絵に描くようにフォローバック

 今朝、新しいイラストをアップした。

 仕事の帰り道に月を見上げたらマンションのベランダに並んで同じ月を見上げていた若い夫婦だろうか、その男女のシルエット。それを描いた。

 その絵にコメントが入った。


 Happy: Midさん、明日デートしませんか?待ち合わせ場所は神保町のシナリオ専門の古書店で。時刻は11:00でどうですか?

 Mid: いいですよ。じゃあ、明日その時刻に。

 Sugar: わたしも行くっ!


 そしてまた僕のアカウントのフォロワーが増える。


「お待たせしましたー、幸田こうださん」

「おはよう、佐藤さとうさん」

「幸田さん、ごめんね。ついてくるもんだから」

真中まなか、黙れっ!」


 このパターンを一体何度繰り返したろうか。

 DMは密室みたいで嫌だというから僕のアカウントをまるでLINEのグループみたいにして3人で使っている。そしてこのやりとりが重ねられるごとに僕のアカウントのフォロワーが加速度的に増加しているのだ。

 明らかに僕のイラストには興味のない人たちも多いんだろうけど。


「佐藤。あの人この間も見なかったっけ?」

「うん・・・何歳だろ?髪の毛がちょっと薄いけどおじさんと呼ぶにはまだ若いよね」

「真中くん、あのおじいさんもいたよね」

「そうだね。まあ、なにか僕たちに危害を加える風もなさそうだし・・・」


 SNSのリプライを見て、僕たちのトリプル・デートに毎回フォロワーが出没するのだ。

 いや、ストーカーと言ったほうがいいのだろうか。


「じゃあ、今日はあそこで」


 神保町は喫茶店やカレー屋さんの密集地帯だけど僕たちの目的は中華料理屋さんだ。それも土曜日でもランチバイキングをやっている希有な店だ。

 それはオフィスビルの二階フロアを全部使って展開されている。


「真中くん、満員だね」

「うん。予約入れといて正解だったね」

「真中、アンタの食とか文化活動全般に関するこういうアレンジ能力にはわたしも感服するよ」

「佐藤。ちゃんとそれを仕事にも生かしてるだろ?」

「あ・・・あの人たち・・・」


 さっきのフォロワー2人もこの店にやってきた。そして、ご丁寧に予約してるようだ。


「あっ。あの2人、相席になったよ」

「そりゃそうだよね。おひとり様で予約なんてそうそうないだろうから」


 でも、僕は男2人よりも、もうひとり見覚えのある顔に目が行った。


「彼女・・・やっぱり、前もいたよな」


 僕の呟きに幸田さんが応じる。


「ええ・・・確か、池袋の文芸坐に行った時に」

「そういえば。あんな若い子がゴダールの映画観にくるなんて、どういうこと?って思ったもんね」


 佐藤も覚えていた。

 その女の子は長身で間違いなく美形。

 背格好から高校生なんだろうが、見ようによっては中学3年生ぐらいにも見える。なぜかというと、稚拙、と言っていいぐらいに幼い服装だからだ。


「あっ。かわいそうに・・・」


 佐藤がそう言ったのはなぜかというと、その女の子が結局フォロワーの男性2人と3人がけのテーブルに相席にされてしまったからだ。おそらくおひとりさまで予約までしてこの店に来たのはこの3人だけだろうから致し方ないことではあろうけど。


「ふう・・・中華、最高!」

「ええ・・・この値段でこんなに美味しいなんて。真中くん、いいお店見つけてくれてありがとう」

「いやいや。幸田さんは中華、好きかい?」

「はい!わたしは好き好き!」

「佐藤は雑食だろう」

「ひー、真中、セクハラ!」


 僕たちのテーブルのわやわやにかのフォロワー三人衆はそれぞれチラチラ視線を送ってくる。そして食の嗜好が3人とも当然ながらにバラバラだ。


「えーと。年齢不詳親父はガッツリXO醬から麻婆からエビチリからオールOK。おじいさんは天心中心に量より質か。女の子は杏仁豆腐とウーロン茶を無限ループだね」

「そういう佐藤は肉まん何個目だよ」

「う、うっさいわね!でも、幸田さん少食だね」

「ダイエットしてるの」

「なっ!?」


 そう一言発したあと、佐藤は『筋トレは報われる、筋トレは報われる』と念仏のように唱え続けた。


「ようし。ご挨拶してくるかな」


 僕がそう言ってテーブルを立つと、佐藤も幸田さんも軽く驚いた。

 えっ、真中が?という表情がありありと見えたけど、僕は2人を置いてフォロワーたちのテーブルに向かった。


「こんにちは、Midです。いつもお世話になっています」


 ハンドルネームを名乗ると見上げていた3人は一斉にうつむいた。


 きっと、みんないいひとたちだ。


 僕は最初に佐藤が失礼なことを言ってた男性に声をかけた。


「Teruさんでしょう?いつも満面の笑みの顔文字で応援ありがとうございます」

「いや・・・どうも。初めまして・・・いやいや・・・」


 はにかんでくれてる。

 次におじいさんに声を掛ける。


「Ageさんですよね。そのお年でSNSを使いこなしておられること、とても尊敬します」

「いやあ・・・私なぞ見様見真似で」


 最後に、女の子だ。


「Girlさんですよね。いつも僕の絵に真摯なコメントをありがとう」

「あ、あのっ。わたしMidさんのイラストがほんとうに好きで・・・暖かくて優しくて、だから・・・」


 なんだろう。

 感動するぐらいに嬉しいな。


「よろしかったらご一緒しませんか」


 僕たちのテーブルに3人をお招きして食事を共にした。


「Teruさん、意外と若い〜」

「いやあ、Sugarさんみたいに魅力的な女性にそう言われると、照れますなあ」

「Ageさんは独学でSNSを勉強されたんですか?」

「はは。Happyさん、学ぶなんて大袈裟な。孫に教えて貰ったんですよ」

「Girlちゃんも絵を描くの?」

「は、はい!Midさんみたいにうまくないから恥ずかしくて上げたことはないですけど」

「そう。今度アップしてみて。キミのアカウントに観に行くから」

「は、はいっ。がんばります」


 お互いの本名や経歴なんかは明かさないけど。

 こうして僕たちはリアルでも友達になった。

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