絵に描くように既成事実

 驚くべきことが起こった。

 まあ、僕としては別にいいと言えばいいのだけれども。

 佐藤さとうが僕のアカウントにコメントを残すようになったのだ。


 Mid: 過去絵です

 Sugar: わあ・・・昨日のキスみたいに甘い絵だね♡


「佐藤。別にいいんだけど、照れとかないのか」

「ない。照れたら負け。幸田さんがまだ照れてるうちが勝負」

「いいのか、佐藤。そんなんで」

「いい!どんな手段を使っても勝てばいい!」


 まあでも仕事はスムースに進む。

 昨日のキスが精神安定剤のような役割を果たしているんだろう。

 でも、ほんとにいいのか、佐藤。

 僕は初めてだった。

 佐藤はどうだったんだ。


「佐藤さん、今日はいつになくニコニコしてますね」

「高田教授、気のせいですよ」

「いいえ・・・なにかいいことがありましたね?」

「そう、ですねえ。わたしとしては特別なことでなくごく普通のことなんですけどね」


 それは強がりなのか?


 大学のカフェテリアに行くと、幸田こうださんが居た。


「あ。真中まなかくん、佐藤さん、こんにちは」

「あ、あの・・・幸田さん」

「なに?佐藤さん」

「ま、真中のSNS、見た?」

「?うん。昔の絵を上げてたよね。それがなにか?」

「どう、思った・・・?」

「?すごく優しい絵だな、って思った」

「あ、そう・・・それだけ?」

「うん」


 幸田さん、一蹴したか。

 でも待てよ。幸田さんはしたことあるのか?


「こ、幸田さん。誰かと、キ、キスって、したことあるの?」


 おいおい佐藤!なんてこと訊くんだよ!

 それじゃあ、そこいらのセクハラ親父だぞ!


「キス?うん、あるよ」


 !!


「へ、へえ・・・な、なあんだ(へっへー!残念だったな真中!)それってこれまでに付き合った元カレかなっ?」


 佐藤め・・・なんだ、その『かなっ?』てのは。


「ううん。違うよ。真中くんとだよ」

「えっ!?」

「えっ!?」


 幸田さん?なんだ、それ!?


「ちょ・・・幸田さん。僕と、って・・・いつ?」

「ほら・・・覚えてない?わたしが転校しちゃう前の日」

「なになになに。こ、幸田さん、もしかして真中と別れの思い出に、とか・・・?」

「ううん。無理やりだったの」

「なっ!?ま、真中っ!み、見損なったよっ!あろうことか小学生の純真な幸田さんに無理やりキスだなんて!」

「さ、佐藤!誤解だ。そんなはずはない!」

「うん。真中くんは無理矢理そんなことしないよ。クラスの全員からわたしたち2人が無理矢理させられたの」

「えっ・・・・・・」


 ああ・・・思い出した。

 思い出してしまった。


「・・・つまり、幸田さんが真中を庇ったら、クラス全員から2人が押さえ込まれて無理矢理キスさせられた、ってこと?」

「ええ。転校する前になんとか真中くんのいじめをやめてもらえたらいいな、って思ったからHRで転校の挨拶する時に担任の先生の前で、もう真中くんをいじめるのはやめてあげて、って言ったの。結局いじめを先生に暴露するみたいな感じになってクラス全員で反省会させられてね。放課後、教室の後ろの窓際に女子と男子の全員から押し込められて、カーテンにわたしたち2人ぐるぐる巻きにされてね・・・初めてだったわ」

「・・・・・」

「キス、したの。それ以来、誰ともキスしてない。生まれて初めてでたった一回だけのキスが真中くんなのよ、佐藤さん」

「うう・・・・・」

「真中くんは?そのあとは?」

「ご、ごめん!幸田さん!」

「佐藤さん?どうして佐藤さんが謝るの?」

「昨日、真中に、わたしの方から不意打ちでキスしたんだ!」

「あら・・・そうなの?」

「ごめん!ほんとうに、ごめん!」

「そう・・・でも、無理矢理じゃないんでしょ?押さえつけたりして」

「そ、そんなんじゃないけど・・・」

「佐藤さんは、初めてだったの?」

「う、うん・・・」

「そう。よかったね、佐藤さん」


 ああ。

 幸田さんの、完全勝利だ。

 佐藤に対しても、僕に対しても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る