第33話 「にゃ~。」
「にゃ~。」
「行って来るよ。」
「うにゃっ。」
「……」
聖君…今日はお仕事お休みのはずなのに…シロとクロに見送られながら、仕事に出かけた。
あまりにも聖君がそっと起き上がったから、あたしは寝たふりをしてた。
…あまり…眠れなかったし…
「…シロ、クロ…」
うつ伏せのままのあたしの呼びかけに、二匹はタタッとベッドにやって来た。
「…あたし…最低な女だよね…」
もう、この子達に何度こんな愚痴を聞かせたか分からない…けど…
「…でも…死にたいって言わなくなったでしょ…?あたし…」
「にゃっ…」
シロがあたしの背中に乗った。
…心地いい重み。
伸ばした手でクロを触って。
少しだけ…目を閉じた。
今日は…お料理しよう…
下手でもいいから…
聖君に、喜んでもらえる事…何かしたい…
そんなわけで…
「そりゃあ、お鍋がいいね。」
「お鍋…」
あたしは、中川衣料品店さんで、お母さんの意見を聞いた。
今日は日曜って事で北野さんも来ていない。
「だって、材料を切って入れるだけだよ?」
「そっか…楽ちんだ…でも、お出汁とかは?」
「最近はそれも売ってるから大丈夫。買い物行ってみるかい?」
「うん…って、お店いいの?」
「日曜は暇だからね。」
そんなわけで…
あたしはお母さんとスーパーに行って、色々材料を選んだ。
切り方も習った。
お母さんはすごく楽しそうで。
「結果報告してね。」
別れ際に、親指を突き出して言った。
「ふふっ。はいっ。頑張るっ。」
お母さんのおかげで元気出た!!
あたし、今日は本当頑張っちゃう!!
「ただいまー。」
あたしの元気な声に、シロとクロもテンションが上がったのか。
「にゃっ。」
「ふにゃんっ。」
尻尾をピーンとさせて、跳ねるみたいに玄関まで迎えに来てくれた。
聖君、今日は車で行ってるみたいだから、帰った時には音で分かるし…
それまでに、部屋の片付けもお洗濯も、全部済ませておこう。
本当に…
頑張ったら出来るじゃない。って自分で感心するほど。
あたしは、掃除も洗濯も頑張った。
ずっと足元について来るシロとクロも楽しそうで…
聖君、帰ったら…なんていうかなあ…なんて。
ちょっと楽しみにもなった。
ブロロロロロ
「…帰って来た…‼︎」
車の音がして。
床でゴロゴロしてたあたしとシロとクロは、ハッと身体を起こして。
「あたし、玄関で待ち伏せるね?」
まるで、作戦をたてるみたいに…シロとクロに言った。
二匹はどうしよう?って感じでその場でキョロキョロしてたけど…
…聖君が、なかなか帰って来ない。
あれ?
どうしたんだろう…
一度納戸まで行って、小窓から裏庭を覗いてみた。
すると…
運転席に座ったまま…ボンヤリ月を見てる。
……
何だか、最近夜空を眺めてる事が多い聖君…
…色々悩ませちゃってるのかな…
あたしは無言で玄関に戻ると、聖君が気の済むまま夜空を見ててもいいように…座り込んだ。
本当なら…
おうちに帰りたくなってもおかしくないよね…
大家族だって言ってたし…
ここに帰っても、料理したり…今まで本当に大変だったもんね…
ストレスだって、絶対…すごかったよ…
膝を抱えて考え込んでると、引き戸の向こうに人影が見えた。
「ただい」
ギュッ
ガラリ。と戸が開いた瞬間、あたしは聖君に抱き着いた。
「おかえりなさいっ。」
「……」
聖君は…少し…いや、だいぶ…キョトンとしてあたしを見て。
「…ずっとここで待ってたとか?」
「…そろそろかなって…」
「……」
あたしの肩を擦った。
あ、あたし冷えてるのかな?
「寒かったんじゃ?」
そう言って頬を合わされたけど…
「つめたっ…」
聖君の方が冷たくて笑った。
「晩御飯…作った。」
「マジで?」
あっ、聖君驚いた!!
「…お鍋だから…切って入れただけ…」
「十分。」
笑顔だ~。
嬉しいな。
肩を抱き寄せてくれて、廊下を一緒に歩いてると…
ポーン
…誰か来た。
「……」
「……」
同時に玄関を振り返る。
もしかして…拓人?
聖君が玄関に向かいかけたんだけど…
「待って。あたしが行く。」
あたしは、聖君を追い越して…玄関に向かった。
すると…
「……」
引き戸を開けると、そこに…
すごく…
すごく可愛い…
え?何これ…
あたしと同じ生物?って言いたくなるような…
「こんばんは。」
「こ…んばんは…」
…誰?
