第7話 現在、両親共にアメリカ。
現在、両親共にアメリカ。
親父と姉ちゃんが新婚旅行で渡米してたのを追っかけるみたいにして、まずは父さんが。
それから、父さんに内緒で母さんも渡米した。
そうすると…桐生院にはノン君と
ノン君は…
存分に。
で…華月も…
「あたし、ちょっと勉強の旅に出て来る。」
って。
もちろん、親父達には内緒で…どこかに旅立った。
勉強の旅って何だよ。って聞いたけど、華月は。
「社会勉強よ。大好きな鬼の居ぬ間じゃないと、こんな事出来ないから。」
なんて言って、颯爽と出掛けて行った。
てなわーけーでー…
俺も。
一応、ノン君には『二人きりなんてめったにねーんだろ?俺は溜まった仕事をやっつけるためにも会社の近くに泊まるから』って、誤魔化してる。
ノン君にも紅美にも感謝されまくった。
いやいや…こっちこそ。
初めて、優里さんちで週末の夜を迎えた。
明日も明後日も休み。
さすがに…丸々二日間一緒に居れば、少しは知り得る事もあるだろう。
と思ってたら…
「…いない…」
土曜の朝。
起きると、優里さんはいなかった。
テーブルの上には『おはよう。ぐっすり眠ってたから起こさずに出かけます。帰るのは五時ぐらい』って書置き。
…五時って。
ほぼ一日出っ放しかよ~…
てか、何の用事とか、どこに行くとか、書いてくれねーのかよ…
……いやいやいやいや…
優里さんも仕事してるし…用事だってある…
…あの夜、俺は優里さんに…
「…俺って…セフレ?」
真顔で聞いてしまった。
すると優里さんは、俺の問いかけにこの世の終わりみたいな顔をして…
「…そんな…」
って、ポロポロと涙をこぼした。
「あ…あっ、ごめん…ごめん…ほんと…」
俺は優里さんの涙を拭いながら…
「…ごめん…俺は…優里さんの事好きだから…好きだから知りたいって…なのに、それを拒否られたみたいな気がして…悔しかったんだ…」
あああああああ!!
ガキか!!
めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、素直に胸の内を明かすと。
優里さんはまだポロポロこぼれる涙をそのままにして、俺を見上げて。
「ごめん…あたし…恋愛慣れしてなくて…自分に自信なくて…この歳になってもお料理出来ないような女なのよ…?嫌われたら…って…」
珍しく、早口で言った。
「嫌われたらって…」
「だって…みんなあたしの事、外見で好きになるから…」
「……」
「何でも出来る女って…だから、見た目と違ったって…」
「……」
「あたしの事、好きって言ってくれた人…みんな…友達として、一緒にいる間に…『やっぱいいや…違った…』って…」
「……」
俺…言った。
超綺麗だとか、可愛いとか。
何でも出来る人だと思ってたとか。
…言ったー!!
「た…確かに俺は、優里さんの外見も大好きだけど!!」
両手で頬を挟むと、優里さんはビクッとして瞬きをたくさんした。
「外見も大好きだけど…その…独特な雰囲気って言うか…のんびりしてる所とか、その…柔らかい空気をまとってる所とか…」
「……」
「…とにかく、一緒に居たら癒されるんだ。」
「……」
「料理が出来ない?大した事じゃねーよ。他に何が出来ない?出来ない事なんかあって当たり前だろ?」
「……」
「そりゃ…何でも出来る人かなーなんて…ちょっと勝手にイメージした俺も悪かったけど…俺はむしろ、出来ない事がある優里さんの方が…好きだ。」
「……」
「…俺だって…出来ない事だらけだよ。」
「…何が…苦手なの…?」
すとん…と。
優里さんが俺の胸に寄り掛かる。
心地いい重み。
「…恋愛が苦手。」
「…たくさん…恋愛してそう…」
「たくさん恋愛するのが恋愛上手って言うのかな。俺は…一人の人と長く続く方が、恋愛上手って思う。」
「…じゃあ…たくさんお付き合いしたんだ…?」
「……それは否定しないけどさ。」
「…あたしは…聖君が…二人目…」
「………じゃあ、恋愛上手じゃん。」
つい、心の中で悲鳴を上げた。
俺で二人目!?
マジか!?
頼む!!俺の人数聞かないでくれーーー!!
