第4話 「そろそろおまえも女作れば。」
「そろそろおまえも女作れば。」
さっきまでノン君が会社に来てた。
で…帰り間際に、そんな事を言われた。
話があるって言うから何事かと思えば…
紅美との事だった。
ノン君は親父にも姉ちゃんにも似てる。
いいとこ取りってぐらい、いいとこばっか。
あ、でも不器用だなー…
その辺が残念だったり、もったいなかったりするけど…
でも基本、いい男だよ。
年上だけど、俺の甥。
紅美と上手くいけばいいけど。
泉の事、意外と忘れらんなくて…って口にしたけど…
俺、めっちゃ速いスピードで…前園優里に気持ち持ってかれてる気がする。
まだ何も知らないのに。
名前と…年齢と…家と…飼い猫が二匹って事しか知らないのに。
…持ってかれてる。
深田さんが仕事を午後からに調整してくれて。
俺は空いた時間で外に出た。
何か…気の利いた物がないかな…
香水…んー…アクセサリー…いやー…
付き合ってもないのに、そういうのは重い気がする。
お礼なんだから、ちょっとした物でいいよな。
…でも、命にかかわる事だったんだぞ…
「んー…」
あれこれ考えてはみたけれど…
やっぱ…
「…花かな。」
花の家の息子だけど、俺はみんなほど花に関わってない。
まあ…常に家のあちこちに花のある生活だから、何もないと寂しくは感じるけど。
「……」
そう言えば、彼女の家に花はなかったな。
興味がなければ、迷惑でしかないかもしれないけど…
俺の勝手な想いで…決定。
彼女に花を贈りたい。と思った。
俺は姉ちゃんがよく行く『
「えーと…花束が欲しいんですけど…」
店の外に並んだ花の手入れをしていた店員に声をかけた。
「はい。どのお花にしましょ……あ。」
「?」
「あっ、いえ、失礼しました。贈り物ですか?」
「はい。」
「どういった感じの物にいたしましょう?」
俺は店内をぐるーっと見渡して…前園優里を思い浮かべる。
32歳…大人の女だよなあ…
でも、率直な印象は…
美人だけど…可愛い。
…可愛い。
うん。
うちにもよく飾ってある、ガーベラが目に入った。
「…ガーベラばかりの花束を作ってもらえますか?そうだな…あまり大げさじゃなくて…小ぶりな感じになるように。」
「そうですね…じゃあ少し丸みを持たせて、可愛らしい感じでいいですか?例えば…あんな感じはいかがでしょう。」
店員は、店の奥に飾ってあるドライフラワーを指差して言った。
うん。
可愛いな。
「ええ。あんな感じで。」
「色はどういたしましょう?」
「んー…」
透明感のある人だったけど…
何となく…
「黄色とオレンジかな。」
「かしこまりました。」
それから俺は…店員の『少しグリーンを入れてもいいですか』って意見に同意して。
俺自身がめちゃくちゃ気に入るような花束を作ってもらえた。
それを持って…
「…バカか俺は。」
花束を持ってタクシーに乗って…彼女の家の下まで来て、気付いた。
平日のこんな時間に、家にいるか?
普通仕事してるよな。
不在だっつーの!!
ガッカリしながらも少し高台にあるその家を見上げると、白い猫が見えた。
「……」
猫のしっぽが揺れてる。
何となくだけど…その向こうに彼女がいるんじゃないかと思った。
…よし。
行ってみよう。
それにしても…
昨日一昨日の出来事。
『じゃあ、また』とは言ったけど…まさか…だよな。
一日も空けずに会いに来るなんて…。
小さな階段を上がって、レトロな作りの玄関までたどり着くと。
深呼吸をしてチャイムを鳴らした。
家の奥の方で『ポーン』って言う少し鈍い音が鳴って…
「……はーい……」
家の中からではなく、外から声がした。
その声の方向を首を伸ばして見ると…
広い庭先から、彼女が白い猫と共にやって来た。
…彼女も白いシャツを着てて、まるで猫みたいに思えた。
猫…
ほんと、猫みたいだ。
今日も…可愛い。
なぜか自然と…花束を後ろに隠してしまった。
彼女に持って来たはずなのに、すげー……恥ずかしくなったからだ。
「…聖君?」
はっ。
聖君って、名前で呼んでくれた!!
「あっ…あの…昨日はどうも…」
「いえ…風邪、ひかなかった?」
「おかげさまで…優里さんは?」
優里さん。
いや、年上なんだから、そう呼ぶのは当然だけど…
自分で言って照れた。
すげー照れた。
「…あたし、自分でも嫌になるぐらい丈夫だから…」
優里さんは苦笑いをしながら、細い首を傾げる。
…やっぱ可愛い人だな…
「…仕事中…?」
「あー…午後からなんで…ちょっと…お礼にと…優里さんは?休み?」
「あたしは…在宅で仕事してるの。」
「そっか…」
ラッキー!!
在宅で仕事してるって事は、ほぼいつも家にいる!!
