第19話 優里さんちの前でタクシーを降りて。
優里さんちの前でタクシーを降りて。
家を見上げると…真っ暗だった。
もう寝たかな…
玄関の鍵を開けて、照明をつける。
寝てるとしても…こんな夜だから、起こしていいよな?
心なしかドキドキしながら廊下を歩いてると…
「にゃ~。」
「にゃにゃっ。」
シロとクロが足元に来た。
「…優里さんは?もう寝てるのか?」
しゃがみ込んで、二匹の頭を撫でる。
ゴロゴロと心地良さそうな喉の音が、静寂に響いた。
「……」
それにしても…寒い。
いつもなら、もう少し暖かいのに。
それで俺は、ここがもう何時間も無人な事に気付いた。
「優里さん。」
声をかけるが返事はない。
キッチンと寝室の照明をつけても、姿は見えなかった。
「……」
辺りを見渡すと…ベッドに封筒らしき物が。
俺は無言でそれを開いた。
聖君へ
聖君。
本当にごめんなさい。
あたしは大嘘つきです。
本当に、ごめんなさい。
何から話せばいいのか、何を打ち明ければいいのか。
全然まとまりません。
あたしが歌ってるのは、何となく生きていくためです。
昔から、あまり生きる事に執着する事が出来なくて。
いつも死にたいって考えてるような人間で。
あなたと出会ったあの日も、あたしは死ぬはずでした。
聖君の、とてもあたたかい家族。
羨ましかった。
あたしも、欲しかった。
あなたの事、大好きになって、苦しくなった。
また死にたくなった。
だけど、今は死ねないから。
ごめんなさい。
さよなら。
この家は、売りに出します。
詳しい事は拓人に聞いて下さい。
シロとクロをお願いします。
優里
「………は…ぁ……?」
小さく唸るように言った俺を。
「にゃー…」
「にゃ……」
シロとクロが…心配そうに見上げた。
そこにスマホが鳴って。
届いたのは…
母さん『聖、誕生日おめでとう。いつまでも可愛い息子でいてくれて、ありがとう。今まで、どんな事にも応えて来てくれた聖。だからね、だから…本当にやりたい事、本当の聖探しを聖がしたいと思ったら、その時は母さんにもコッソリ教えてくれると嬉しいな。聖が悪い子でも、みんなが思ってる聖じゃなくても、母さんはずっとずっと、聖の味方よ。って、ウザい母でごめーん‼︎可愛い花束、ありがとう♡』
母さん『画像(父さんと花束を持ったツーショット)』
「……」
何だよ。
悩み抜いて書いたメッセージがコレかよ。
『聖が悪い子でも、みんなが思ってる聖じゃなくても、母さんはずっとずっと、聖の味方よ』
「……」
俺は何が何だか分からないまま、頬に流れる涙を拭いもせず。
『母さん』
母さん『なあに?』
『今から帰る』
母さん『え?出掛けたって華月に聞いたけど』
『うん。でも帰る。猫二匹連れて帰る。ごめん』
母さん『えー‼︎待ってるー‼︎』
「……ぷっ。」
母さんの反応に…吹き出した。
「あははは…あはははは‼︎」
シロとクロは泣きながら笑う俺を不審そうに見てるけど…
「…俺んち…行こうぜ…」
しゃがんで小さく言うと、二匹とも俺の頬に擦り寄って…
まるで励ましてくれてるみたいだった…。
「おかえり。」
家の裏門の外でタクシーを降りると、華月がいた。
さっきまで超キメてたのに、今は赤いスウェットにターコイズのダウンジャケットに真っ赤なニットスヌード。
…なんつー格好だよ。
「…こんな寒い中、何も外で待ってなくても。」
「荷物が多いかなと思って。」
「……」
二匹の猫をそれぞれバスケットに入れて。
トイレ用品と…餌用品と…ベッドとか…
確かに、結構な大荷物で。
家の外でタクシーを捕まえるのは無理だと思って、タクシー会社に電話した。
猫の引っ越しなんですが、乗せてもらえますか。と。
断られるかなと思ったけど、意外とあっさり迎えに来てもらえて。
シロとクロも何か感じる事があったのか…ずっとおとなしくしてくれてた。
「あんた達も寒かったね。さ、うち入ろっか。」
華月は何も聞かずに…クロのバスケットを手にすると。
「あ、聖帰ったよ。荷物取りに来て。」
スマホを取り出して、誰かに電話をした。
すると…
「おー、社長。おかえりー。」
ノン君と…
「おかえり聖君。コートも着ないで寒いんじゃない?早く入ろ。」
