絵に描くように責任を
Happy: 大変なことになってしまいました。皆さん、今日ってお時間とれませんか?
僕が昨日更新した原宿のビルの間から昇る初日の出のイラストに今度は
「えーと。私たちが居てもよかったんですか?」
そうおっしゃるAgeさん、Teruさんをはじめとして、Evilさん、Girlちゃん、
集合場所となったのはミニシアターとカフェを融合させた店だ。つい最近池袋にできたばかりでミニシアターは10席で全てロー・ソファ席。まるで豪邸の応接室でスクリーンを独占するホームパーティーでの上映会のような趣だ。通常の上映スケジュールで一般客を入れる日もあるが、今日は僕たちの貸し切りでスクリーンには幸田さんの趣味なのか、『レオン』が流れていた。
「みなさん、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。今日は皆さんにお伝えしなくてはいけないことと、あと、できればご協力いただきたいことがありまして」
「いいよ、いいよ、気にしなくて。楽しけりゃいーよー」
「ありがとうございます」
Evilさんの言葉に幸田さんがやや表情を緩める。そのまま司会進行した。
「それで、今日はもう一人、皆さんに紹介したい方がいます」
やたら演出がかっているとは思ったけど幸田さんの合図でスーツ姿の男性が入ってきた。
「た・・・じゃない、T教授!」
「ふふ。Sugarさん。彼は本名で大丈夫よ。高田教授。皆さんにご挨拶をお願いします」
「こんばんは。初めまして、の方と、そしていつもありがとうございます、Midさん、Sugarさん」
「は、はい・・・ありがとうございます・・・って、ええっ!?」
「高田教授。やっぱりあなたは・・・」
「Midさん。僕も男ですから。研究に没頭し過ぎてこれまで縁がありませんでしたけどね」
「Happyさん・・・どういうこと・・・?」
「Sugarさん。わたし、高田教授からプロポーズされたの」
「えええええーっ!?」
事情を知らないAgeさんとTeruさんまで大声で驚いている。Girlちゃんだけが「えっ・・・?」とかわいらしい控え目な声でやっぱり控え目なびっくり顔をしている。
「ええええええ。は、Happyさん?みみみ、Midのことは?」
「Sugarちゃんよ、野暮なこと言うもんじゃないよ!」
「でもでもでもEvilさん。これはあまりにも・・・」
チラチラと僕の顔を見てくる佐藤。
どうやら僕がショックを受けていないか気にかけているようだ。
ショックがない訳がない。ただ、とにかくも幸田さんと高田教授の話をまずは聞こうという冷静さを僕は持ち合わせていた。
「私から説明しましょう」
高田教授がいつにも増した低音ヴォイスで厳かに解説を始めた。
「実は日本での研究には限界を感じていたところでした。この間のように別の大学に研究成果を横取りされるようなアンフェアなことがこの国ではいまだにまかり通っています」
うんうんと頷くEvilさん。Girlちゃんも軽くコクコクしているところを見ると、本当にそういう実情のようだ。
「ちょうどその折、アメリカの研究機関からラボ長就任のオファーがあったんです」
「すごい・・・」
佐藤はそう言っているがどの程度すごいのかは多分分かっていないはずだ。そして高田教授は淡々とこう言った。
「その研究機関からは目標をはっきりと提示されました。10年以内にノーベル賞を獲ること」
「おおっ!」
Ageさん、Teruさんも今度は事情が分かった上で歓喜の声を上げた。そしてそこからは幸田さんがバトンを引き継いだ。
「わたしも招請を受けました。ラボの実験チーフとして。そして成果を重ねれば教授として待遇すると」
「凄い!Happyさん!」
佐藤の歓声に笑顔になる幸田さん。幸田さんは佐藤に顔を向けて話す。
「それでね、Sugarさん」
「うん?なに?」
「Midさんに、わたしを獲るか、Sugarさんを獲るか、決断してもらいたいの」
「ああ。そういうこと・・・じゃないよっ!Happyさん!?」
「Midさん・・・いいえ、
「!・・・うん・・・」
「アメリカ行きが理由、ということにはしたくないの。あなたが、決めて?」
「・・・うん。分かった」
ショウだな、まるで。
いや。そんな訳ない。
見せ物なんかじゃない。
見せ物だとしたら、小学生の時に僕と幸田さんが無理やりカーテンにくるまれた時と何にも変わらない。
これは、僕の意思でやることだ。
決してあいつらのオモチャにされてやることじゃない。
「会社を、辞める」
えっ。
「僕は、会社を辞めて、実家の街に帰る。そこで何か別の仕事をやりながら絵を描くよ」
えっ、えっ・・・?
「真中っ!」
「・・・佐藤」
「なんで真中がいなくならなきゃなんないのよ!それで済むと思ってんの!?」
「責任を取らないと」
「なんの責任だよっ!」
「こら。ガキども」
高田教授・・・?
「なにを自分たちの都合だけで話してるんだ。幸田さん、キミもだ」
「教授・・・」
「いいか。はっきり言っておく。私はアメリカへ行く。幸田さんを連れてだ。そして研究に邁進する。彼女の力が絶対に必要だ。公私共にね。真中さんが会社を辞めようが田舎に引っ込もうが知ったことじゃない」
「高田教授。ならば答えを言います。僕は・・・」
「言うなっ!」
「・・・・・・」
「これ以上幸田さんを困らせたいのか。幸田さん」
「は、はい・・・」
「これは、真中さんが誰を選ぶかなんて問題じゃない。キミが私を選ぶかどうかの問題だ。私に向かって答えてくれないか」
「は・・・い・・・わたしは・・・」
幸田さん。
「わた・・・しは・・・高田教授とアメリカに行きます。高田教授のプロポーズを、お受けします」
「ありがとう・・・」
パン、パン、パン、と手を叩く音が響いた。
「よしっ!決まった決まった!おめでとう!幸田さん!高田教授!」
Evilさんに司会進行役が移った。
改めて幸田さんが本当の自分を自己紹介する。
「わたしの本名は、
「ああ。ピグ・ノーベル賞には劣るがな」
Evilさんが失笑を買っている。
僕は佐藤を横目で見てみた。
スクリーンを観ている。
もう、ラストシーンに差し掛かっていた。
映画を観ているのは、僕と佐藤だけだった。
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