絵に描くように厄払い
「
「・・・はい」
厄年なのだ。父親が僕にスケジュールを確認した。
新年のこのタイミングで氏神さまである地元の神社で厄払いをする。
地元に残っていたり帰省している同級生たちと顔合わせしてしまう。
「佐藤、一緒に来てくれないか?」
「ええ?わたしは女だから厄年まだまだ先なんだけど」
「頼むよ」
多分僕が佐藤に何かを頼んだことは仕事のごく実務的なこと以外では初めてだろう。どのようなシチュエーション、どのような事態に陥ろうと依頼者は常に佐藤だった。しょうがないなー、と内心は嬉しいことがありありの表情で神社に付き添ってくれた。
「大きい神社だね」
「うん。毎年お祭りでは県内の人口の6割がここに集うっていう神社だから」
「へえ・・・で?わたしは社務所で待ってればいいの?」
「そう、だね・・・」
「だね?ちょっと喋り方が変」
「そ、そうか・・・」
「ねえ、大丈夫?しっかりしなよ」
「う、うん・・・」
「しょうがないなー」
佐藤は母親から借りた熟年が着る意味不明の幾何学模様が編み込まれたセーターの胸を反らせて僕を勇気付けた。
「厄払いが終わるまで社殿の前にいるよ。で、『真中がいじめられませんように』ってお祈りしてあげるよ!」
そして僕は社殿内の神前で同級生たちと並んで正座している。
『おい、あれ真中じゃねえか?』
『ああ。あのオドオドした雰囲気、全然変わらねえな』
空耳じゃなかった。小学校時代の僕へのいじめを首謀した参謀と大将の男子ふたりが昇り竜のTシャツをジャケットから覗かせてかなりデカい声で話していた。神職から注意を受ける。
「神前です。ご静粛に」
祝詞が上げられる。
低頭して御祈祷を受ける一同。還暦の人や女性で厄年の方たちもおられるから全部で50人近い。僕と同学年となると早生まれに限っては僕を含めそのいじめの首謀者ふたりと後は数人しか いなかった。
よりによって!
というのが本音だけれども、当時の僕を知る人間の誰とも顔を合わせたくないわけだから50歩100歩といったところだろう。儀式は滞りなく進んだ。僕は終わったあと、みんなでお下がりのお酒をいただく宴席は辞退しようと思っていたのだが、
「おい、真中も来いよ」
「逃げるなよ・・・なーんてな!」
首謀者2人にまるで羽交い締めにされるように肩を組まれ、そのまま宴席の会場である氏子会館まで連れて来られた。
『成人した僕が、未だにこういう感じか・・・』
情けなさにうなだれるままにテーブル席に着き、2人から挟まれる真ん中の椅子に座った。ビールを注がれる。
「真中、今何してんだよ」
「・・・東京で会社勤めさ」
「ぷっ。会社勤めさ、だってよ」
「おいおい真中。会社勤めですだろ?」
なんだ、これ。
なんなんだこいつら。
「おい。言い直せよ」
参謀の声が低くなった。
「会社勤め、です」
「どうだ。今でもいじめられてんのか?」
「いいえ」
「彼女、できたか?」
「・・・言う必要がありますか?」
「言えよ」
「できました」
「へえ!あの真中にかよ。いじめられて頭に唾かけられて水飲み場の水道で毎日頭洗ってたあの真中にかよ」
「えーと、あいつじゃないだろうな。なんて名前だっけ?転校してきて『根性』なんて書いたあのヘンな女」
「そうそう!俺らが無理矢理キスさせた・・・」
ザーッ!
「う、うわっなんだ!?」
ドボボボボボ!
「げっ、なんだこれ!?酒!?」
佐藤が立っていた。
御祈祷に使った塩の大袋と一升ビンをぶら下げて。
「な、なんだお前は!」
「うるさいっ!卑怯者!それでもあんたら男なのっ!?」
「なんだあ!?お前、もしかして真中の彼女か!?」
「だったらどうだってのよ!」
一升瓶の酒をもう1人にもぶっかける佐藤。
「この・・・ふざけんな!」
大将の方が、佐藤に拳を向けた。
ゴッ!
「えっ・・・」
床に倒れたのは、大将。
「わああっ!」
僕は参謀の方も右拳で殴った。こっちもあっさりと倒れてくれた。
ただ、生まれて初めて人を殴ったので殴り方がまずかったようだ。右拳が突き指したみたいに痛くてたまらない。何か大きな声を上げながら二人とも立ち上がってきたので僕は残った左拳を構えた。
「見てたわよっ!」
「ええ、あたしも、ちゃあんと見てたから!悪いのは殴られた2人の方よっ」
助けに来てくれたのは還暦のご婦人方だった。
「このチンピラどもがその子にひどいことしたり言ったりしてたのよ!御祈祷の時から態度悪いって思ってたけどやっぱりクズね」
参謀と大将はご婦人方にすら悪態をついて突っかかろうとしてたけど神社のスタッフさんや氏子衆に諫められて会場から引き出されて行った。
「真中・・・ありがとう、助けてくれて」
「そんな・・・僕の方こそ佐藤をこんな危ない目に遭わせてしまって」
ご婦人方がスマホで僕たちを撮っている。
「あ、あら。ごめんなさいね。とーってもキュキュンしちゃったから、ついね」
「いいですよ。撮ってください」
佐藤が言った。
「いいでしょ、真中?」
そう言って佐藤は自分もスマホを握った右手を僕と彼女の、少し頬を染め合った顔にかざした。
そして、SNSアプリのツイートボタンをタップした。
「拡散、しよ?」
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