絵に描くように筋トレを
「うう・・・」
「はい!もう少しもう少し。後10秒」
「げえっ」
女らしくない掛け声(?)を上げながらインストラクターの指導を受けている佐藤を見ながら僕もまたインストラクターに不思議な質問をぶつけていた。
「腱鞘炎になりにくい筋トレってあります?」
「はあ?」
運動にほぼ縁のなかった佐藤と僕は爽快感とも無縁な散々の状態でジムのお試しコースを終えてけれども結局入会手続きをした。
「飯でも食おうか」
「もうちょっと女らしい言葉遣いしなよ」
「いいじゃない、わたしと
まあ同期も年次が近い先輩も全員辞めて仕事でも常時一緒だからここ二年ほどの人生は佐藤と共にあるとも言えるだろう。
実際入社して半年ほどで人がごそっと減った。先輩方は給料の低さと実は肉体労働の側面もあることを理由に辞め、同期たちは「自分の夢に近い仕事が見つかりました」とあっさり辞めていった。
自分はなぜ辞めないのか。
夢に近い仕事と言ったら、デザインなどの直接絵に関わる仕事へと一気に飛躍してしまい、生計を立てるだけの待遇をとなると狭き門だから。
じゃあ、佐藤は?
「ねえ真中。どうして女の子から誘われた食事が河川敷なのよ」
「え。ダメだったか?」
「・・・ふう。真中だからしょうがないか」
僕は川が好きだ。
いや、水が好きと言った方がいいか。海も好きだから。
時折くる二子玉川園から歩いて出られる多摩川の河川敷に佐藤を連れてきたんだ。
「おいしいだろ?このベーカリーのパン」
「うん。真中の食のセンスってやっぱり侮れない。こういうのって美的センスとも関係あるのかな」
「さあ。偶然食べたら美味しかったから」
「悔しいなあ・・・わたしも『偶然・・・から』なんてサラッと言ってみたいもんだわ」
「言ってみなよ」
「え」
「なにかひとつやふたつはあるだろ?偶然やったらラッキーだった、ってこと」
「うん・・・あるよ」
「なに」
「この会社に入ったこと」
「へえ!」
「どうしてそこで驚く?」
「だってさ。お世辞にも優良企業とは言えないだろう。零細もいいところだし。ブラックではないにしろさ」
「・・・鈍いね。やっぱり美的センスとは程遠いね、そういう感覚は」
「?なんだかよくわかんないけど、どう良かったのか言ってみてよ」
「ふふ。やだ」
いい奴だよなあ、佐藤って。
僕が東京で一人暮らしでやってけてるのはまあ仕事が人的な面では充実してるからだろうなあ・・・
佐藤になら言ってみてもいいかな・・・
「ねえ、佐藤」
「なに、真中」
「この間、講演の話したろ?」
「うん。え?まだあの女の子たちに未練があるの?」
「違う違う。講演者の名前をさ、コウダコウ、って言ってただろ?多分、僕の知り合いなんだ」
「へえ・・・男?」
「違う」
「じゃあ、女だ」
「当たり前だよ。それでさ・・・」
「・・・・・・」
「なんで黙るんだよ」
「ううん、別に。で?」
「多分知り合いなんだけど、確信が持てないんだ」
「講演するような女ならネットに情報いっぱい出てるでしょ?」
「そこまでも有名じゃないみたいで、論文もそんなに出してないみたいだから情報がないんだよ」
「なら、高田教授に聞けば」
「それもなんかなあ・・・」
「じゃあ、知らね」
佐藤がモグモグと残りのパンを口に突っ込んで立ち上がった。
そろそろ帰りどきか。風も冷たくなってきたし。
僕はその夜、SNSに初めて絵に関係のない呟きをした。
Mid:人を探しています。女のひとです。もし自分ではないかとお心あたりで差し支えなければご返信いだたくと嬉しいです。手がかりは次の三点です。
・これ以上ないという幸せな名前の方
・座右の銘が「根性」
そうして僕は最後の手がかりを打ち込んで、送信した。
・僕を「絵描き」と言ってくださいました。
送信した後で少し眠ってしまった。
通知が入った案内で深夜に目が覚めた。
Happy:多分、わたしのことですよね?
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