絵に描くように再会を
朝から
なぜなんだ。
「アレじゃないから」
「なんだよアレって」
「アレよ」
「ああ、アレか」
「ほんとに分かったの?」
「おいおい、会議の場で乳繰り合うなよ」
「さて。我ら営業部隊はウチの会社の収益の源泉である。人員減による結果のコスト削減から今期もなんとか黒字確保を見込むが常に前倒しで先手を打たないといけない。
「はい」
「新規の大学の感触は?」
「はい。どの大学も予算どりが厳しく、飛び込みでの受注確保はほぼ無理です」
「ううむ。無理、って言葉は使って欲しくないな」
「じゃあ、限りなく努力をした場合、限りなくコンマ以下に近い可能性でなんとか受注が取れると思います」
「そう言うな。俺だってバカじゃない、現実を知ってるつもりだ。佐藤さん、大学以外の研究機関はどうだろう?」
「肌感覚ですが大学以上に厳しいと思います。産業全体の基礎研究を担うという側面がありますから経済団体からの要求がコスト面でも相当にシビアで」
「なるほどな。現時点で我々ができることは既存顧客への接触を今まで以上に密にして受注を取りこぼさないことか。ところで真中」
「部長。呼び捨てになってます」
「いいんだ佐藤。こっからは議題をはずれたプライベートな会話だ。真中。お前と佐藤、何があった?」
「別に何も」
「ううむ。いいか、真中と佐藤は仕事のパートナーだ。そしてふたりはウチの全戦力だ。ふたりの関係がギクシャクしたらそれは顧客にも伝わり、業務にも支障をきたす。真中、何があったんだ?」
「忠さん、ほんとに別に。佐藤がなんで朝から僕を無視してるのか全然分からなくて」
「もういいよ、真中!」
「ええ?」
佐藤が、バン、ってテーブルを両手で叩いて立ち上がった。まさかこういうシチュを現実で見るとは思わなかったけど、セリフまでまるでドラマだった。
「見たわよ、真中のツイート。結局女と会うんじゃない!?」
「ええ?もしかして佐藤って僕のツイート全部見てるの?なんで?」
「⚡︎⚡︎⚡︎っ!ど、どっちにしろ、いやらしいわ!それにネットの世界で素性の知れない人間と会うなんて危険よ!」
「お前ら、痴話喧嘩か」
仕方なく忠さんにも僕のSNSの絵のアカウントのことを話した。
そして土曜の夜の呟きの続きについても説明せざるを得なかった。
Mid:実名をネットで流すわけにはいかないですから伏せますがHappyさんは僕を覚えているんですか?
Happy:はい。Midさんはその頃と体型は?
Mid:変わらず痩せてる方ですね。
Happy:じゃあ見ればわかりますね。もしMidさんさえ差し障りがなければお会いしませんか?
Mid:構いませんがあなたの方こそいいんですか。もしなんでしたらこの先はDMでやりとりしますか?
Happy:いいえ。DMはなんだか密室みたいで苦手で。このリプでアポをとってもいいですか?
Mid:わかりました。案があるならお任せします。
Happy:今度の土曜日、神保町の三省堂書店の学術書コーナーで、開店と同時の時間に。
Mid:分かりました。本人確認の方法は?
Happy:顔で分かると思いますけど、念のため、同時に本名をフルネームで呼び合いましょう。
Mid:わかりました。では土曜日に。
Happy:はい、三省堂で。おやすみなさい
Mid:おやすみなさい・・・
「小説かよ!」
忠さんが大きな声を上げると社長がデスクからちらりと僕らの方を見て笑っている。
「真中・・・わたしの気持ち、分かってる?」
「ああ。仕事のパートナーとして心配してくれてるのはありがたいよ。普通に考えたらリスク満載だからな」
「はあ・・・もういいわ」
「真中、お前、本気でわかってないのか?」
わかってるさ。
でも、佐藤の気持ちはたとえば同級生で話せる異性がそいつしかいないから気になる、っていう程度のものさ。
同期が辞めたから物理的に僕しか男がいなくなって・・・だからさ。
けど、佐藤は僕が思っている以上にエキセントリックな行動をしてきた。
「おはよう」
「おはよう・・・って、ええっ!?」
「わたしも行く」
「本気かよ・・・」
地下鉄の三田線で神保町に向かおうと巣鴨駅に行ってみると佐藤がいたんだ。
僕はもともと大学の時からこの近辺に住んでたんでそのまま暮らしてるだけだけど、佐藤は「へえ。巣鴨って便利そう」なんて言って入社した最初のゴールデン・ウィークに引っ越してきた。あの時は同期の田中も一緒に引っ越しを手伝ってくれて・・・仲良さそうだったから田中のことを好きなんだって思ってたんだけどな。
まあ今日については来たものはしょうがない。
僕と佐藤は三田線神保町駅で岩波ホールの階段を登ってすずらん通りを抜け、三省堂の園庭のようになっているエントランスからビルに入った。
エスカレーターで学術書のフロアを めざす。
「ねえ・・・真中、行かないで」
「ごめん。10年前に分かれてからずっと一度は会いたいと思ってた相手なんだ。でもそれは恋愛感情とかそういうんじゃない」
「ううん。会ったらきっと恋に落ちる」
佐藤、まるで映画だな。
でも、そうなのかもしれない。一方的な僕の感情だけで言うと。
気がつくと佐藤はエスカレーターで僕の一段前に移動してた。フロアに着地すると同時に学術書のエリアにダッシュする。そして勝ち誇ったように言った。
「真中!男しかいないよ!イタズラだったんだよ!」
僕はゆっくりと佐藤の方に歩いていった。恋人同士のゲームか何かだと思われてるんだろう、佐藤が僕に笑顔で大声を出してても特に気にする客もいない。
開店から3分を過ぎた。僕がエスカレーターの方に視線を移すと黒髪の頭頂部がだんだんとせり上がってくる様子が見えた。
色の濃い黒髪だったことは記憶と違わない。
けど、その黒髪が肩を越えた。
上昇に合わせてさらに背中をも越える。
腰まで達した時に、全体のシルエットが見渡せた。
もうひとつ記憶と違っていることがある。
メガネだ。
今、ヒールのないローファーで歩いてくる彼女はメガネをかけている。
僕と佐藤が並んでいる目の前に立った。
約束通り、ふたり同時に声を出す。
「
「
ほぼ同時に佐藤も声を出した。
「し、シアワセっ!?」
そりゃ、びっくりするよな。
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