絵に描くように褒められる

 僕は新しいイラストをいくつか描き上げ、ウチの会社のブログに佐藤さとうがアップしてくれた。


「うーん。いいねいいねー。真中まなかったらいいねー」

「どうも」

「まーったく。淡白なんだからあ」


 果たして僕のイラストの効果かどうか分からないがブログもそうだしそれ以外のSNS上の会社のアカウントにもこれまで接触の無かった方たちのコメントが入るようになった。


 特に多いのが学生。


 Sut1: 大学の理系2年生です。溶剤とかまったく意識してませんでしたけど研究の精度を上げるためには重要なんですねー。ウチの教授にも宣伝しときまーす。


 Sut2: なんかいいですね御社の雰囲気。小さな会社って就活で意識してなかったけどこういうのもアリかなー。募集してませんか?


 Sut3: うおー、Sugarさん、かわいー!


「おい」

「な、なによ真中」

「何なりすましてんだ」

「へへへへへへ・・・ごめん」


 僕は会社のブログにいくつかキャラ絵を描いた。特定の社員を描くわけにもいかないので適当な年代の絵をそれぞれ描いたのだが一番容姿端麗なできる社員風の女子絵を自分だと偽ったのだ。


「きょ、虚言ではない」

「ああ。確かに僕はとは一言も言ってないからな」

「はは。そうでしょそうでしょー」

「ただし、容姿端麗だ」

「くそー、営業行くよっ!」


 こういう日常がいつまで続くんだろう。実際コンテストの授賞式以来 幸田こうださんとの関係はとてもセンシティブなものになっていて仕事に関しては普通に話してくれるのだがそれ以外は明らかに僕を避けるようになっている。ただ、とても不思議なことなのだけど、一騎討ちした当の佐藤は全く意に介していないようなのだ。


「幸田さん、こっちの砂糖の方がいいよ。内臓脂肪を増やさないんだって」

「佐藤さん。あなたって本当にいいひとなのね」

「えーと。それって純粋に褒めてくれてるんだよね?」

「もちろん」


 段段と僕は本当に幸田さんと恋人同士なんだろうかという気分になってきた。二人だけでデートした回数は数えるほどであとは保護者同伴みたいなオフ会ばっかりだ。


「あーあ。真中みたいに褒められたいなー」

「僕がいつ褒められた」

「またあ!コンテストで大賞獲って会社のブログの絵も描いてさ。いいなあ」

「褒められたいのか」

「うんうん!褒められたい!」


 ならばプロに頼めばよい。


「あら、Midさん。久しぶりね。その子は?」

「Sugarっていうんだ。ほら、ママにご挨拶して」

「こ、こんばんはー」

「あらあ名前通り甘い声ねー。かわいいわー」

「猫被ってんだよ」

「うっさいMid!」


 僕と佐藤は仕事が終わると錦糸町に向かった。

 佐藤を連れてきたのは脱サラしてこのゲイバーを始めたアゲママの店だ。ママは文字通りお客さんを『アゲる』ため『アゲママ』という分かりやすい名前にしている。


「Midはどうしてこの店を?」

「ママも僕のアカウントのフォロワーさんだからさ」

「あらあ、Midさ〜ん。お互いそれは言いっこなしでしょぉー」

「いやいやいや。ハンドルネーム晒してる時点で意味ないでしょ」


 幸い早い時間でお客は僕たちだけだ。これならば佐藤の願いを存分に叶えてやれるだろう。


「Sugarちゃ〜ん」

「は、はい」

「髪質が繊細ね」

「えっ」

「美しいわあ。短くしてるけれどとても自然で」

「いやあ・・・ほんの少し天然パーマなんでクセっ毛みたいでズボラに見られるんですけど」

「いいえ。外ハネをきちんと内側に向けてファッションみたいにしてる。そういうところも含めてあなたはとても繊細な女性なのよ」

「うわ・・・」

「どうしたの?」

「『女性』なんて初めて言われたかも・・・」

「ほほほ。こらあMidさん。こんな素敵なレディをぞんざいに扱っちゃダメよー。あなたの男が廃るわよー」

「以後気をつけるよ」


 よーし、いいぞアゲママ。もっともっとアゲてやって。


「あら、Sugarちゃん」

「はい」

「あなたの瞳、よーく見たら少しグリーンが入ってるわね」

「え?そうですか?そんなの全然」

「そうでしょう。もっと自分のこときちんと見て上げなさい。まるでヨーロッパの女の子みたいな美しい瞳よ」

「うつ、くしい・・・」


 おっ。

 佐藤、いい表情だな。


「み、Mid!わ、笑わないでよ!」

「何言ってんだよ。笑ってなんかないぞ」

「あ、あれっ?いつもだったらこんなストレートな言葉、笑うくせに」

「佐藤。アゲママは事実を言ってるだけだよ。佐藤の目にはきれいな緑が入ってる」

「あら、Midさん、気づいてたのね」

「一応、絵を描く身なので」

「Mid・・・じゃあ、Midも言って」

「え」

「Midさん。言ってあげなー」


 ちょっと待て。

 こんな展開のつもりじゃないんだが・・・


「ほら」

「・・・佐藤の瞳はきれいだ」

「あ」

、きれいだ」

「照れちゃってるー」


 アゲママはその後も散々佐藤を褒め倒し、佐藤はカウンターの僕の隣でメロメロにとろけている。


「うー、うっ、うっ。人生でこんなに褒められたの初めてだよー」

「よかったな。僕も絵がスランプで落ち込んでた時にここに来て絵を観せたんだ。大賞を獲った灯台の絵だよ」

「えっ、そうなの?」

「うん。それで絵だけでなく、僕の長所もママは言ってくれた」

「へえ。真中の長所って、なんだろ」

「笑うなよ」

「もちろん」

「対象物の本質を捉えることだそうだ」

「ふーん。本質かあ・・・やっぱり芸術家なんだね、真中は」


 そう。本質を僕は捉えられるはずだ。

 聞こえないようコーク・ハイのグラスに目を落としてそっと呟いた。


「きれいだよ、佐藤」

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