第18話 久しぶりにタキシードを着て。

 久しぶりにタキシードを着て。

 ドレスアップした華月と、ミラー社の専務に指定されたクリスマスパーティーに行くと。


 俺達が誕生日なのを調べたのか、はたまた深田さんが何か口添えでもしたのか…


『Happy Birthday!!』


 …めちゃくちゃ盛大に祝われてしまった。



「わ~…すごい贅沢な誕生日…」


 詩生しおと居られない事は残念なんだろうが…

 この際楽しまなきゃ損だ。と切り替えでもしたのか。

 華月は始終笑顔。

 そして、さすがモデル。なスタイルとオーラで、会場中の視線を釘付けにした。


 結構なVIPも来てて…俺なんかがいてもいいのか?って、少し尻すぼみもしたが…

 桐生院の父さんがここまで大きくしたんだ。

 俺も恥じないように、堂々としていよう。と思った。


 ぶっちゃけ…

 十分に楽しんでる風な華月とは反対に、俺は常に仕事モードでいた。


 足元をすくわれるわけにはいかない。

 優里さんとの約束を破ってまで来たパーティーだ。

 小さな事で評価を落としたくないのもあるが…

 せっかく来たんだ。

 何か収穫して帰りたい。



「あなたが噂の?」


「スプリング!!知ってるよ!!前社長にはお世話になった!!」


「ああ、君が噂の…」


「はじめまして。私共は、映像ソフトの開発を手掛けておりまして…」


「お噂はかねがね…」


「……」


 深田さんから、ただのパーティーではないかもしれません。とは言われてたが。

 まさに。

 次々と名刺交換が始まって、中には桐生院の父さんの話を持ち出す人もいたが…

 とにかく多いのが…


『あなたが噂の』だ。


 俺の噂ってなんだ?



「キヨシ、今日は来てくれてありがとう。」


 ミラー社の専務は俺と同じ歳。

 大学を出て、専務に就任。

 社長の三男坊らしい。

 人懐っこい笑顔で人気者のブライアン。


「いえ、こちらこそ誕生日まで祝ってもらって、ありがとうございます。」


 シャンパンを飲みながら、囲まれてる華月を眺める。


「いやー…俺は直接君に会う事がなかったから、こんな無理でもしないと会えないかなって。」


「言って下されば、アメリカ社に出向いた時にご一緒させていただいたのに。」


「そんなに堅苦しくならないで。同じ歳だろ?」


「ですが、ミラー社とうちとでは、格が違います。」


「じゃあ…友達って事で。」


「え?」


「実は…噂を聞いて、君に会いたくなったんだ。」


「噂…ですか…」


 ブライアンは首を傾げる俺に一歩近寄ると。


「俺…父の実子じゃなくてね…」


 声を落として言った。


「……」


「ずっと親戚中から白い目で見られて育って来た。」


「…どういう事ですか?」


「君も、タカシの実子じゃないんだろう?」


「え…?」


「もっぱらの噂だよ。君のお母さん、今はビートランド会長の奥さんになってるけど…そうなる前からの関係だったってね。」


「……」


「俺も、母親が浮気して出来た子供さ…父はそれを知ってて俺を産ませたみたいだけどね…」


 握りしめた手が、感覚を持たない気がした。


 母さんが…浮気をして出来た子…?


