絵に描くようにトリプル・デート

 さんすくみだとしたら誰がヘビで誰がカエルか。

 そして誰がナメクジなのか。


「あ、あの・・・お客さん?」

「はいっ」


 3人が同時にウェイトレスに返事した。

 彼女も困惑している。


「あ、あの・・・そろそろご注文を・・・」

「じゃあ、一人ずつ言います」


 沈黙に耐えきれなかった僕が折れた。

 僕の提案に彼女は待ち構えたようにオーダーを受ける。


「ブレンドを」

「アイス・ミルク」

「・・・カフェ・オーレ」


 決して間を取るわけでもなんでもなく僕はそういう気分だった。幸田こうださんがブレンド、佐藤さとうがアイス・ミルク、流れで僕がカフェ・オーレ。

 神保町は伝統ある個店の喫茶店が多いけどこの3人だと迷惑だろうと思い、敢えてチェーンのカフェに入ったのだ。


「幸田さん」

「う、うん、真中まなかくん。なに?」

「いや・・・ほんとに久しぶりだね。元気にしてた?」

「う、うん。おかげさまで。真中くんこそ元気そうだね」

「うん。なんとかね」

「ガルル・・・」


 僕と幸田さんが、びくっ、とするけどそれは佐藤の唸り声じゃなくて佐藤がアイス・ミルクの底をストローですする音がそう聞こえただけだった。

 でも、辛辣な言葉が次々と佐藤の口から飛び出した。


「ただ小学生の時に転校してきた同級生ってだけだよね、幸田さんは?」

「え、ええ・・・そうですね・・・」

「敬語じゃなくていいよ。3人とも同い年なんだから」


 幸田さんはそういうキャラではないのだが、佐藤の命令によって強制的に敬語を外された。


「そうね・・・わたしが転校してきたのは五年生の秋だったんだけど、最初の登校が不安だったわ」

「とてもそうは思えなかったな。自己紹介が堂々としてて」

「そう?」

「だって、黒板にほんとに達筆で『幸田幸』って書いてさ、それで『コウダしあわせ、です』なんてさ。すごくかっこよかったよ」

「そうね。変わった名前だものね」

「いや、ほんとにかっこよかった。それで先生から座右の銘は?って聞かれて、『根性』って力入れて書いた文字が未だに忘れられないよ」

「カッコつけ」


 ボソリと佐藤がそう言うと幸田さんは反論する口ぶりではないけど、はっきりと否定した。


「本気よ、佐藤さん」

「〜!わ、わたしだって本気よ!わたしだって根性あるんだから!」

「なんの根性だよ」

「真中、黙れっ!」


 険悪になりかけたところを幸田さんが何か思いついたように自問自答した。


「これって、デート?」

「へっ?」

「これって、デートだよね。そういえばわたし生まれて初めてのデートだわ」

「・・・ちょっと、幸田さんって天然?」

「いいえ。佐藤さん、さっきも言ったでしょ?わたしは本気よ」

「だから、それが天然!」


 佐藤もどうやら分かってきたようだった。幸田さんがほんとうの本気だということを。

 だから僕も未だに夢を捨てきれずにいる。


「真中くん、ずっと描き続けてたんだね」

「ああ・・・見てくれた?」

「ええ。たまたまわたしのフォロワーさんが真中くんの固定ツイートに『いいね』をしてたから見に行ったら偶然あの『人探し』のツイート見てね。あっ!ってびっくりしちゃった」

「まさか一回の呟きでその晩の内に連絡が来るなんて思わなかったけどね」

「でも、多分そのツイートがなくてもアプローチしたと思う」

「えっ」

「だって、真中くんの絵、とても洗練されて上手になってたけど、情熱はあの頃のままだもの」

「・・・ありがとう」


 僕と幸田さんのやりとりが佐藤は当然面白くないらしい。空になったグラスをまだストローで激しく吸い続けている。そして佐藤は現役の強みを隠そうとしない。


「ま、真中!明日は筋トレの日なんだから早く帰って体を休めないと」

「まだ昼なのに何言ってんだよ」

「あら、筋トレ?」


 僕は幸田さんに会社の仕事をあらまし話した。だからの佐藤とペアでの筋トレだと。


「そうなんだ・・・わたしの今の仕事はね、ドラッグストアの薬剤師なの」

「えっ?研究職じゃないの?」

「ううん。真中くん、マルモヒロシって知ってる?」

「ええと・・・確か中堅のドラッグストアチェーンだね」

「うん。そこの23区外の店舗の統括薬剤師。6年制の薬学部を出てこの春に就職した社会人一年目」

「え。でも、それでどうして大学で講演を?」

「わたしの調剤の技術が特殊みたいで。計測器具を使わずにわたしの手や指先の感覚だけで微量の薬剤を調合できて、それが高田教授の目に留まって。研究者っていうよりは職人技?で参加してるの」


 そう言ってにこっと笑う幸田さんを見て、ああ、彼女はたしかにこういう女性だったと改めて思い起こした。

 そしてこういう点も。


「ねえ、佐藤さんのことも聞かせて?わたし、佐藤さんと仲良くしたいな」

「え?や、やだよ。わたしは幸田さんと仲良くしたくない」

「ううん。お願い。わたしはみんなが仲良くないとつらいの」

「つらい?」

「ええ。誰かがひとりぼっちで寂しそうにしてるとわたしも寂しくなるの」

「わ、わたしはひとりぼっちじゃないよ!」

「うん、もちろん。佐藤さんには真中くんがいる。それで、真中くんも佐藤さんがいてくれて本当に幸せだと思うの」

「幸田さん・・・あなた、何言ってるの?」


 本当は言いたくなかったけど、解説が必要だと僕は腹を決めた。

 それに佐藤には隠し事はしたくない。


「佐藤、あのさ」

「なによ」

「僕はいじめられっ子だったんだ」

「え」

「幸田さんが転校してきた時、僕はクラス全員からいじめられてたのさ」


 佐藤はまばたきを忘れて僕の目を覗き込んでいた。

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