絵に描くようにストライク
Happy: Midさんお帰りなさい。実は相談したいことがあるんです
Mid: そうですか。僕も実はお話があって
Happy: ボウリングとかどうですか
Mid: ボウリング?
訳の分からない
ちょうどいい機会だと、僕も幸田さんに進路について色々と話してみたいと思った。
佐藤には話すつもりも無かったけど、実家でのハプニングがいくつもあったせいで語るともなしに語ってしまった。
佐藤よりも幸田さんのはずなのに。
「こんばんは、
「こんばんは。行こうか」
「ええ」
僕と幸田さんは東京タワーの麓にあるボウリング場のフロントで落ち合った。20:00と少し遅い時間だけども仕事帰りのビジネスマンが大勢いる。どの集団も男女入り混じって大盛り上がりだ。
「でも幸田さん。なんでボウリング?」
「得意だから」
ほんとにすごかった。
ふたりでボックス席に入って軽食での腹ごしらえもそこそこに幸田さんは全開モードだった。
「ストライクストライクストライクスペアーストライクストライクストライクスプリット」
僕が相手になろうはずがなかった。
「うわっ」
「真中くん、ナイスガーター」
まさか、幸田さんがこんな辛辣な対応をするとは。
「ごめんね真中くん。わたし、ボウリングになると人が変わるの」
完膚なきまでに打ちのめされた。
「幸田さん・・・もう勘弁して」
「えー。もうあとワンゲームやりたかったのに」
「ごめん、休憩」
そう言って僕はコーラを買って来て幸田さんに渡す。それから会社から来る途中で買ってきた取っておきのものも。
「幸田さん。もしよければ」
「わあ」
僕オススメの黒ごま食パンを使ったサンドウィッチ。
「おいしい」
「よかった。ようやくいつもの幸田さんに戻ってくれた」
「ふふ」
「それで・・・相談って?」
「あのね、実はねえ」
彼女の相談は喜ばしいことだった。
高田教授の推薦で博士号を取得する道が開けるかもしれないという話。平たく言えば高田教授の研究室から准教授の待遇で迎え入れたいというオファーがあったそうだ。
「すごいね」
「ううん。運がいいだけ」
「それがすごい」
ほんとにすごい。
運がいいなんて、すごい。
「で?当然受けるんだよね?」
「迷ってるの」
「え。どうして」
「わたし、今の会社に恩があるから」
「恩?」
「ええ。薬学部を卒業した一年めのペーペーに自由に店舗間を横断してベテランの薬剤師の先輩方から技術を学ばせてもらえたのは会社のおかげだもの」
「ドラッグストアなんだからそれは当然なんじゃないの?」
「いいえ」
幸田さんは一度メガネを外して曇りを拭いた。
「23区外の郊外店舗の統括責任者として店舗を行き来してわたしがやらせてもらえたのはマネジメントの部分もなの。店舗経営そのものをやらせてもらえたの」
「薬剤師なのに?」
「薬剤師だからよ」
彼女の主張ではドラッグストアの本来の使命はあくまでも薬と病気に関する「町の薬局」が原点であり、市井の人たちにとって一番身近な医療機関であるべきだと。
もちろん食料品やサニタリーなどを充実させて総合的なサービスを目指すのも方法のひとつだが、ベースの業務であり収益の源泉はあくまでも「薬」であるべきだと。
「真中くん。たとえば真中くんぐらいの年齢層が風邪をひいて総合病院で診療を受けて処方箋出してもらってお薬や抗生物質を買ったりするよね。医療保険があったとしても数千円の出費は避けられない」
「確かに」
佐藤が風邪ひいて病院に行った時もその週は昼ごはんを節約してたな。
「ましてや独居老人や若くても所得が低い水準の人たちにすればそう簡単にお医者さんにかかることができなくなる。医療保険の負担割合が引き上げられたらもっとだよね」
「うーん。でもそこにドラッグストアがどういう風に関わるんだい?」
「ウチの社長はね、製薬メーカーと提携してOEMで少量・廉価な市販薬の開発・販売を目指してたの。理想はね、ちょっと熱っぽいとか体調が悪いっていう人が会社の帰りなんかにドラッグストアに立ち寄って薬剤師がその症状を詳しく訊く。そしてその人の症状だけじゃなくて薬に出せる予算や会社を休めるのか休めないのかとか、その人の『生活そのもの』に寄り添って一番いい薬と一番いい療養・食事もしんどくなく作れるおかゆのレトルトを勧めたりとか」
「そうか。病気で弱ってるときにその人に『安心感』を与えるサービスだね」
「そうなの!そういう理念を持った会社だったからわたしは迷わず入社した。ねえ真中くん」
「はい」
「大学の研究室で准教授としてラボの運営に携わる経験も間違いなくわたしが目指す『町の薬局』につながるとは思ってるの。でも、どちらかを選ばないといけない。どうすればいいと思う?」
「・・・・・・両立はできないの?」
「会社に籍を置いたまま?残念だけど直接の実働じゃない人間の人件費を出すところまでは無理だって。総務部長と確認したけど」
そこまで具体的に。
僕は自分が恥ずかしくなった。
『絵描きになりたい』
ほんとうにそれが本気ならば幸田さんのように実現可能な道を自分の体を動かして探る筈だ。
幸田さんは、少なくとも僕より遥かに真剣だ。
「ごめんね、真中くん。わたしのことばかり言って。ねえ。真中くんの話したいことって?」
「いや・・・僕は・・・」
「ストラーーーーーーーーーイク!!!」
グワッシャーン!!!