あたしが目をパチパチさせてると。
その可愛い生物は、あたしの肩越しに。
「姿が見えたから、来ちゃった。」
聖君に…そう言った。
グツグツグツグツ
「……」
「……」
「美味しい。」
三人で鍋を囲む事になって…
あたしはちょっとしたパニックだけど、それを顔に出さないように必死になってた。
可愛い生物は…『華月さん』と言った。
聖君の…姪っ子さん。
姪って…こんなに大きいもの?
頭の中で、関係図を展開する…
…そう言えば、年の離れたお姉さんがいる…って。
だから…?
「にゃ~。」
あたしと聖君が無言な分、シロが頑張ってる…みたいな。
「あ~猫可愛い~。」
華月さんは、食べて『美味しい』、足元を見て『可愛い』って繰り返してる。
「ねえ、この子、父さんが送って来るスタンプの子に似てない?」
そう言われた聖君は…
「…ああ。」
小さく答えるだけ。
…スタンプ?
「優里ちゃんっていうんだー。」
「…年上だぞ?」
「えっ、あたし達より年上?見えない見えない。」
…す…すみません…
「仕事何してるの?モデルしない?」
「誘うなよ…」
…誘うな…って事は…
華月さん、モデル…してるの?
…納得…可愛すぎる…
「あー食べ過ぎちゃった。」
聖君のために頑張ったお鍋は…
聖君の『美味しい』を聞けないまま終了した。
華月さんは食べて喋って…
帰るのかなー…って思ってると…
「わあ!!やだやだ!!可愛過ぎる~!!」
シロと…本格的に遊び始めた。
…帰って欲しい…わけじゃない…けど…
どうすればいいの…
どう対処すれば…
あたしが途方にくれている間に、聖君が洗い物を済ませて、お茶を入れてくれた。
はっ…!!
あたし、なんて気遣いの出来ない女!!
聖君、洗い物してくれてたんだから…お茶ぐらいあたしが入れたらいいのにー!!
あたしががっくりしてる所に…
「優里さんてハーフ?」
突然、華月さんに言われた。
「……」
ゴクン…
横目で聖君を見ると、聖君は目を細めて首を横に振った。
…言ってない…と。
「あたしはワンエイスなの。言わなきゃわからないぐらいだけど、目の色は気に入ってる。」
き…聞いてない…
聞いてないのに…
どうして言うの?
「生まれは日本なの?」
「…あの…」
どうしよう。って思ってると…
「華月。詮索し過ぎ。」
聖君が言ってくれた。
「え?何で?普通に聞いてるだけじゃない。」
「…そういうのを聞かれるの、苦手な人もいるだろ。」
「あっ、そうなんだ。ごめんなさい。でも聖の彼女なんて、興味津々で。だから、こっそり聖から聞いちゃうかも。」
「……」
興味津々…
…そっか。
聖君の彼女って…家族からそんな風に思われるんだ。
だけど…
聞かれたって困るよね?
聖君も…
「…聖君も、何も知りません。」
あたしは、意を決して言った。
「…え?」
「あたし…自分の事知られるの、苦手なんで…」
「……」
そう。
自分の事知られるの…苦手な人だっているでしょ?
みんながみんな、幸せで順風満帆な人生じゃない。
「何も知らないの?」
華月さんは、聖君に丸い目で問いかける。
「…少しは知ってるけど?」
「誕生日知ってる?」
「……」
「血液型とか。」
「……」
「仕事は?」
「……」
「出身地とか。」
「……」
何も知らない聖君は、当然無言で。
そんな聖君を…華月さんは腕組みして。
「ふう~ん…」
って…唇を尖らせた。
……嫌だ!!
あたし、この…華月さん、嫌い!!
唇を噛みしめようとした瞬間…
「優里さんは?聖の事…誕生日ぐらいは知ってるよね?」
今度は…あたしに。
「…クリスマスイヴ…」
「正解。仕事は?」
「……」
社長…って言いかけて、やめた。
何の会社か…あたしは知らない。
あの名刺…名前しか見なかった。
「華月。これには色々…」
聖君の助け船が時々出るものの…
華月さんの攻撃は…止まる事を知らなかった。
「まあ…さほど知らない方が、楽に付き合えるかもよね。」
…カチン…
「そういう事よね?楽に付き合いたいのよね?」
「おい…華月。」
「聖と、楽に付き合いたいのよね?」
楽に…楽に付き合うって…どういう事?
あたしは…
あたしは!!