「さっき、やっとガス屋さんが来てくれて…ライフライン全部復旧。」
「ああ…それは良かった…」
大きな家じゃないけど、それでも木造の古いこの家じゃ…
あのストーブだけに暖を頼るのは心許ない。
「あっ、シロ。ダメよ。」
優里さんが慌ててそう言って、え?と思って足元を見ると、『シロ』が俺の足にまとわりついてて。
毛が付きまくり。
「ああああ…ごめんなさい。ちょっと待って。」
優里さんはガラガラと玄関の戸を開けて。
「入って。」
俺を振り返って言った。
「あ、いや…」
「にゃー。」
「……」
足元では…『いい仕事したでしょ?』と言わんばかりの『シロ』が、俺を見上げてて。
つい…
「…ナイス。シロ。」
俺はシロの目を見て、小声で言った。
「シロ、あっちに入ってて。」
優里さんがそう言うと、シロは優里さんが指差した方向に歩いて行った。
「…すげー…賢い。」
「いい子でしょ。」
「…もう一匹は?」
俺が『ホルスタイン』って思った方の猫がいない事を問いかけると。
「あの子は、縄張りの確認に行ったんだと思う。」
「縄張りの確認?」
「ええ…自分の居場所をあちこちに持ってる子なの。」
猫にも贅沢な奴がいるんだな…なんて思いながら。
廊下の隅にある薄いピンク色の暖かそうな猫用ベッド(だと思う)に座って俺を見てるシロに目をやった。
どうやら、シロはここだけでいいらしい。
「縄張りがある子は、なんて名前?」
「クロ。」
「……」
まあ…黒い模様はあったけど…
『クロ』はないよな…なんて、ちょっと苦笑いしかけてると。
「座ってもらえる?」
優里さんが椅子を引いて言った。
「え?」
片手に『コロコロ』を持って、すでに俺のスラックスの裾を今にもピンと伸ばしそうな勢いの優里さん。
「あ、あー…でもあの、その前に…」
「え?」
「これ…」
渡すタイミングを逃した。とは思ったけど。
今しかないと思って、花束を差し出すと…
「…え?」
優里さんはキョトンとして俺を見上げた。
「ささやかだけど…一昨日と昨日のお礼…」
「……」
優里さんは大きな目で俺を見上げたまま、パチパチと瞬きをして。
「…あたしに…?」
手にしてたコロコロを床に置いて。
「…うん…」
ゆっくりと立ち上がった。
「……」
優里さんは花束を両手で受け取ると…
「…嬉しい…ありがとう…」
花束に顔を近付けて、小さな声で言った。
…ヤバい。
可愛過ぎる…
しかも…こんな至近距離…
……抱きしめてぇ~!!
我慢…我慢しろ。
頑張れ、俺の理性。
いくら一線を越えてるとは言え、あれは…仕方のない事だったんだ。
俺達は恋人同士でもなければ、セフレでもな…いやいやいやいや、セフレになんてなりたくねー!!
どうせなら…
恋人に…
「……!?」
いきなり…
花束を持ったままの優里さんが、俺に抱き着いてキスをした。
あまりにも突然の事で、俺は目も閉じられず。
瞬きを繰り返して…優里さんのキスを受け入れてた。
「…すよ。社長。」
「……」
「社長。」
「はっ…あ、すみません…もう一度お願いします。」
「…やはり風邪が治られてないのでは?」
「いえ、ちょっとボンヤリしてました。引き締めます。すみません。」
…しっかりしろ、俺。
午後から仕事で。
急いでタクシーで会社に戻った。
花束を渡すと…優里さんは俺に抱き着いてキスをした。
驚きのあまり、されるがままになってると…ゆっくり唇が離れて。
俺を見つめる優里さん。
その目を見てると…もう…俺も我慢できなくて…
ギュッと抱きしめて…強く抱きしめて…
…どうする?
この先、どうする?
って、少し悩んでしまってると…
再び、優里さんの方からキスして来た。
ああああああああ…もうダメだ!!
そのまま、もつれるようにベッドに倒れ込んで。
俺達はまた…
「…すが、どういたしましょう?」
「……その件に関しては、一歩も譲る気はありません。あくまでも、うちが主体で話を進めましょう。」
「…さすがです。では、プロジェクトはスタートという事でいいですね?」
「はい。お願いします。」
マジで…ヤバかった。
優里さんの身体も…声も…何もかも…サイコーだった。
今まで年上と付き合った事がないわけじゃないけど…
セックスに関して消極的な女性ばかりだったから…
優里さんみたいに、情熱的なセックスをする女性は…
マジたまんね~…!!
「次の資料ですが…」
「……この件は専務が先方と話をつけるって言ってませんでしたか?」
「え?」
「まあ、ここに来てるって事は上手くいかなかったんでしょう…んー…来週の水曜日に直接会って話します。」
「…申し訳ございません。それでは、来週の水曜日…三時でよろしいですか?」
「はい。」
「…仕事行かなきゃ。」
ベッドで仰向けになったまま、天井を見て言うと。
「……」
優里さんが俺の胸に顔を埋めた。
…可愛過ぎる…
「…また来ていい?」
「……」
俺の問いかけに、無言だけど…頷いてくれた。
これって…
俺…
優里さんと付き合ってる…
って事だよな。
彼女が出来た。
って事だよな…!?
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