絵に描くように年末を
実家へ帰るか否か。
それが問題だ。
Happy: Midさん。わたしは年末年始実家に帰ります。しばらくお会いできなくなるので一緒にお食事でもいかがですか?
Mid: いいですね。ただ、またストーキングする方たちが居るかもしれませんよ
Happy: それはそれで楽しいですよ
おおらかだなあ、幸田さんは。
でも、このツイートに誰も割り込んで来ないことが非常に不気味だ。佐藤はもちろんだけどGirlちゃんも意外に積極的な一面があったし。Evilさんなど幸・不幸問わずイベントには意地でも参加しないといられない性分みたいなのに。
「うーむ。混んでるねえ」
「さすが特別食堂ですね」
がくっ、と来た。日本橋のデパートのいわゆる大食堂だがグレードの高いそのレストランで順番に並んでいたのがEvilさんとTeruさんだったのだ。
「あの・・・」
「やあ、偶然だな、Midさん!」
白々しい・・・
「あ、あのっ」
「わっ!」
Girlちゃんが僕のシャツの袖を掴んだ。
「Midさん、Happyさんとデートですか?ぐ、偶然ですね・・・その。あの。負けませんので・・・」
「ええ、その意気よ」
Girlちゃんも幸田さんもセリフがおかしい。よく見たらAgeさんも待合ラウンジで新聞を読んでるし。でも、肝心のアイツが居ないなあ。
「Midさん。Sugarちゃんを探しているんだな?」
「えっ、いやあ・・・そんなことないですよEvilさん。アイツとは毎日顔合わせてますから」
「でも
佐藤が居ないのは確かになんだか変な感じだがとにかく僕たちはこの特別食堂の昼御膳を堪能した。値段はもちろんそれなりだけど、綺麗な服を着てお出かけするという感覚を存分に味わった。
「Midさん、皆さん、よかったら地下の食品売り場に寄りませんか?」
おせち、まではいかないが年末に向けて保存の効く惣菜をある程度作っておきたいそうだ。普段は近所のスーパーで買い出しして作り置き惣菜を調理してるそうなのだが、年末は自分へのご褒美も兼ねて少し贅沢な食材を使ってその作業をしたいそうだ。
「さすが師走。食品売り場も混んでますねー」
「Happyちゃんは得意料理は?」
「筑前煮とかですね。地味なお惣菜であれなんですけど。Evil Kingさんは?」
「冷やっこ」
ゾロゾロと集団で地下を歩く。手に入りにくいブランドのオリーブオイルやアクセサリーのような香辛料の瓶が並べられた棚やお弁当売り場、惣菜売り場を物色した。幸田さんも他のメンバーたちも思い思いの食材を買い進めながらいつの間にか和菓子のエリアに来ていた。
「あれ?」
なんだかその風景に違和感を覚える僕。いやむしろ違和感というよりもこの贅沢な非日常の場に突如ズブズブの日常がねじ込まれたような感覚を味わった。原因はすぐに分かった。
「Sugar!」
「Mid!」
佐藤が時代劇に出てくる小娘みたいな黄色にオレンジの格子が入った生地の着物を着て、短い髪をアップにして立っていた。
「なにしてんだ」
「なにしてんのよ」
会話にならない。幸田さんが動いた。
「Sugarさん。この老舗の和菓子屋さんと何かご縁が?」
「うん。叔母さんがずっと前から勤めてるんだけど年末で人手が足りないから売り子を頼まれて」
「そう。わたしここのみたらし団子が大好きなの。黒糖の甘〜い蜜がヒタヒタにかけてあって」
「あ、ほんと?じゃあもしよかったら是非」
「ええ。買わせていただくね」
「おいSugar」
「なによ、Mid」
「謀ってるんじゃないだろうな」
「ったく!謀るんだったらわたしだって食堂の方に行くよ!ほんとにほんとに働いてんだから。あっ」
「なんだ」
「Mid・・・もしかしたらこれってウチの副業禁止規定にひっかかるかもしれないから
「わかったよ」
しかしまさしく小娘ルックだな、佐藤の奴。
ちょっと、かわいいかもな・・・
「Happyさんはいつ実家へ?」
「仕事納めの夕方そのまま直行しようかと。Midさんは実家へは?」
「どうしようかなあ・・・」
「こらMid」
「なんだよSugar」
「わたしは帰省できないんだ」
「なんで」
「お金がないのさっ!」
まああけすけだがウチの給料ならばそれも分かる。毎度月末になると僕たちは綱渡りの資金繰りをしながら給料日まで凌ぐ。いっときウチの会社の資金繰りが本当にキツくて社長から給与振り込みを一日だけ待ってくれと言われたときにはそれだけで全社員がローンやら飲み屋のツケやらありとあらゆる関係者に一斉に電話をかけまくっていたほどだ。
「Sugarはどうして欲しいんだ」
「一緒に居て」
字面だけ聞けばストレートな恋の告白のようでEvilさんもはやし立てる。
「おおっ!不可抗力でSugarちゃんが一歩リードか!?」
僕はそれを無視して佐藤に言う。
「悪いな、Sugar。年末年始ずっと、ってわけにはいかない。今年は9連休だから正月三が日を過ぎたら何日か帰省する」
「?なんか意味深だね」
「やることがあるのさ」
「ふうん」
僕も本当は帰省の交通費を節約したいところだけどどうしてもあまりいい思い出のない故郷の、けれども行ってみたい場所があるからさ。
「じゃ、じゃあ少なくとも三が日までは東京に居るんだね」
「ああ」
「じゃ、じゃあさ、わたしが年越し蕎麦とかおせちとか作りに行ってあげるよ!」
「えっ・・・」
どうしよう。幸田さんの手前、当然断った方がいいんだろうな。
「わあ。Sugarさん、ありがとう。Midさんをよろしくね」
けど幸田さんがこう言った。あまりにも長閑な発言に周囲も若干驚いた。だけど一番驚いたのは佐藤だった。
「ちょちょちょ!は、Happyさん?あなた、それって余裕で言ってるの?あなたがいない間にわたしとMidがどうにかなっちゃうとか思わないの?」
「え。どうして?」
「どうしてって・・・」
「だって、わたしとMidさんは恋人同士だから。それは変わらないから」
佐藤がまるで絵に描いたように額から冷や汗を流してる。天然なだけじゃない、ある意味勝利宣言と呼べるような物言いをした幸田さんに底知れぬ恐怖を感じているようだ。
「あ、あのっ!」
Girlちゃんがまるで背伸びをするみたいにして全身から振り絞った声を出した。
「わ、わたしも行きます!Midさんのおうちへ、お料理作りに!」
「え、え?ちょ、ちょ、Girlちゃんまで・・・」
「Sugarさん、わたしも、行きますから!」
「は、はい・・・」
恐ろしい。僕はこういう状況を喜べばいいのかどうか。最後に幸田さんがトドメの一言で女子二人に釘を刺した。
「Girlちゃん。連絡は必ずMidさんのアカウントを通じて取ってね」
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