「……」
何も言い返せなくて肩を震わせてると…
「あたし…」
華月さんが、お茶を飲み干して立ち上がった。
「聖とは同じ日に生まれて、ずっと一緒に育って来て、双子みたいだって思ってる。」
「……」
あたしは…嫌いだ。と思った、その可愛い生物が吐き出す言葉を…
見上げながら聞いた。
「知りたくなかったかもだけど、覚えてて。聖と付き合うと、あたしみたいな小姑がついてるから。」
聖君と付き合うと…
華月さんもついてくる…と。
「聖も楽に付き合えてるなら、それでもいい。だけど、あなた本位で…あなたの独りよがりでこんな恋愛してるんだったら…」
「やめろよ華月。」
聖君が立ち上がって華月さんを制したけど。
華月さんは最後のとどめみたいな感じで…
「もっと頑張ってよ。聖のために。」
すごく…強い目をして、そう言った。
「……」
もっと…頑張れ?
あたし…頑張ってないのかな…
……うん。
頑張ってないよ。
あたし本位で、あたしの独りよがりの恋愛…
そう思われても仕方ないよ…
聖君はいつだって、お互いの事をもっと知ろうって提案してくれてたのに…
…あたしは…
「勝手な憶測だけど、過去に何か辛い事があって、自分の事を知られるのが嫌とか…そういうのでしょ?」
ざっくり言うと…そうだ。
あたしは、力なく…コクンと一度頷いた。
同情して欲しいわけじゃない。
だけど…あたしの特殊な生い立ちは…
本当に…
「じゃ、その過去捨てて。聖には何も関係ないから。あなたの過去に聖はいないでしょ?」
「……」
それまで…すごく色んな事を考えた。
一瞬のうちに。
あたしの育った環境の事、分からないクセに。とか…
誰に話したって、分かりっ子ない…とか…
だけど…
本当だ…
あたしの過去に…聖君はいない。
あの劣悪な思い出の中に…聖君はいないし…
あたしが大嫌いな、あたしの過去は…
聖君には、関係ない。
あたしはじっと華月さんを見上げて…ゆっくり立ち上がると。
「…ありがとう…」
深くお辞儀をした。
ありがとう…も、だけど…
ごめんなさい。の気持ちも込めた。
嫌い‼︎って思ってしまった事。
華月さんの大事な聖君を…あたし、大好きだけど…
幸せな気持ちには…してあげられてないと思う…
…本当に…ごめんなさい…。
そしてあたしは…
「…ごめんなさい…」
聖君に…抱き着いた。
本当に…ごめん…
今まで、何も話せなくて…本当にごめん。
好きって言いながら、二人の間に壁を作ってたのは、あたし自身。
本当に…独りよがり…
聖君…どんなに寂しかったか…
自分の愚かさに涙が出た。
玄関から、引き戸の音。
ああ…あたし、お見送りもしなかった。
「…優里さん。」
「……」
「華月はああ言ったけど…無理に頑張らなくていいから。」
どこまで…お人よしなの?
「でも、誕生日は知りたい。」
頭を撫でながら…あたしの顔を覗き込む聖君。
涙でぐちゃぐちゃな顔…見られたくなくて…
左手の甲で顔を隠したけど…それでも聖君は、あたしの顔を見てる…
「…11月…10日…」
「あっ…先月だったのかー。来年は盛大にお祝いしよう。」
聖君…声が…嬉しそう…
…あたし…
本当、バカだ…
「うっ…ふ…っ…」
涙が止まらない。
「なっ…なんで?ごめん…嫌だった?」
聖君…謝るのに…嬉しそうで…
…あたし、本当に…
「ふっ…う…うっ…けっ…血液型っ…は……」
聖君が…喜ぶなら…
…あたし、もう少し…頑張る…
「びっ…び…B…型…っ…」
「…優里さん、もういいよ。今日、もう優里さんの事二つ知れた。嬉しい。」
あたしの頭を抱き寄せて…本当に嬉しそうな聖君…
…聖君が嬉しそうになればなるほど…
あたし…罪悪感でいっぱいに…
「B型かー。俺はO型。相性バッチリだな。」
「…バ…チリ…な…?」
「バッチリだよ。うち、大家族なんだけど、OとBしかいねーの。めっちゃ仲良し家族。」
「……」
家族…
仲良し…大家族…
「クリスマス、何か欲しい物ある?」
一瞬のうちに…羨ましくなった。
あたしとは違う環境で育った聖君。
大家族で…仲良し家族の中にいたら…
聖君みたいに、優しくて…素直になれるの…?
「…何でも…いい…の?」
「…いいよ。言って。」
「……家族が……欲しい……」
初めて…思った。
家族が欲しい。
…聖君と…
家族になりたい…って。
あたしの…素直な気持ち。
初めて…自分の事を言えた気がした。
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