?って言われて。」


「ふっ。目に浮かぶ。」


「母さんは?」


「上に居る。」


 一緒にエレベーターに乗って、最上階へ。


「母さんにクリスマスプレゼント、買った?」


「ああ。先月置いて渡米した事で、随分へそ曲げられたからな。」


「でも結局母さんも行ってたじゃん。」


「それでも、だ。全く…あいつはいくつになっても、ティーンみたいな感覚で…」


「困る?困らないクセに。」


「…親をからかうなっ。」


 こうやって…笑い合えるのに。

 親子として、笑い合えるのに。


 …どうしてだろう。

 俺は、それでも壁を作ってしまってる。



 最上階について、エレベーターを降りる。

 父さんが何かに気付いて、口の前で人差し指を立てた。


「?」


 首を傾げてその様子を見てると…

 会長室の中から、歌声が聞こえる。


 …母さん…?


 父さんはドアの前で腕組みをして、目を閉じた。

 中から…アコースティックギターと、母さんの歌声。


 …俺も大好きな歌だ…


 If It's Love…


「……」


 目を閉じてる父さんを見る。


 母さんの事を、ずっと想い続けていた人。

 桐生院の父と奪い合う形ではなく…むしろ、願いを受け入れて、今、こうして夫婦という形に落ち着いた二人。



 それは愛なの?って、誰もが言うんだけど

 あたしは笑顔で、全力で言うわ

 愛よ

 ううん…愛以上よ

 愛以上なのよ



 …俺の知り得ない二人の時間が、そこにあると思った。


 愛、以上。

 俺にも…愛以上は…存在するのかな。



 歌が終わって、父さんがドアを開けた。


「あっ、やだ…聴いてた?」


 母さんはドアのすぐそばで、慌ててギターを降ろす。


「父さん、感激して泣いてたよ。」


「ほんと~?」


「相変わらずいい声だ。」


 父さんが、母さんの頭を抱き寄せてキスをする。

 幸せな場面。


「…え…」


 ふと、聞き慣れた声にソファーを見ると…


「…え?」


 そこに…


「あ、下で一緒になったから、連れて上がっちゃった。」


「ああ、すれ違いだったのか。」


 …え?


「イギリス事務所のシンガー、Leeだ。」


 父さんが、俺に紹介したのは…


「息子の聖だ。」


「……」


「……」


 俺と優里さんは、口を開けて見つめ合ったまま…



 …シンガー…


 はあ?

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