俺の心の声が聞こえたのか、優里さんは俺に人数を聞かなかった。
だけど俺としては…
俺が二人目。
て事は…前の一人とどれだけ長く付き合ったんだ…って。
そこが気になった。
だって…俺で二人目なのに…
優里さんは…
セックス慣れしてる。
気がする。
結局、会うたびにやっちゃってるんだよな…俺達。
…優里さん。
前の男に、そう仕込まれてたのかな…。
恋人とは、会うたびに。って。
「久しぶりだな。」
「おまえが忙しいからだろ。」
「それはお互い様。雑誌見たぜ?パパモデル。」
優里さんだけじゃなく、シロもクロも出掛けていない家に一人でいるのが寂しくて。
超久々。
「嫁さんは?」
「買い物。あ、悪い。ちょっと見ててくれ。コーヒーでいいか?」
「おう。」
見ててくれ。と手渡されたのは…烈の娘の
夏に二歳になった。
その二歳の誕生日を迎えた頃、烈と一緒にグラビアデビュー。
まさか、ミステリアスを売りにしてた烈が…娘を抱えて、笑顔でグラビアに登場する事になるとは思わなかった。
「……」
「覚えてないよなー。おっちゃん、怖いか?」
俺の膝に、向き合って座らせると。
麻里亜はニパッと笑ってくれた。
「ははっ。可愛いなあ。前会ったのって、まだベビーベッドに寝てた頃だよなー。」
烈に似て、彫りの深い美形。
両サイドの高い位置で結んだ髪の毛。
クリーム色のセーターの胸元に、サクランボの模様。
赤いスカートに、白いタイツ。
…何だろーな…
よく親父に、
もし今の麻里亜と同じ格好をしてたとしても…
スカートはめくれ上がって、髪の毛もグシャグシャになってただろーな。
想像して笑う。
華月は綺麗な顔の赤ん坊だったが、無愛想で置物みたいに動かなかった。
その隣で、俺はやたらとヘラヘラして誰にでも抱っこされてたっけな…(映像で何度も見ただけで、記憶じゃない)
「聖、ブラックだっけ?」
「ああ。」
「…きよち。」
「麻里亜、きーちゃんって呼んであげな。」
「やめろよそれ。」
「きーちゃん。」
「…あはは…早速…」
親父や姉ちゃんの仕事柄、二人のバンドメンバーの家族ともそれとなく仲良くはしてた。
だから、小さい頃から学校は違っても仲のいい同年代は…だいたいF'sやSHE'S-HE'Sの身内。
そんな中、音楽の道に進んでない烈と仲良くなったのは…
俺は華月と一緒にずーっと桜花に通ってたけど、烈は中等部から。
変わり映えしない顔ぶれの中に、やたらと整った顔のクールな奴が入って来た。って衝撃だったな。
当時はまだ、みんなちっこくてガキだったのに。
烈なんて一人だけ大人みたいだった。
八方美人な俺は、浅く広く誰とも付き合ったけど、特に仲が良かったのは詩生と烈。
…二人は犬猿の仲だったなー…
だから三人で一緒にいる事なんて、ほぼなかったけど。
中等部の三年までは、学校では烈と、放課後は詩生とつるむ事が多かった。
だけど三年になって詩生がDEEBEEを結成して…放課後も烈とつるむようになった。
…で。
その頃初めて知った。
烈の家が、『ダリア』だ…って。
音楽をしてる人達には聖地みたいに言われてるけど、俺にとっては都合のいい待ち合わせ場所って感じ。
「土曜に休みなんてあるんだな。」
俺が着てるパーカーの紐が気になるのか、膝に座ったままの麻里亜はずっとそれを手にしておとなしくしてる。
「烈こそ。前は土日こそって感じで撮影だっただろ?」
「今は土日は仕事入れないようにしてる。嫁さんも育児で疲れてるだろうからな。」
「…おまえ、いい奴。」
「今頃知ったのか?」
「嫁さんのおかげだな。」
「ちっ。」
烈の嫁さんは…烈より五歳年上の
以前、華月のマネージャーをしてくれてた人。
サバサバしてて、姉御肌。
あれだけギスギスしてた烈も、希望さんと付き合い始めて、すげー柔らかくなった。
…やっぱ、相手で色々変わるもんだよな…。
「おまえ、女いねーの。」
コーヒーカップを手にしただけなのに、烈は絵になるなあ…なんて思って眺める。
「…いたらここには来てねーな。」
「ははっ。だな。」
何となく…まだ誰にも言えない気がした。
優里さんの事は大好きだし…俺の彼女だーっ!!ってみんなに見せびらかしたい気持ちは大きいけど…
何しろ…
本当に、まだ全然…優里さんの事を知れていない。
「華月と詩生は結婚の話出ねーの?」
「んー…上手くはいってるみたいだけど、そんな話は聞かない。」
「ま、華月のインスタ見れば上手く行ってるのは一目瞭然だよな。」
烈も華月同様、事務所の意向でインスタグラムをしてて。
たまー…に載せるプライベート画像は、ビックリするぐらいの『いいね』がつく。
ま、ある意味ギャップ萌えだよな。
烈のプライベートは、グラビアの雰囲気とは打って変わって笑顔だ。
…ほんと、昔とは違って。
