絵に描くようにお嬢様

 できれば会わないように、会わないようにと願っていたが、叶わなかった。


「あっ」

「あっ♡」


 僕・佐藤さとうのコンビとその女の子が声を上げたのが同時だった。



「Midさん!♡」

「こ、こんにちは・・・Girlちゃん」

「Girlちゃん?」


 彼女の隣にいる女子生徒が驚いた顔をする。驚いてはいるのだけど、全然仕草が崩れないところが佐藤の言う『お嬢様学校かつ偏差値最上級』の所以なのだろう。Girlちゃんは隣の女子にこう紹介しようとした。


「この方はわたしがとても尊敬する男性なんです。Mi・・・」

「わーわーわー!」


 遮ったのは佐藤だった。

 ヒソヒソとGirlちゃんの耳元で囁く。


『Girlちゃん。ハンドルネームと顔を一致させていいのはわたしたちの仲間ウチだけでだよ。他の人に教えちゃだめ』

『でもSugarさん。わたし、Midさんの本名もSugarさんの本名も存じ上げませんわ』

『おじさん、でいいのよ』


 Girlちゃんが仕切り直す。


「この方はわたしがとても尊敬するおじさまですわ。そしてこちらの方はおじさまと同じ仕事をしておられるおばさまですわ」

「おっ、おばさま!?」


 自業自得だ、佐藤。


 Girlちゃんが理科の実験室まで案内してくれた。


「あら、み・・・」

「せっ、先生っ!」


 なんだかよくわからないがGirlちゃんが白衣を着けた先生を遮った。


「先生。わたし実はハンドルネームでこの方たちとやりとりしておりますの。本名を明かすわけにはいきませんのよ。こちらの男性は『おじさま』、女性は『おばさま』ですわ」

「あら。じゃあ、あなたのことはなんと?」

「ええと・・・『女学生』?」

「ぷ、ぶわははははっ!それじゃあレトロな活動写真じゃない。ええと、あなたたちは溶剤の業者さんね?」

「はい、さ・・・」

「本名なんていいからいいから!どうせ仕事するなら楽しくね。私もハンドルネームで名乗るからこの4人は全員ハンドルネームで呼び合いましょう?」


 厄介なことになった。

 実はGirlちゃんが通うこの冷泉れいせん女学館は幼小中高大一環の超お嬢様女学校で偏差値も最上級。そしてGirlちゃんが所属する高等部はいわゆるスーパー・サイエンス・ハイスクールに選定されていて女子高ながら理系の実験にとても注力しているのだ。そして今月から授業の実験用にウチの会社が扱う溶剤だけでなく、周辺の実験機器もウチを通してメンテナンス等を行う包括契約を結んだばかりなのだ。


 そして、今目の前にいるこの白衣の女性が、冷泉女学館・中高等部の実習統括教諭なのだ。


 その僕たちの営業実績を左右する方が『ハンドルネーム』で呼び合おうと提案してきている。

 さあ、どうしたものか・・・


「先生!素晴らしいお考えですっ!」

「おお、同意してくれてありがとう。じゃあ、それぞれ名乗って?」

「はい!Girlです!」

「Sugarです・・・」

「Mid・・・です」

「GirlちゃんにSugarさんにMidさんね。では、私は・・・」


 なんだ・・・?


「Evil King よっ!」

「Evil King?」

「『魔王』よっ!」


 ああ・・・

 仕事だ。

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