 確かに俺は、無精子だった桐生院の父が、秘密で…

 母さんにさえも秘密で…


「お互い、頑張ろうぜ。」


「……」


 何も…答えられなかった。


 事実は…事実として伝えられない事もある。

 だけど、こんな曲がってしまうなんて…


 俺は暗い気持ちのまま、作り笑顔でパーティーを乗り切った。





「…何それ。」


 タクシーの中で、華月が不機嫌な声を出した。


「信じらんない…いったい誰が…」


「さあ…まあ、いちいち弁解してらんねーし…でも母さんの耳には入れたくねーな…」


「ほんとだよ…おばあちゃま、そんなの聞いたら…」


 せっかく…やっと結ばれた二人なのに。


 …そりゃあ…

『そうなる前からの関係』だと言われたら…

 母さんと父さんは、大昔からずっと…絆で結ばれてたんだから…

 完全否定はできないけどさ。


『関係』って。

 周りが思うような、下世話なもんじゃない。

 母さんは、ちゃんと『高原夏希』への思いを断ち切って桐生院に来たわけだし。

 それを、桐生院の父さんは…


 …今思い出しても、不思議な話だ。


 病床で、俺に『真実は大事だ』って全てを打ち明けた父さん。

 知りたくなかった。

 本当は、今でもそう思う部分が多々ある。

 だけど、それをずっと誰にも言わずに抱えて来た桐生院の父が…俺には負わせたいと思ったのだと思う。


 本来、俺は…生まれた事自体が罪のような気がしてしまった。

 大人の勝手な理由で…って、何度も頭を抱えた。

 だけど思い出の父は俺をとても大事に育ててくれたし…

 今の…高原の父も…まだ『父』になる前から。

 優しく、だけど厳しく…俺を見守り続けてくれてた。



「…大丈夫?」


「大丈夫だよ。」


「今夜は?優里さんの所に行かないの?」


「もうこんな時間だしな…」


 時計の針は11時半。

 パーティー自体は9時に終わったけど、それから人気者の華月は人の輪から離してもらえるわけもなく…流れで二次会的なものに連れて行かれた。


 まあ、仕事には十分活きる情報も得られたし…良しとしよう。



「家の鍵持ってないの?」


「持ってるけど。」


「行けば?特別な夜だし…優里さんも待ってるかもよ?」


「……」


 そう言われると、会いたくなった。

 華月に言われた指輪は用意してないけど、特別な日に少しでも一緒に居られる方が…


「じゃ、おまえ降ろしたら行って来る。」


「うん。頑張って。」



 華月を桐生院で降ろして、ふとスマホの電源を落としてた事に気付いた。

 ブライアンにあの話を聞いて…何となく、誰とも連絡を取りたくない気になったからだ。


 きっと、母さんには俺からの花束が届いてて…LINEが入ってるはず。


 …母さんが悪いわけじゃない。

 分かってるのに…


 スマホの電源を入れながら、優里さんが父さんに持たされたスマホを使って俺に連絡してないかな…なんて、急に思いついた。

 着信は…誰からもない。

 少しがっかりしながら、LINEを開く。



 姉ちゃん『可愛い花束をありがとう。素敵な誕生日でありますように。改めてお祝いしようね♪』


 親父『粋な計らいしてくれるじゃねーか。食事券サンキュー。知花への花束も。おまえもいい誕生日を』


 ノン君『社長!!食事券サンキュー!!誕生日おめでとう!!プレゼントは帰って渡す』


 紅美くみ『母さんに来てた豪華な花は、あたしにはないのね…( ノД`)シクシク…ってのは嘘で、誕生日おめでとう!!御食事券、盛大に使わせてもらいまーす!!』


 がく『誕生日おめでと。自分の誕生日なのに、振舞ってる方が多くない?w チョコとホテルでディナーって笑えるけど、楽しみが増えた!!ありがとう!!』


 チョコちゃん『聖さん、誕生日おめでとうございます。聖さんにたくさんの幸せが訪れますように♡メリークリスマス』


 えい『おーっす。誕生日おめ。朝子のお見舞いまでしてもらったのに、クリスマスプレゼントまでサンキュ。そろそろおまえの祝いもさせろw』


 ひとみさん『誕生日おめでとう。あたしみたいに可愛い花束が届いて、胸がキューン。今度会ったら抱きしめちゃうわよ♡ありがとう♡』


 うらら姉『誕生日おめでとう。変わってるけど素敵な花束ありがとう。今年は彼女と過ごしてるなら姉は嬉しい…』


 りく兄『Happy Birthday♪可愛い義弟よ。今度うちに飯を食いに来るがいい』


 あずまさん『メリークリスマスヾ(*´∀`*)ノ聖君、誕生日おめでとう!!うちにまでサンタになってくれちゃって、ありがと~。聖君にいい事がたっくさんありますように、サンタさんに頼んでおくからね~♡』



「ふっ…」


 東さんからのメッセージに、つい笑ってしまった。

 あの人、いいキャラだよな。



 優里さんからは…何の連絡もなくて。

 それは今まで通りだから…安心したような、いや…少し寂しいような…と思ってると。


 華月『わー!!すごい花束!!おばあちゃまのもすごいけど、あたしのもすごい!!聖の事だから、みんなに贈ったんじゃないの?こんなに奮発して大丈夫?』


 華月からLINEが来た。

 俺はそれにだけ『俺、社長だしw』って返す。


 華月『あ、そ。ありがとね社長』


 華月『それと、おばあちゃま達ってば聖へのメッセージ書くのに悩みまくってるw スタンプにしとけば〜?って言ってるんだけど、まだスマホと睨めっこ中よ』


「……」


 何となく…今は二人からのメッセージが辛い気がして。

 来てない事にホッとしてる自分がいた。

 でも、華月の説明には光景を思い浮かべて笑えた。


 …笑えて良かった。



 華月『あたしからのプレゼント、余計なお世話だとは思ったけど…コートのポッケに入れといたから』


 スマホをしまい掛けた所に、また華月から。


「は…?」


 何かと思ってコートのポケットを探ると…


『聖、こういうの興味ないから分かんないだろーなと思って。勝手に選んでごめん。優里さんと聖のイメージで選んでみた。誕生日おめでと。頑張ってね。メリークリスマス』


 コートのポケットには、華月からのメッセージカード付きで…ペアリングが。


 …マジかよ。


 俺なんて、華月には特別奮発したつもりでも、花束とエステ券って無難な物…

 今更だけど、詩生と繋がっていられるような何かにすれば良かったと後悔した。


『指のサイズ知ってんのかよ』


 再びスマホを手にしてそう送ると。


 華月『優里さん、たぶんあたしと同じぐらいかなって。あんたのサイズはナニからナニまで知ってる』


『…ナニって書くな。ナニって』


 華月『ふふっ。とにかく、頑張って』


『サンキュ。誕生日おめでと、片割れ』


 華月『双子じゃねーし。しっかり。片割れ』


『しつけーな。片割れ』



 暗い気分を華月が払拭してくれた。

 マジあいつ…いい女だ。


 詩生、頼むから…早く華月を幸せにしてくれ。

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