絵に描くように大阪へ
京都も好きだけど。
大阪はもっと好きだ。
「やあ。部長、元気そうだね」
「ニッシーこそ。院はどうだい?」
「まあまあだね。創りまくってるよ」
「いいなあ・・・」
ニッシーは高校の美術部で副部長だった。何を隠そう一年生から三年生までの全部員中男子はこのふたりだけだったから屋上でぼんやり雲を見たりなどという青春ぽいことは全部この二人でやった。そして未だに僕のことを部長と呼んでくれる。
ニッシーは大阪の芸術系の大学に見事合格し、今は大学院で東洋美術史を専攻している。東洋美術と大きくくくりながら専門は仏教美術史だ。なぜそこ?ということに関しては「競争率低いと思ったんだけどなあ・・・」ということを以前言っていた。
「で?部長はどこ行きたいの?」
「とりあえず通天閣」
改修されて見事にポップな観光スポットへと変貌した通天閣。ニッシーは自慢気に解説してくれる。
「僕は改修前に登ってみたかったな。古びた高校が学園祭のために突貫工事でデコレーションされて、デコに隠れた地肌のコンクリートなんかがさ、言いも知れぬNEO廃墟みたいなさ。それこそ大友克洋先生の『AKIRA』みたいなさ」
「それはかなり極端な見方じゃないか?NEO東京のことを言ってるつもりなんだろうけど、そもそも関西の雰囲気と東京の雰囲気とじゃ根本的に違うだろう」
「なに言ってんだよ部長。たとえば『おばさん』が割烹着でランチャーぶっ放す感覚をどう思うよ?戦車で木造モルタルのアパートを蹂躙しながら突き進む描写はむしろ大阪のその雰囲気の方が合うんじゃないのか?」
「大阪と言えばBLACK RAINだな」
「おお、さすが部長!松田優作兄キの遺作だもんな!」
「すごいよな。ガンに侵されながらリドリー・スコット監督の映画であれだけの存在感を見せつけるなんて。共演高倉健さんにマイケル・ダグラス氏にアンディ・ガルシア氏だぜ?日本の誇りだよ」
楽しい。
ニッシーとなら延々とこういう話ができる。
満員のエレベーターで観光客と共にビリケンさんにご挨拶をした。
降りてきて新世界のアーケードの近辺でお昼にした。
「おお。大阪」
「どうだい部長。粋だろう」
素晴らしいセンスだと思う。
僕とニッシーが入ったのはなんでもない定食屋。そこにあるメニューからニッシーが勧めてくれたのは『お好み焼き定食』
正に文字通りでデーン、とひとり一枚の皿にお好み焼きがのっかり、そして小鉢、味噌汁、それになんと当然のように白米が添えられているのだ。
「粉モノに白米とは・・・異次元の発想だな」
「いやいや部長。これこそノーマルさ」
腹ごしらえが済むと環状線で京セラドームへ移動した。
オレックスvsバク転のデーゲームを観るのだ。
「部長はどっちを応援する?」
「バク転かな。ピーくんの無敗のシーズンが子供心に鮮烈だった」
「よーし。僕は当然立場上オレックスで」
ほんとうのことを言うと二人とも野球にはそんなに詳しくない。むしろ運動が苦手で観るのも苦手でもっと言うとスポーツのできる人間に対するコンプレックスがものすごい人種だ。
それでもプロのプレーは素晴らしかった。
「観た!?部長!?なにあのスピード!」
「ほんとだな。もっと遅いのかと思ってた」
生で観るベースランニングはたとえ腰回りの肉付きがよい選手でも凄まじい速さだった。考えてみたらシーズンを通じて刹那のような瞬発力を出し続ける過酷なスポーツなのだから、基礎体力からして摂生とトレーニングによって築き上げられたものに間違いなかった。
「うおー、すげえすげえ」
オレックスのベテラン打者が三塁打を放って代走が入った途端に、バク転の外野手たちのキャッチボールの球速が増す。矢のようなというのが一般的な表現だろうが、彼らのその球は全く弧を描かずに、シーッ、ときれいな直線軌道で受け手に届く。
タッチアップを刺すぞ!という威嚇のキャッチボールだと思った。
そして結末は・・・
「行った!」
浅い打球をセンターが全力疾走で前進して捕球する、とそのままの慣性を彼は指先に伝えてバックホームした。
ほぼ完璧な送球。
クロスプレーとなる。
キャッチャーがグラブを高々と揚げ、アウトをアピールする。
「セーフ!セーフ!」
審判のコールと共に『なんだよー!?』というジェスチャーをするキャッチャー。そしてホーム・インした代走に突っかかる。
わあー、と両軍一斉にベンチを飛び出してきた。
手に思い思いの凶器を持っている。
「ちょちょ!ニッシー!こんなのダメだろう」
「大阪だからね。いいんじゃないの?」
そういうニッシーを観るとまるでプロレスのフォロワーか何かのように中指を突き立てるポーズを取っている。僕もニッシーも高校の頃はそういうキャラじゃなかったけど大阪の空気がそうさせるんだろうか。
『あーっと、これはなんとしたことか!まさかの
両軍の監督が即退場、まさかのノーゲームとなった。
「すごいもん見ちゃったね、部長」
「うん。こんなこと一生あるかないかだよほんとに」
ニッシーのアパートは地名が太子町という街で大学のほど近く。寝るだけの状態で戻った僕らはほんとに今時畳敷の4畳半の部屋で烏龍茶と焼酎とでゆったりと酔った。
「部長。すごいじゃない?イラストコンテストで大賞なんて」
「でも僕が美術部の時にやりたかったこととイコールではないんだよね・・・ニッシーが羨ましいよ。きっちりと絵のための大学に合格してそれを職業にするために大学院で研究してるんだから」
「でも創作家がそもそも研究なんて変だよね」
「うーん。そうかな・・・僕はニッシーのやってることは技術や創作論といったものを体系立てて捉えた上で、じゃあ自分はどういうスタイルを取るのかっていう将来に向けて後は進むだけだっていう潔さとか希望を感じるけどな」
「部長だけだよ、そんなこと言ってくれるのは」
ため息をつかれた。
実際には競争の世界なのだという。
描いて描いて描きまくって、宣伝して宣伝して宣伝しまくって・・・それで果たして何人の目に留まるか。
確かに僕は大阪へ来るずっと前・・・それこそ自分が美大に全て落ちてニッシーは受かったっていう知らせを聞いた時からニッシーのSNSアカウントをフォローしてて。
絵を前面に出したつぶやきだけじゃなくって、とてもネガティブな深く沈み込むようなコメントもたくさん目にした。励ましのリプライを入れることもあればあまりの彼の言葉の激しさに近寄ることもできずにただ『いいね』を押すことしかできなかった時期もあった。
「やせたね。ニッシー」
「部長は・・・顔つきがよくなったね」
「顔つき?」
「うん。柔和になったというか、懐が更に深くなったというか」
「ふ。人間関係に疲れて大阪に逃げて来たって感じなんだけどね」
酔いが回って気がつくと雑魚寝していた。
「部長。起きて」
「うう・・・ん?あ。朝だね。おはよう」
「おはよう。部長、あのさ」
「うん」
「ウチの大学見て回ってみる?」
「え」
叶わなかった芸術のキャンパス。
憧れというよりは恨む気持ちを持ちがちなその大学。
でも僕はニッシーに頼んだ。
「行きたい」
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