絵に描くように一騎討ち

 こういう局面がこんなに早く訪れるとは思わなかった。


 ボウリングでの模擬戦などでなく、幸田こうださんと佐藤さとうのリアルでの直接対決。

 そしてそれが公衆の面前で行われるとは。


「Sugarさん」

「な、なに?Happyさん」

「描き出しはどうかわからない」

「え?」


 幸田さんは額に入れてスタンドに掲げられた灯台と少女のイラストを見つめながら佐藤に向かって話しかけた。当然僕に対しても。


「淡い黄色の服を、あなたは持ってるんでしょう」

「え・・・」


 佐藤は考えている。そして答えを出して更にそれを口に出した。


「パ、パジャマだけど・・・」


 言ってから、あっ!という顔になる。


「Midさんは、それを見たのね?」


 おおー、と会場がどよめき、雰囲気で豊島区のスタッフさんたちが、チッ・チッ、とデジカメのシャッターを一斉に切る。

 幸田さんは失望しかけそうな表情をぐっと踏み留まって佐藤に宣言した。


「でも、今は違う。その少女はMidさんの正式な恋人であるわたしでしかあり得ない。Midさん、そうでしょう?」


 僕は、重ねて嘘をついた。


「モデルは、いません」


 その夜遅く、もう日付が土曜日に変わって数時間過ぎたあたりに幸田さんが灯台と少女のイラストの固定ツイートにコメントした。


 Happy: 子供の頃、憐みも少しはありました。でも本当にあなたの絵が好きでした。そして当然ですけれどもあなたのことも。キスも、拒みたい気持ちよりもカーテンにわたしたちをくるんだ同級生たちにむしろ感謝していたくらいです。


 僕は返信できない。

 Sugarからのコメントもない。


 でも、代わりに僕と佐藤の仕事用のLINEグループへの受信でスマホが、ヴッ、と震えた。


 佐藤:真中まなか。今から会える?


 僕は佐藤の部屋へ行く度胸はなかった。

 だから、ふたりの部屋じゃない、小さな古いマンションの屋上に登った。


「真中。月がほぼ満月」

「うん」


 10階までもない低いマンションの屋上のフェンスには僕の部屋と同じように夏は朝顔のつるが伝わせられていた。道路から見上げてそれを知っていた僕はだから自分の部屋のベランダにもそうしている。

 今、佐藤が、朝顔のないそのフェンスに、両肘を乗せた上に片頬を寝かせてその熱を覚ますように斜めに月を見上げている。


「きれいだ」

「え」

「月が」


 言ってから僕は気がついた。

 僕個人は決して告白の時にそういう表現をしないが、詩的な告白の意味の表現をした文学が今も恋人たちの儀式に使われている。


『好きだ』


 僕は幸田さんにそう言った。

 心から。


「真中」

「ああ」

「いいよ」

「えっ」

「幸田さんでも、いいよ。絵の女の子」

「佐藤・・・」

「そう言ってあげなよ。幸田さんがかわいそうだよ」

「佐藤は」

「なに」


 言葉が出ない。

 自分をこういう人間だとは思っていなかった。

 自分が自分の絵に描くように、一つの道筋を指し示すような人間だと思っていた。


 ふたりの少女。

 本来なら僕が選ぶ側にいることがおかしいはずなのに。


 自分がこんな人間だとは・・・

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