紅美が出て来て。
それぞれ、荷物を持ってくれた。
「にゃー。」
「…入るか。」
手にしたバスケットの中からシロに鳴かれて、俺はようやくそこから動けた。
裏庭から裏玄関に歩いてると、隣に華月が並んで。
「…誰にも何も話してないけど、何となく察してるぽい…」
前を向いたまま、小声で言った。
「…仕方ねーよな…おまえを降ろして出掛けたのに、いきなりこんな時間に『猫連れて帰る』じゃ…」
「…色々聞きたいとこだけど、今夜はとりあえず…飲もう。」
「……」
「あたし達のDay After Birthdayを祝お。」
「……だな。」
家に入って、大部屋にシロとクロを放すと。
誰も動物を飼った事がないからか…みんな少し遠巻きに探りを入れてる様子だった。
「可愛い~…触りたい~…でも引っ越して来たばかりだから、ストレスっぽいよね~…」
「さくらばあちゃんが遠慮する所、初めて見た…」
「紅美っ。」
「聖、着替えて来い。ケーキがあるぜ?」
「おーっ、ありがたい。じゃ着替えて来る。」
猫達はみんなに任せて…俺は部屋へ。
タキシードを脱いで…小さくため息をつく。
猫達をここに連れて帰る事に必死になって…あまり考えないようにしてた。
優里さん…
なんで…さよなら…なんだよ。
大嘘つきって、何だよ。
別に、嘘なんて…ついてたって良かったんだ。
真実なんて…
ろくなもんじゃないから…。
『聖。』
部屋の外から華月の声がして。
「……」
無言でドアを開けると。
「自分の部屋にプレゼント取りに帰るって言って、奥の間回って来た。」
華月はそう言って部屋に入ると、ゆっくりとドアを閉めて。
「…やっぱり気になる。」
俺の脱ぎ捨てたタキシードを拾いながら、そう言った。
「……」
このままシャワーに行こうか悩んだけど…とりあえずスウェットに着替えて。
「…ん。」
コートのポケットから、優里さんの手紙を出す。
「…いいの?」
「いいよ。」
「……」
華月はそれを開いて読んで…
「…拓人?」
「…片桐拓人。」
「え?なんであの人と?」
「幼馴染なんだってさ。」
「…それで…この大嘘つきって?」
「分かんねー…」
一度座ると、もう立ち上がれなくなる気がしたから、ずっと立ったままでいた。
本当…今座ると、明日も明後日も立てない気がする。
「…聖と出会った日も、死ぬつもりだった…って…」
「……」
あの夜の事を…思い返す。
「…シロが…土手で鳴いてたんだ。」
シロは、川の中に向かって…鳴き続けてた。
「それで、川を見たら…クロが溺れてて。」
「うん…」
「俺、酔ってたんだけど…猫を助けるぐらいだし、そう深くはないよなーって軽い気持ちで…川に入ったら…」
「深かったの?」
「めっちゃ深かった。結局クロは自力で岸に上がったけど、俺はそのまま…死ぬかと思ったら…」
…そうだ。
あの時…
「…優里さんに助けられたんだけど…」
「……」
「…彼女はもう…川の中にいたのか…」
そうだったんだ…
いきなり現れた女性に、俺は…助けられた。
あれは、俺を助けるために飛び込んだんじゃなくて。
…もう…死ぬつもりで川に入って…
シロとクロが…
俺が黙って唇を噛みしめると。
「…生きてるとさ…死にたくなる事なんて、ないようであるよね。」
華月が長い髪の毛を後ろに追いやりながら言った。
「……」
華月は一度…自殺未遂をおこした。
「あたし、優里さんの…生きる事に執着しない気持ちって、全部は理解できないけど…全く分からないわけでもない。」
「……」
「もういつ終わってもいい。って…そう思うのって、普通にあり得る事だとも思う。でもさ…大事に想う人が出来たら…それは変わってくんじゃないのかな…優里さん…なんでもう少し時間をかけて、あんたの事…知ろうとしてくれなかったんだろ…」
いつ終わってもいい。
俺と居る間も…そう思ってたのかな…
もう座ってしまおうか。
そして、泥のように寝た切りになってしまおうか。
なんて思ってると…
『にゃ~』
部屋の外から、シロの鳴き声。
「…賢いのね。聖の匂い、分かるのかな。」
華月は手紙を封筒に戻すと、ドアを開けて。
「大丈夫よ。この家にいたら、みんな可愛がってくれるから。」
シロを抱きかかえた。
