第6話 「おかえり。」
「おかえり。」
「……」
裏口から帰って静かにドアを開けると…そこに母さんが仁王立ち。
あまりに驚いて、俺は目を真ん丸にしたまま…しばらくフリーズした。
「た…たた…ただいま…」
「朝帰り…」
「…あ…あー…その…仕事してたら…眠くなって、そのまま会社で…」
「母さん、
「…大丈夫だよ。ちゃんと食ってるし…き…着替えたいから、通っていい?」
「……」
母さんは目を細めて位置をずらすと。
「猫の匂いがする。」
俺の後をついて来て、そう言った。
…そうだった。
五感が鋭い母さんには…バレる。
「…会社の近くに野良猫がいるんだ。そいつが懐いてて。」
「ふーん…」
「…母さん早いね。まだ誰も起きてないんじゃ?」
夕べ…
着替えに帰るから…って、今…五時。
「…年頃の息子にアレコレ言いたくないけど…」
母さんは俺の部屋の前までついて来て。
「困った事があったら相談してね?」
俺を上目遣いで見つめて言った。
「……分かった。」
「……じゃ。」
どうしたんだろ。
母さん…寂しそうだな。
「…何かあった?」
向きを変えて歩いて行こうとする母さんに話しかけると。
「…ううん…何もない。」
あきらかに元気のない声。
俺はポリポリと頭を掻いて。
「お茶入れといて。着替えたら行くから。」
そう言って部屋のドアを閉めた。
夕べ…
優里さんは…
「…携帯、持ってないの。」
紅茶を飲みながら、うつむき加減にそう言った。
「あ…そうなんだ…」
「…うん…」
小さなテーブルに向き合って座って。
なんつーか…
俺、中坊かよ!!ってぐらいドキドキしながら…
「…連絡…したい時は、どうしたら…?」
「連絡…?」
「その……会いたくなったり…したら?」
思い切って本音を言うと。
優里さんはハッとしたように俺を見上げて。
「…あたし…に…?」
小さな…震える声で言った。
「…うん。」
「……」
「…迷惑…かな…」
「そ…そんな事ない…」
「…ほんと?」
「うん……いつもいるから…来たい時に…来て?」
両手で頬を押さえて、うつむいた優里さん。
…可愛い…!!
超可愛いーー!!
「…遅くなっても…?」
「…うん…大丈夫…」
「もし…俺が来て…優里さんが用事でいなかったら?」
「……」
優里さんは少し考えて…ゆっくり立ち上がると。
「…はい。」
水屋の引き出しから鍵を出して、俺に差し出した。
「…家の鍵?」
コクコク。
「いいの…?」
コクコク。
「…マジか…あー…めちゃくちゃ嬉しい。」
「…出掛ける時は…書置きしておくね…?」
「うん。」
「…嬉しい…」
「…抱きしめていい…?」
「…うん…」
もう…癒し効果抜群…
俺はそのまま優里さんを抱きしめて…
「……」
はっ。
着替える手を止めたまま、鏡に映る自分を見て驚いた。
なんて締まりのねー顔!!
