絵に描くように愛し合えっ!(by Sugar)
小学生の頃、僕がもしいじめに遭っていなかったら、
告白して転校先を聞いてLINEかなんかで連絡を取り合って。
幸田さんが進学した大学はやっぱり東京の大学の薬学部だったから学生の間もふたりで楽しく、励ましあいながら勉強や将来のことについて語り合ったかもしれない。
そしてもしかしたらもう結婚していたかもしれない。
愛し合って、ふたりの子供を授かって・・・
「
「なんだ
「愛し合ってるかーい!?」
「・・・なんだそれ」
「RCサクセションを知らないのかい?『愛してまーす!』」
「だからなんだ」
「わたしはGirlちゃんがかわいいんだよ」
「・・・ああ。確かに彼女は素晴らしい若者だ」
「はっ!『若者』だぁ?嫉妬してるくせに」
「ああ。羨んでるよ。Girlちゃんの才能を」
「だから応援できないと?」
「なんだと?」
営業途中で昼食を採っている喫茶店でいつになく僕は大きな声を出した。常連とまではいかないが顔と雰囲気は覚えてくれていたのだろう。マスターご夫妻が少し心配そうな顔を僕らのテーブルに向けてきた。
自制して声を落としたが、僕は佐藤に対して真剣に腹を立てたことは一度もなかった。なぜなら佐藤だ。どこまで行っても僕の本気の怒りに足る対象じゃないと思ってた。
でも、今は僕の自尊心が傷つこうとも言わずにはいられなかった。
「嫉妬があったら確かに目が曇る。だけど僕には物の本質を見抜く力があると自分で思ってる。思ってるし、『絵』というものにだけは嘘はつけない。だから、灯台描きの彼の絵を愛した」
「なら、Girlちゃんを引き上げて」
「引き上げる?」
「仲間先生に紹介して」
そういうことか。
でも。
「それはGirlちゃんの望みなのかな。Girlちゃんは聡明で化学部で料理がとても上手で」
「おまけに美人で性格もいい」
「・・・仲間先生に引き合わせるってことは絵をなんらかの形で職業のレベルで描いていくためだろう。Girlちゃんはそんなことを望んでるのかな」
「じゃあ真中。どうしてGirlちゃんは真中の絵のアカウントをフォローしてたの?」
「それは・・・」
「真中。自分の都合のいいように考えるもんじゃないよ」
有無を言えなかった。佐藤なのにほんとのことを言ってるから。
いや、佐藤はずっと前からこうだったんだ。
ほんとうは。
「仲間先生。Girlちゃんです」
「こんにちは。Girlと申します。ハンドルネームで申し訳ありません・・・お忙しいところお会いくださってありがとうございます」
「こんにちは。絵を拝見しました。お会いできるのを楽しみにしていましたよ」
仲間先生は自分が代表取締役を務めるデザイン事務所の本社で僕たちと会ってくれた。スタッフさんたちが作業をするスタジオには静かな音量で古いロックナンバーが流れている。
Girlちゃんは素直に感想を口にした。
「素敵です・・・こんな所で絵を描いてみたいです・・・」
「貴女は、プロになりたい?」
「・・・できるものなら」
軽い、衝撃だった。
だけど、仲間先生の反応も僕にはショックだった。
「ご両親はそれをお許しに?」
「まだ話していません。でも多分許してくれると思います」
「ほう」
「母はいつも言います。『本当に心からやりたいことをするのよ』と。彼女はそういう時に16歳でわたしを産んだことを話します」
「なるほど」
「彼女は本当に自分から望んで16でわたしを産んだんだと。心からわたしの誕生を望み、それが自分のやりたかったことなんだと」
「素晴らしいお母さんですね。分かりました」
仲間先生が決断した。
「週1日か2日、学校が終わった後でここにおいでなさい。プロとして絵を描くウチのスタッフと一緒にデザインの仕事を学んでください。アルバイト代もできる限りの額をお支払いします」
「あ、ありがとうございます!」
「Midさん」
「はい」
つらいな。
「Midさんも受賞した後、ここに所属できないかとおっしゃり、わたしはお断りしました」
Girlちゃんが、えっ、という目で僕を見る。
「仲間先生。僕は十分認識しています」
つらかったけど、僕はGirlちゃんの前で自分自身の口で言った。。
「専業は難しいと、自覚はしています」
「Midさん。あなたの絵も素晴らしい。わたしに無い才能を持っておられます。ただ、リスクの比較衡量の問題だけの話です。もし仕事を辞めずに絵を描き続ける選択ができるのであれば、その方が望ましい、というだけの意味です」
「わ、わたし・・・」
僕は、まずはGirlちゃんに対しての責任を果たす。
「Girlちゃん。これは僕の選択であり決断だ。僕は仕事をしながら描くという選択を、自らしたんだから」
「・・・はい」
帰り道、僕はGirlちゃんをお茶に誘った。
デート、なんだろうな、これは。
「いつから絵を描いていたの?」
「・・・小学校の低学年からです。最初はテレビで観ていたアニメの絵を。それから友達から借りた少女漫画の絵を」
「そう・・・」
「Midさん。わたし、Midさんの絵にやっぱり憧れます。それから、Midさんのこと、ほんとうに好きです」
「返事をするよ」
Girlちゃんの表情が止まる。
僕もできるだけ感情を表情に出さないように答えた。
「恋愛の対象としてはGirlちゃんを見ることができない」
「・・・それは、年齢が関係ありますか?」
「ない」
「嘘、です」
「嘘じゃない。現に僕はキミを仲間先生に引き合わせた。年齢など関係なくキミの才能を尊敬している」
「じゃあ・・・HappyさんかSugarさんかが好きなんですね・・・どちらですか?」
僕がじっと黙っていると、彼女は自分で答えを出した。
「すみませんでした。それはわたしにお訊きする権利のない事柄でした」
「Girlちゃん。ものすごく勝手なことかもしれないけど」
「はい」
「これからも、仲良くして欲しい」
「・・・もちろんです」
「僕には絵を描く同志としてのキミが必要だ。キミの絵はキミの全人格を表しているんだと思う。Girlちゃん」
「はい」
「キミは素晴らしい女性だ」
僕が顔を赤らめながらそう口にすると、彼女はこう言ってにこりと笑った。
「嬉しい」
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