絵に描くように反省会

佐藤さとうさん!」

「はいっ!」


 佐藤がちゅうさんのデスクの横で叱責されている。理由は佐藤のデスクの上に燦然と輝くゴールド・ボウル。のトロフィーだ。

 ちなみに忠さんが佐藤や僕を付けで呼ぶ時は本気で怒っている。


「佐藤さん。プライベートな集まりだというのはよーく分かった。状況も真中まなかさんの説明でよく分かった。それでも本当にパーフェクトを達成することはないだろう。念力までかけて」

「念力じゃありません。『気合』です」

「どっちでもいい。真中さん!」

「はい」

「どうして止めなかった?」

「どうして?」


 僕は佐藤の味方をするわけじゃないけど極めて平静に公正に審判した。


「プロボウラーでさえ至難のフルスコアが目の前で達成されそうならばそれを応援するのは自然な行為でしょう。幸田こうださんも後一歩でした。甲乙つけがたい白熱した名勝負でした」

「幸田さんはボウリングが得意だそうじゃないか」

「ええ」

「『ええ』じゃないっ!大事な顧客を少しはヨイショしたらどうなんだ!自分の得意分野でほぼ初心者の佐藤さんに完敗した。その心情を想像してみろ。例えば真中さんは自分の描いた佐藤さんのイラストより佐藤さん本人が描いた自画像の方が美人だったら腹が立つだろう!?」

「いえ、特に。僕はある程度のリアリティを大事にしていますからむしろ現実以上に美人の絵だとしたら却って哀れみを覚えますね。正確なデッサンができないのだと」

「真中めっ!」

「えーい、ふたりとも!もういい!」

「あ、そうですか。じゃあ営業行ってきまーす」

「逃げるな佐藤!」

「忠さん、呼び捨てになってます」

「構わん!私は本気で怒った!『反省会』だあっ!』


 僕と佐藤は内心で激しく舌打ちした。


『反省会か・・・マズイよね』

『ついに出たか。忠さんの最終兵器が』


 僕らは渋谷の貸し会議室に缶詰にされた。


「忠さあ〜ん。経費節減の折わざわざ会議室借りるなんてよくないですよー」

「自腹だ!」

「忠さんの?」

「3人のだ!」


 忠さんが僕たち営業部隊が失態を起こした時に行う地獄の反省会とは、これだ。


「ブレスト100本勝負!始めいっ!」


 定員5人の膝すらぶつかり合う会議室のホワイトボードの前に3人が同時に立ち並び、それぞれが水性マーカーで縦に書き殴り始める。アイディア出しで既に古典となっているブレインストーミングだ。


 テーマは『顧客開拓の必殺技』


 忠:

 ローラー作戦、電話攻勢、DM、飛び込み営業、つて営業、縁故営業、押し売り、HP、SNS、街頭でビラ配り、アポなし訪問、アドバルーン、飛行船に宣伝文、口コミ、目コミ、アメコミ、ドゥカティで関西の顧客に営業遠征、ハーレーでアメリカ遠征、そしてヨーロッパ大陸を走破し次は南極大陸へ


 真中:

 ウチの商品をイラストに、イラストをSNSに、ついでに漫画に、漫画を同人誌に、同人を募る、意外と風景画を好む同志が多かった、風景画専門の同人誌を発行、大物画家の目に留まる、推薦を受け日展に、デフォルメした灯台の絵が現代アート部門で大賞受賞、ギャラリーで個展開催、海外のバイヤーに絶賛される、ニューヨーク近代美術館に作品が常設展示、凱旋しインタビューで『今日あるのは前いた会社のおかげです』とコメント、ウチの商品がワールドワイドに売れる


 佐藤:

 幸田さんに「ごめんね」と謝る、幸田さん「いいよ。仲直りにもっとお客さん紹介してあげる」と言ってくれる、紹介して貰ったお客さんに会うごとに「佐藤さんってかわいいねー」と言われる、ウチの商品バカ売れ、わたしの功績を称えて破格のボーナス支給、ボーナスを原資にわたしが真中の絵のパトロンになる、真中・絵は売れないがわたしのお陰で自由に絵を描いて暮らす生活、真中・わたしに感謝する、幸田さんからわたしに乗り換える、その頃にはわたしは営業部長に就任、販路テコ入れのために新商品お披露目の宴を開く・場所は都内最高級のホテル、我が社一部上場達成


「ふざけてんのかっ!」

「忠さんこそ!」

「収集がつかないな・・・」


 僕が冷静にそうつぶやくと、KJ法をやることになった。KJ法とはブレインストーミング等で出したアイディアの断片を頭で考えてまとめるのではなくて自分たちの手を動かして手で考える、いわば潜在意識かあるいは何かに導かれるかのような力でもって脳のシナプスがシナジーとなって結びつき合うように結合させることによって新たな発想を得ようというものだ。


 僕ら3人はホワイトボードの上でそれぞれの人差し指を3本重ね合った。


「おっ」

「あっ」

「うむ」


 まるでコックリさんのように指がボードの上をスライドし出した。3人が書きまくった単語を自動的に指が動くようにしてなぞっていく。


「・・・・」

「・・・・」

「・・・一文にまとめるぞ」


 そのあまりにも斬新で衝撃的な発想の結合に、僕と佐藤が沈黙する中、忠さんが静かに全文をマーカーで書き出した。


『幸田さんから乗り換えた絵描きの真中が、パトロンとなった佐藤と、南極大陸で、披露宴をする』


「佐藤ぉおっ!!」


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