誰に見られてるわけじゃなくても、少し恥ずかしくなりながら着替えを済ませる。
大部屋に行くと、母さんが俺の姿を見てお茶を入れた。
「…ごめんね?聖。」
目の前に置かれた湯呑を手にすると、向かい側に座った母さんず頭を下げた。
「え?何。」
「…息子に心配される母親で。」
「は?何言ってんだよ。」
いつも元気いっぱいの母さん。
父さんがビートランドの会長を母さんに任せるって聞いた時は驚いたけど…適任だとも思う。
ただ、どんなハチャメチャな事が起きるのかなって…心配半分、楽しみ半分。
「なっちゃん、あたしに会社を任せるって言いながら、秘密ばっかり。」
ドン。と置かれたお皿には、切ったフルーツが山積み。
あ、なんか嬉しい。
そう思いながら、フォークを手にする。
「今に始まった事じゃないだろ。」
「そうなんだけどさあ…」
確かになー…
父さんは自分で創った会社だから、ちゃんとした形で母さんに引き継ぎたいって思ってるんだろうけど…ぶっちゃけ、何考えてるのか分からない。
一人でアレコレ進めてしまう。
…もう若くないんだし…大病もしたし…
人に心配かけまいとして頑張ってるんだとしたら、それ、反対だから。
全く…
そのまま話し込んでる内に、ノン君が起きて来た。
三人で朝飯食って、他愛もない話に母さんも笑顔になった。
…最近、優里さんの事で頭がいっぱいだったからなー…
もう少し家にも帰るように…
「聖君、すごい…」
優里さんが真ん丸な目をした。
ははっ。
…めっちゃ可愛いな。
「そんなに感激してもらうほどじゃないと思うけど…」
もう少し家に帰るように。との決意もどこへやら。
仕事帰りに優里さんちに来ると、初めて不在だった。
テーブルの上に『七時頃帰ります』って書置き。
すげー淡泊だな。って笑えた。
部屋の隅に、俺の贈ったガーベラ。
あー…
嬉しいな。
こんな事だけで、超満たされるなんて…。
冷蔵庫の中を見てると、優里さんが帰って来て。
「聖君の部屋着…買って来ちゃった…勝手にごめんね…?」
紙袋を見せながら、遠慮がちに言った。
「えっ…マジで?持って来ていい?って聞こうかなって思ってたんだ。」
「ほんと…?良かった。」
そのお礼に…晩飯を作った。
すると、優里さんは…
「…実はあたし、お料理全然ダメなの…」
初めて見るような…うなだれた表情で言った。
「…意外。この前、作ってくれたスープ、美味かったけど。」
溺れた翌朝、カセットコンロで作ってくれたスープを思い出して言うと。
「…コンビニで買ったのを温めただけ…」
ゴツン。
優里さんがテーブルに頭をぶつける。
「夜来てくれた時も…あたしが出したのは、スーパーのお弁当をお皿に移しただけ…」
「……」
「ごめんね…あたし、カッコ悪い…」
「……ぷはっ…そんな事ないよ。」
俺は手を伸ばして優里さんの頭を撫でると。
「何でも出来る人かなーって、ちょっと思い込んでた所もあるけど…出来ない事があるって、ある意味魅力じゃん?」
笑いながら言った。
「…魅力…?出来ない事が?」
「俺はそう思うけど。」
「……」
優里さんは頭の上に乗ってる俺の手を取って。
ゆっくり体を起こすと。
「…今度、お料理教えてくれる?」
俺の手を握ったまま…笑顔になった。
…ああああああああ…可愛い…
本当に俺より7つ上か?
母さんみたいに年齢詐称してねーか?(いや、母さんも年齢詐称してねーけど)
「…優里さん。」
「ん?」
「俺…もっと優里さんの事知りたい。」
意を決してそう言うと。
優里さんは驚いた顔で俺を見つめ返して…だけどだんだん視線を落として…
「…あたしは…」
「……」
「あたしは……」
何だろ…。
知られたくない事でもあるのか…?
でも…
合鍵をくれて…部屋着まで買って来てくれて…
今優里さんは俺の手を握ってる。
それに、もう何回も…何回も……してる。
俺達、恋人同士…だよな?
恋人同士なら…
知りたいって思うのは当然…だよな?
「…俺は」
「待って。」
「…え?」
優里さんが言いにくいなら、まずは俺が俺の事を…と思ったのに。
突然…止められた。
「…言わないで。」
「…え?」
「何も知らないままでも…上手くいく事もあるかな…って…」
「……え?」
「……ダメ?」
「……」
俺はー…少し呆然とした。
…好きだったら…相手の事を知りたいって…思うのが普通じゃないのか?
だとしたら…
優里さんは…
俺の事、それほど…でもない…?
…遊び相手…
ただのセフレ…?
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