「俺らの同年代って意外と結婚早いし、俺はおまえも早いかなって思ってた。」
俺の膝から麻里亜を奪いながら、烈が言った。
確かに、俺らの同年代…
同じ歳の
別に結婚に焦りはないけど…
俺はともかく、結婚が早かった姉ちゃん(最初の結婚は16)を思うと、25の華月は…焦ってねーのかなー…なんて思う。
…32歳の優里さんも…。
「…烈、結婚しようって思ったキッカケって?」
烈が結婚したのは21の時。
俺はまだ大学生で…はえーなー…って思った。
「キッカケ?」
烈は『は?』みたいな顔をして。
「そんなの、ずっと一緒に居たいからに決まってんじゃん。」
愚問だ。と言わんばかりに…真顔で言った。
…てっきり…
嫁さんの歳を考えて。なーんて…言うのかと思ってた俺は…ちょっと頭が古いのかな。
「おまえ、あの子とは?」
「…あの子?」
「昔、卒業旅行で一緒だった…俺は名前も知らなかったけど…いたじゃん。」
烈が言ってるのは…
「あー…泉な。」
「絶対デキてるってみんな言ってたけど。」
「あの頃は友達だったけど…実は三年付き合って、去年別れた。」
俺と泉が付き合ってた事なんて、身内以外で知ってたのは、詩生とか沙都ぐらいかもしんねーな。
何となく、二階堂の事は表沙汰にしちゃいけない気がしてたし。
「えっ、何で別れたんだよ。」
「思いがけず、こんなに早く社長になんてなっちまったからなー…」
「……」
「あいつも仕事が忙しい奴だったし。」
すげー速さで気持ちを優里さんに持ってかれてるけど…
こうやって誰かに話してると、泉を少しだけ恋しいと思ってしまう。
優里さんとは正反対。
口が悪くて、不器用で、すぐムキになって…
だけど単純で…
可愛かった。
大好きだった。
「何の仕事?」
「…警察。」
「えっ、マジかよ。意外。」
「そうか?正義感溢れる奴だったからなー…それに、結構優秀で…下手したら俺より休みがなかったと思う。」
「…そっか。」
なぜか烈は俺の膝に麻里亜を座らせて。
奥の部屋からジャケットを持って来ると。
「出掛けようぜ。社長。」
麻里亜に上着を着せた。
「えーっ?華月ちゃんの叔父さん?」
「こう見えて45歳。」
「烈。」
「嘘。25歳。」
「烈さん、ひどーい。」
「本気にする所だったー。」
「……」
烈に連れ出されて…たどり着いたのは、街中にあるオシャレなカフェ。
…こんな店、来た事もなければ噂に聞いた事もない。
ま、うちの身内は行き慣れた場所にしか行かねーからな…
って、それはいいけど…
…なぜか。
なぜか、目の前に女の子が二人。
どうも、烈のモデル仲間らしい。
あとで希望さんも合流するらしいけど……この女達は?
「可愛いだろ。」
「……」
二人がトイレに行ってる間に、烈が俺の肩に手をかけて言った。
「おまえの向かい側に座ってた子は、老舗の温泉旅館の娘。隣にいたのは政治家の孫。」
「……」
「どっちも金持ちだぜ。」
ポリポリと頬を掻く。
…言わなかった俺が悪い。
恋人がいる。と。
優里さんの存在を言い出せないなら、せめて…好きな人がいる。と。
うーん…今更だよな…
「若い子は無理だ。俺、マジで会う時間ねーし。」
「さっさと一緒に暮らして結婚すればいーじゃんよ。」
「バカか。おまえはバカなのか。」
「…頭のいいおまえに言われると、ほんのり傷付く…」
烈からしてみれば、最上級の優しさなんだろうが…
思い切り、余計なお世話だ。
でもまあ…
久しぶりに会って、俺のために何かしたいって思ってくれた烈の気持ちはありがたくいただこう…
「…ま、いい休日だ。」
少し『しょぼーん』って顔になってる烈にそう言うと。
「どっちか連れて帰るか?」
「……」
だーかーらー!!
間もなくして希望さんも合流して。
俺が夕方には仕事があるから帰るって言ったからか、店を変えることになった。
…嘘ついて悪いなとは思うけど、やっぱり…まだ打ち明けられない。
もっと、ちゃんと…自分の中でも、優里さんとの関係がハッキリするまでは。
「……」
カフェを出て、通りの真ん中にある銀色のオブジェの前に…
すごく…
すごく、見た事のある女性を見付けた。
……優里さん…?
だけど、髪の毛が黒くて長い…
普段の優里さんは…ショートカットだし、髪の毛も黒くはない。
それに…黒縁の眼鏡…
…でも、あのセーター…見た事あるぞ…?
「…??????」
俺は眉間にしわを寄せて、少しだけ烈達の陰に入り込みながら…優里さんに似た女性を眺めた。
…川の中で見た…髪の長い女…?
どういう事だ?
気になりつつも、優里さんらしき人が立っている場所から離れて行く。
横断歩道を渡りながら、最後に見た光景は…
黒いジャケットを着た男と…歩いて行く後ろ姿だった。
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