シロは意外と素直に華月に抱えられて。
その肩越しに俺を見た。
『お兄さんは大丈夫?』とでも言ってるように。
「…シャワーしてから大部屋行くわ。」
華月の背中にそう言うと。
「早くしてね。お年寄りも頑張って起きてるから。」
小さく笑ってそう言った。
その夜は…
とても長い気がした。
俺が華月のリクエストで、烏の行水程度のシャワーを済ませて大部屋に行くと。
もう何年もここにいたんじゃねーのか?って貫禄で、シロとクロがくつろいでた。
シロは使い慣れた薄いピンクのバスタオルの敷いてある丸いベッドで。
クロは…父さんの膝にいた。
…珍しいな。
どちらかと言うと、シロの方が人懐っこい。
クロもそこそこには懐っこいけど…シロのそれには劣る。
それなのに、初対面の父さんの膝でくつろいでるなんて。
…クロ。
何だか寂しいから、俺の所に来てくれ。
とは言わないけど。
「少し時間はズレたけど、誕生日おめでとう。聖、華月。」
ケーキに立てたキャンドルに火をともして。
俺と華月で吹き消した。
25にもなって。って言われるかもしれないけど、ずっとこうして我が家で誕生日を迎えて来た。
やっぱり…これがしっくり来る。
自分が守られて来た事を、改めて実感する。
ふと、大部屋の入り口に目をやると…母さんと華月に贈った花が並べて飾ってあった。
「……ありがと…みんな…」
…すげー泣きたくなった。
急にこみ上げる物があって。
それが悲しみなのか何なのか、分かんねーけど…
尖りそうになった唇を、ギュッと結んでると。
それまでベッドにいたシロが膝に来て…余計泣きたくなった。
顔の真ん中に力を入れて、少しうつむくと…
「さーさーさーさー、切って分けちゃおー。」
華月が俺の肩をドンッと押し除けるようにして、ケーキにナイフを入れた。
「華月ちゃん。聖君吹っ飛ばしてるしw」
「あ、そうだった?ごめんごめん。」
そう言って、ペロリと舌を出す華月。
「…い…いってぇーなー…ほんと…」
一緒に身構えるみたいな体勢になってたシロを抱えて座り直す。
…マジで…
今はこういう華月の心遣いがありがたいやら沁みるやらで…
ますます泣きたい気持ちになったけど。
「はい。これ聖の分。」
「…でけーよ。」
「食べれる食べれる。はい、紅美ちゃんのとお兄ちゃんの。」
「あはは。華月ちゃん、配分おかしくない?」
「だって、ハートの真ん中を切るのは縁起悪そうだから。二人でそこ食べてね。はい、これがおじいちゃまので、こっちがおばあちゃまのね。」
そう言ってみんなにケーキを切り終えた華月は。
「残りは、あたしの。」
器に残った、ホールの半分近い量のケーキにグサッとフォークを突き刺した。
「おまえ食い過ぎ。」
「パーティーでそんなに食べてないんだもん。」
「こんな時間にそんなに食べて大丈夫なの?」
「平気平気。明日ジム行くから。」
……よく考えたら…
華月だって悶々とした誕生日を迎えてるんだ。
俺だけが辛いわけじゃない。
「よし。いただきます。」
両手を合わせて、少し胸やけしそうな量のケーキにフォークを突き刺す。
「美味っ。これ、母さん作ってくれたんだ?」
そのキャラに反して、意外と料理は上手い母さん。
毎年、ケーキだったり、突拍子もないけど美味しい料理だったりで誕生日を盛り上げてくれる。
「うん…。ちょっと頑張っちゃった。」
「スポンジの間に入ってるソース、うまっ。」
「クランベリーソースよ。」
「いくらでも食えそうだ。」
「ほんと。」
「……」
「……」
みんな…何か気付いてるのに、必死で喋ってくれてたようで。
そのうち話題も事切れて、黙々と食べ進めるだけになった。
…せっかく…祝ってくれてるのに、暗い雰囲気にして悪かったな…。
こうして…俺のクリスマスイヴは残念な終わりを遂げた。
短い間だったけど、俺はあまり知りもしない優里さんを本気で好きになってたし、骨抜きにもされてたらしい。
探そうとか、理由が知りたいとか。
そんな事よりも…
明日、俺はどうなってるんだろうな…
なんて。
情けない事しか思い浮かばなかった。
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