絵に描くようにメンバー紹介

 就職して二年。

 ついこの間まで佐藤と二人きりでこの東京と社会の荒波をくぐっている感覚だったけど、ここへ来て一気に役者が揃ったような感がある。


 以下、ハンドルネームを羅列する。敬称略。


 Mid、Happy、Sugar、Girl、Evil King、Teru、Age


 まるでハードコア・パンク・バンドのメンバー表だ。


「異常も積み重ねれば日常になるのよ」


 名言だ。さすがEvilさん。あ。Evil Kingさんだと言いづらいからEvilさん、ってみんな呼んでる。ただしこれだと『魔王さん』でなく『邪悪さん』だけど本人も気にしてない。


 こういう状況の中、またもや幸田こうださんがデートの予定をぶっ込んできた。


 Happy: Midさん、’Dix went to marginal city’のライブに行きませんか?


 Dix went to marginal cityって、誰だ?


真中まなかくん、こういうの平気だった?」

「ごめん、幸田さん。いくら検索しても全くカスらなかった。事前情報ゼロだからいいも悪いも分からない」

「わたしは知ってるよ」

「わ。佐藤さん、ほんと!?」

「ええ、幸田さんもやるもんだね。アンダーグラウンドの音楽シーンでDix went to marginal cityを知らないなんてモグリよっ!」


 アンダーグラウンドがモグリって意味じゃないのか。


「よっ!」

「あれっ?Evilさん!?」

「・・・こんばんは」

「Sugarちゃんも!」

「いやー。どうしてもSugarちゃんがこのライブ観たいっていうからさー。まあ、教師としては随伴せねばなるまい?」

「えっ・・・あの、先生なんですか?」

「なにおう?」


 幸田さんが疑問に思うのも無理はない。

 Evilさんは頭に鋲入りのレザーの将校帽を被っている。

 リップは黒。しかもツヤ消しの。

 首にはやはり鋲入りのレザーチョーカー。

 ボンデージのようなスリムなレザージャケット。

 スリムを通り越してピンのようなレザーパンツ。

 レザーブーツ。

 オール・ブラック。


 この過激をウリとするらしいライブハウスでも浮いてる。


「へえ。MidさんとHappyさんは恋人同士なのね?で?Sugarさんはどういう立ち位置?」


 更にサングラスを装着しながらEvilさんは佐藤に問うた。


超・恋人Hyper-Loverですっ!」

「はあ・・・パンクのライブだからってなんでもアリじゃないわよ」


 説得力は皆無だと僕も思うけれども佐藤はよく我慢した。その代わりボーイに叩きつけるようにオーダーする。


「生ジョッキ!」

「すいません、居酒屋じゃないんで」


 一応テーブル席になってて、よく考えたら男が僕ひとりだということに今更ながらに気が付いた。


「Midさん、飲み物のお代わり、言ってくださいね」


 そう言うGirlちゃんはEvilさんのどぎつさに霞んで気が付かなかったけど、かなりディテールにこだわったファッションだった。


「へえ・・・緑とピンクのベレーにピンクのフレームのグラス。それってリップつけてるの?」

「はい、薄く、ですけど」


 幸田さんに訊かれてGirlちゃんはリップと同じぐらいに頬を染めた。


「リボンみたいなピンクのチョーカーに白に近い、そうね、ソメイヨシノみたいな色のブラウス。スカートの下のタイツも淡いピンク。足元はコンバースの赤」

「はい・・・母がコーディネートしてくれたんです」

「お母さんが?」

「はい・・・母はわたしなんかよりよっぽどオシャレに詳しくて」


 僕もイラストを描く資料として街を歩く時に女の子のファッションを意識してチェックしているけど、こういうセンスのお母さんだとしたらかなり興味がある。

 いや、当然もう人生経験なんか僕よりはるか上の大先輩だろうけど。


「若いんだね、Girlちゃんのお母さんって」

「はい。30歳です」


 ぶふっ!、と僕、幸田さん、佐藤が飲み物を吹き出しそうになる。


「さ、30!」

「あ、もう少しで31になりますけど。16歳の時にわたしを産んだそうなので」


 Evilさんがニヤリとした。


「ははは。みんな常識に囚われすぎ」


 バンドがステージに出てきた。全員、黒のスーツに細いタイを締めていてとてもシックだ。ああ、思ったよりも常識的なファッションなので少し安心した。

 と思ったら僕の隣の席が、ガタアッ、と音をたてて倒れ、会場をつんざく声が響き渡った。


「Dix ! went ! to ! ma〜ginal city!!!!!!!」


 えっ。

 幸田さん!?

 なになになになに!?


「Happyさんに負けてらんない! Dix ! went ! to ! ma〜ginal city!!!!!!!」


 佐藤も立ち上がって拳を振り上げる。


 ステージ上の4人がいっせいにスーツを脱いだ。


 上半身裸。

 腹にバンド名の単語がひとつかふたつタトゥーに刻まれている。

 ヴォーカルが叫ぶ。


「Dixっ!」


 ギター。


「went toっ!」


 ベース。


「mar〜ginalっ!」


 ドラム。


「cityぃぃぃいいいいいっ!!!!」


 なんだよ、それは。


 演奏が始まった途端、ヴォーカルがよく分からない音を発した。


「Yeah-a-Oh!!!」

否応いやおう?」

「バカっ!」


 佐藤に叱られた。


「あーもう、最高っ!」

「ねえ、Happyさんは2ndの限定盤持ってるの?」

「ええ!Sugarさん、貸してあげようか?」

「是非っ!」


 ライブ終了後、Evilさんは向こうでバンドに囲まれて女王様扱いになってる。僕は思いがけずニコニコしているGirlちゃんに聞いてみた。


「Girlちゃん、楽しかった?」

「はい・・・」

「そっか。僕は『おじさん』だから疲れちゃった」

「そんな・・・Midさん、あの・・・」

「?なんだい?」

「わたしの服、どうですか?」

「え・・・うん、かわいいよ」

「そうですか!」

「Mid!」


 佐藤にこう呼ばれると自分までパンカーになった気分だ。


「なんだよSugar」

「全員で記念撮影よ。ほら」


 なるほど。


 実写をUPするわけにいかないからね。

 僕は描いた。

 それぞれのキャラデザインをしてこの5人での記念撮影をイラストに。


 Teru: もー、最高!!!

 Age: 青春ですな。


 すさまじい勢いで拡散された。

 この絵が僕の代表作、ってことになるらしい。

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