絵に描くように巡り合う
「
「うん」
僕と同期の
「今日はどこ回る?」
「え。真中、考えてないの?」
「うん。ノープラン」
「また・・・
「うーん。でも毎日プラン立てて業務日誌つけるその手間と時間が惜しい」
「確かに」
僕らは池尻大橋の本社を出発して後楽園方面に向ける。お互い入社二年目で営業は慣れたとはいえそれは仕事を覚えた、ってだけの話であって都内での運転は未だに慣れない。運転席の佐藤もそれは同じだ。
「ふう・・・肩凝るなあ」
「お疲れ。帰りは僕が運転するよ」
「助かる」
大学の構内に車を乗り入れる。
後楽園近辺のこのエリアは道も狭いし坂道も多くて道程だけでも大変なのに大学構内に入っても更に幾つもの研究棟が密集し、狭いキャンパスに学生が溢れる。
でも僕はこの大学の雰囲気が結構好きだ。
「せーの!」
ふたりで『危険⚠︎』と印字されたラックを下ろす。佐藤が持っている側がぐらつくのは仕方ない。
一応、相応の腕力のみを持ち合わせる生体だから。
つまり、女だから。
「ちょ、真中、一回休ませて」
「ダメだよ。一気に台車に乗せないと二度と上げられなくなるよ」
「うう・・・筋トレしようかな」
「つきあおうか」
僕たちの会社は揮発性の高い溶剤の仕入れ販売がメイン。社屋もかわいらしいオレンジ色の二階建てだし池尻大橋だからまるで輸入雑貨の店にでも見えるけど分類すれば化学製品の卸・小売、ってことになる。
顧客は大学の研究室やその他諸々の研究機関。普通なら溶剤のメーカーから直で販売するんだけど僕たちの会社がやってるのは小ロットでのスポット受注がメインで、こうして軽四ワゴンに積み込んで運べる範囲のニッチな商売だ。
「高田教授、おはようございます」
「ああ、真中さん佐藤さん、おはようございます。それがそう?」
「はい。ちょうどメーカーから半端なロットを捌いてくれないかって頼まれまして」
高田教授は樹脂加工の新手法を研究している世界でも最先端のラボの所長だ。研究の中で成型・塗装と溶剤の使用も多くウチの一番のお得意さんだ。
「価格は?」
「こちらからのご提案ですからね。通常仕切りの5%ダウンです」
佐藤が流れるような応対で電卓を示す。
「うん・・・うん。これなら予算の範疇だ。いただきますよ」
「ありがとうございます!」
ふたりでお礼を言って高田教授の執務室を出ようとすると声をかけられた。
「今日のAランチ、ピカタだよ」
僕と佐藤は学食という呼び方が失礼なくらいにきれいでかわいらしいカフェテリアで世界を駆け巡る情報を操る高田教授の極秘情報でもって今日の昼食にありつけた。
「うわ・・・美味しい!」
「うん。おいしいけど、男の僕にはちょっと物足りないかな」
「しょうがないじゃない、この大学はリケ女の巣窟なんだから」
「うん。確かに女子学生が多いよね」
「真中、目の保養になるでしょ」
「うーん。ていうか参考にはなるかな」
「あ。もしかして今の固定イラストのモデルって」
「うん。ここの学生」
「やらしー」
僕はSNSにイラストを投稿している。
もともと描くジャンルにこだわりはないんだけどなんとなく女性のイラストを描くとフォロワーさんの反応がいいし僕自身可憐な女性の絵を描くと気持ちが休まるから。
イラストとはいいながら肖像に近い感覚で描いていてパステルを使うことが多い。
佐藤には僕のその絵のアカウントを教えてある。入社の自己紹介の時に小学校からずっと絵を描いてますって挨拶したら「え?見せて見せて!?」って佐藤がしつこく訊いてきたので面倒くさくて教えただけだ。ほんとに絵を上げるだけのアカウントだしエッチな絵を描いてるわけでもないから。
まあ、自分の絵をフォローされてると思うとそれだけで気分が上がる、ってのは本音だし。
ピカタを食べ終えてコーヒーを飲みながら佐藤が僕に訊いてきた。
「さっき筋トレしようかなって言ったでしょ。ほんとにつきあってくれない?」
「え?何に?」
「筋トレに」
「え。僕が?」
「うん。ほら、ジムとかってさ、わたし行ったことないしもともと運動系の人間でもないから勝手が分からなくて」
「僕だってそうだよ。美術部の僕に何を期待してんだよ」
「同類相憐れむ、でさ」
まあ、絵にいつも『いいね』をもらってる義理もあるか。
「わかった。いいよ」
「やった!じゃ、今度の土曜ね」
お互いハタチそこそこのはしゃいでる僕らの隣にやたら落ち着いた女子学生がふたり座った。
「ねえ、午後の講演、聴講するでしょ?」
「うん。だって学士なのになみいるポスドクたちを駆逐して高田教授に見込まれてるんでしょ?わたしらの希望の星だよね」
「まあね。研究続けるだけの財源あるひとなんて限られてるからね」
「でも、コウダコウ、なんて変わった名前だよね」
コウダコウ・・・?
僕と佐藤のスマホが同時に振動した。
「あ、真中。忠さんからメールだよ」
グループメールを開くと午後から武蔵野の方に急ぎで品物をデリバリーして欲しいという連絡だった。
「大変だ。すぐに行かないと」
「う、うん。ねえ佐藤、講演とかってちょっとだけ観て行く時間ってないかな」
「講演?なになに」
そう言って小声になる。
『なに真中。隣の子たちのどっちが気に入ったのよ?』
『ち、違う違う。ただ講演を・・・』
追加のメールが入った。
「わ、もう1件、府中までも。さ、 行くよ!」
「ああ」
あとで調べてみるか。
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