絵に描くように授賞式

ちゅうさん」

「なんだい」

「休みをいただきたいんですが」

「おー。いいよー。働き方改革で有給休暇消化が義務付けられたからなー。で、いつ?」

「今週の金曜日です」

「ふーむ。デートかい?」

「いえ・・・実は、そのことでご相談が」

「うん」


 僕は洗いざらい話した。

 イラストコンテストで大賞を受賞して賞金が入ること、金曜はその授賞式に出ること、それから絵の仕事のオファーが入っていること。


「すみません。業務に支障が出ないよう絵の仕事は受けないようにします」

「いや・・・ちょっと待て。社長!」

「なんだね」


 ちょうど営業部の脇を通りかかった社長に忠さんは声をかけた。


「実は真中まなかクンが絵のコンテストで大賞を獲りまして」

「なにっ!?」

「それで金曜日が授賞式だと」

「う・・・むむむむ」


 ああ。ダメか。


「素晴らしいっ!」


 え?


「我が社のブログにアップしよう!」

「えっ」

「社長、私もそれがいいと思います」

「うんうん、忠クンもそう思うか」

「はい。またとない我が社のイメージ・アップ策かと」

「どうだね真中クン。我が社のブログに掲載する絵を描くというのも受けてくれんかね。当然、給料とは別に謝金を払う」

「あの・・・僕にとってはこの上ないお話なのですが」

「真中!よかったじゃない!」

佐藤さとう

「ウチの会社自身が真中のサポーターになってくれれば一石二鳥だよね。社長、ありがとうございます!」

「ふむふむ。佐藤クンは真中クンのことを大事に思っておるんだねえ」

「まあ・・・そうですね。それに真中の絵がわたしは大好きですし」

「うむ。うむ。去年の暮れにお客様にお配りしたネズミの絵、素晴らしかったものねえ」

「社長、そういうことですので真中の授賞式、営業部3人で行って来てよろしいですか?」

「おお!行きたまえ!我が社に真中クンありと大宣伝してきたまえ!」


 授賞式は池袋サンシャインの中にあるコンベンションセンターの一室で行われた。平日の午後なのでSNSアカウントのフォロワーさんたちはさすがに来られず、僕は忠さん、佐藤と一緒に会場入りする。プレスのひとたちはそんなに多くないけれども、区のスタッフさんたちが広報するのだろう。カメラを手に何人かスタンバイしておられる。


 式は滑らかに進んだ。


「はい!では特別奨励賞、準大賞と来ていよいよ大賞の発表です。ええと・・・本名は非公開なんですね?」

「はい。すみません」

「いいですよいいですよ。SNSの中で支持を得てきた方ですからそちらのお名前の方が。では、映えある大賞は、Midさんです!」


 BGMで軽妙なファンファーレが流された。

 僕は壇上に上がる。


「行くぞ、佐藤クン」

「はいっ忠さん」


 忠さんと佐藤もくっついてきた。


「Midさん、その方たちは?」

「ええと・・・」


 僕が言う前に忠さんがマイクを手にした。


「Mid絵師のスポンサー第一号です!」


 ほおおー、と会場にどよめきが起こる。忠さんは僕が社員だということには一切触れずに話し続ける。


「Midさんの絵は以前から拝見して我が社は目をつけておりました。できれば我が社のブログ等に描いていただけたらと思っています」


 佐藤も一緒になって愛想を振っている。


 ああ。

 この会社でよかったんだな。


「では、審査委員長の仲間先生から講評をいただきます」


 僕も尊敬するイラストレーターの仲間先生。もうおじいさんになられたけれども描くキャラたちの内面までをも描写する素晴らしい絵描きさんだ。


「はい。Midさんの絵にはとても衝撃を受けました。白を白でそのまま描くという発想だけでなく、何度も何度もその白い絵の具を重ねたプロセスそのものに対象物である灯台と少女への想いを感じました。ところでMidさん」

「はい」

「この少女にモデルはいるのですか?」


 そのタイミングで会場後方のドアが開いた。

 壇上以外は照明が落とされているので、ドアの空いたその背後から室外の煌めく明かりが流れ込んで、逆光でそのひとのシルエットが濃い黒に浮き上がった。


幸田こうださん!』


 ゆっくりと閉まるドアを背に幸田さんがステージに向かって歩いてくる。会場のひとたちは道を開ける。


 ステージの前に達した幸田さんは、僕と、そして佐藤を見つめて声を上げた。


「わたしが、モデルです!」


 なぜだか彼女は泣いていた。

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