「な、なんだ!?」
「あ。真中くん、向こうのレーン」
3つ離れたレーンで右腕をどこかの国の国家元首のようにブンブンと振ってガッツポーズをしている女性がいた。
「え、Evilさんっ!?」
「おー、MidさんにHappyちゃん!!ふたりでしっぽりボウリングなんて水臭いぞー!!」
「真中ぁーっ!」
佐藤!?
「わたしがふたりを、ぶっ潰す!」
レーンでの飲酒は禁止だからシラフのはずだが泥酔しているとしか思えない迫力で玉を転がす女子ふたり。
よくみると肩幅を縮こませてAgeさんとTeruさんがボックス席に座っていた。
それから。
『Midさーん』
と唇の動きだけで笑顔で手を控え目にひらひらと振る制服姿のGirlちゃんもいた。
あの2人と同じ性別とは思えなかった。
「Happyさん、勝負!」
「受けて立つわ、Sugarさん!」
成り行きで幸田さんと佐藤の一騎打ちが始まった。
フォームの美しい幸田さんがストライクを連発する。
「やるわね、Happyさん」
まるで熱血スポ根少女漫画のヒロインのようなニヤリ笑みを浮かべて佐藤も応戦する。
「ストライク!ストライク!ストライクっ!」
「はっ!今日のわたしは神がかってる!」
「無駄よSugarさん。これでどうかしらっ!」
「ええっ!?」
幸田さんの必殺技が出た。
「ヘヴィ・メタリック・ローリング・クラッシュ!!」
「おおっ!」
ギャラリーがどよめいた。
「まるで鉄球だ!」
幸田さんがひとまわり大きなフォームから放った一投は、レーンの摩擦に全く影響されず、一直線にピンへ向かう。
「ああーー」
わずかに軌道が逸れた。
残念ながらピンをひとつ残し、スペアーをとり幸田さんは終了した。
「よーし。あと一投でパーフェクトだ」
僕は佐藤がボウリングが得意だなどと聞いたことはない。完全に文化系人間だった僕も佐藤もそれが仮にビリヤードだろうがパチンコだろうが運動会の玉入れだろうが『球技』に分類されるものをこなす技量などないはずだった。
だけど今日の佐藤は本当に何かが乗り移ったかのようなコンディションだ。
『Happyに負けてなるものか』
もはや怨念が佐藤を動かしているとしか思えなかった。
「たあっ!」
フォームは最後までぎこちないが、奇跡の球筋は続いていた。佐藤の放ったボウルは綺麗な弧を描いて絶妙の新入角度で先頭のピンに食い込む。
だが、勝負の女神は悪戯だった。
「あ・・・あ・・・あ・・・」
9本は倒れ、一番端のピンが踊るように、くるん、くるん、と倒れずに残る。
「同点決戦ね」
幸田さんがつぶやく。
けれども佐藤は諦めてなかった。
「黒雲に潜む龍よ!岩陰に潜む猛虎よ!体躯3mのグリズリーよ!何卒何卒このピンを倒し尽くしたまえーっ!」
佐藤が絶叫すると。
ピンは倒れた。
「ふう・・・スポーツの後のコーラは最高ね」
「え、ええ・・・そうね」
「いやー、まさかセミプロ並のHappyさんに勝てるなんてー」
「お、おめでとう、Sugarさん」
幸田さんもボウリングに関しては寛容になれないらしい。頬が引きつっている。
爽やかさの微塵もないどちらかというとおぞましいほどの一戦を終えて僕たちのレーンだけでなく他の客たちのレーンをもドン引きさせたプレーを見せつけた佐藤が僕のところにやってきてニヤリ笑みで訊いた。
「真中、幸田さんと話せた?」
なんなんだこれ。
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