絵に描くように告白を

 僕は過去をひた隠してた。

 小学校から高校までの長い時間、僕はずっといじめのさ中にあった。

 その長い時間の中で僕のことを唯一「いじめられっ子」という属性で扱わなかったのが幸田こうださんだった。


真中まなかがいじめられてたなんて・・・どうして?」


 佐藤さとうに悪気はない。むしろいじめられてたことが信じられないというニュアンスは僕の人格を評価しようとする気持ちの現れだろうと思う。

 でも、僕は、いじめに遭っていること自体をまるで意に介さないような、そういう存在をずっと求めてた。


「幸田さんはね、僕のことを『絵描き』って言ってくれた。絵描きみたいね、じゃないんだ。ほんとに心から画家、って言ってくれた」

「だって、真中くんは絵描きさんだよ?今だってそうだよ」

「ありがとう。だから佐藤、幸田さんは僕にとって特別なんだ。中学に入る前に転校しちゃってそのままずっと会えなかったけど」

「わ・・・わたしだって真中の描く絵が好きだよ。すごいって思ってるよ」

「佐藤。佐藤はすごくいい子だって思ってる。感謝もしてる。でも、佐藤が僕のいじめられてる姿を見てもそう思ってくれたかどうかはやっぱり分からないんだ」


 佐藤には絶対に言えないような僕の姿を、幸田さんは見てた。

 その上で僕の属性を『絵描き』と言い切ってくれた。


「じゃあわたしはどうすればいいの?タイムマシンでその頃の真中を見に行ってそれで真中の絵を褒めてあげればいいの?」

「佐藤・・・」

「ごめん。今日はもう帰る」

「さ、佐藤さん!?」

「幸田さんが悪いひとじゃないっていうのはほんとによくわかった。じゃあ」


 佐藤は自分のミルク代をテーブルに置いて出て行った。


「少し歩かない?」

「いいの?真中くん」

「うん。佐藤も僕も大人だから」


 神保町からなんとなくお茶の水の坂を登った。それからニコライ堂に立ち寄り、その後で神田明神に行った。


「幸田さん、聞いてもいい?」

「うん。いいよ」

「あの頃って、僕のことどう思ってた?」


 拭えなかった想いは『憐み』じゃなかったか、ってことだ。その意味も当然あったと思う。そして僕の描いたポートレイトのようなその頃の少女だった彼女のイラストを見た彼女自身が僕にかけてくれた、『真中くんは画家なんだね』という言葉に嘘偽りがないこともわかっている。

 だけど、僕はやっぱりそれだけじゃ満足できないんだ。


「あのね。好きだったよ」

「好き、っていうのは、恋愛の意味でのそれで合ってる?」

「うん。好きだった。恋愛の意味での。真中くんは?」

「・・・好きだった。でも、言えなかった」

「うん・・・なんとなく分かるよ」


 そうさ。

 僕の属性は『いじめられっ子』だったから。だから言えなかった。言うと、彼女を苦しめると思ったから。


「今なら、言える?」

「え?」

「わたしのこと、好きだ、って」


 12年経ってる。

 だから、この気持ちは過去のものじゃない。今現在のものだ。


「好きだ。幸田さん」

「わたしも。今でも好き」


 境内では高校生ぐらいの私服の女の子たちが笑いながら、でもなにやら神妙にお祈りしていた。

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