絵に描くように大晦日

「あー、つまらんつまらん。つまらん大晦日だ」

「心静かに今年を反省したらどうだ」

「いやだよ」


 不思議なもので日が高いと不穏な考えも男女の間に起こらぬものと見た。あれだけ男の部屋への初訪問を恥じらっていた佐藤さとうが今は僕の部屋でダラダラとテレビのニュースダイジェストを観ながら素足を晒して足の爪すら切り始めた。


「どう?真中まなか?」

「なにが」

「わたしの爪を切るこの感じ、結構エロティックじゃない?」

「ジムで肉離れ起こしかけてた時と大して変わらん」


 僕と佐藤のスマホが同時に振動する。


 Happy: Midさん、Sugarさん、ちゃんとごはん食べてますか?東京も今夜は雪の大晦日みたいですから初詣など行かれる時は暖かくしてくださいね


「うーむむむ。相変わらず幸田こうださん余裕のコメントね・・・ならば、えいっ」


 Sugar: 年の瀬の心静かなひととき・・・今年も穏やかでしとやかな日々でした・・・

 Mid: ぐでーん、と惰眠を貪っていたのは一体誰だ


「なにすんのよ真中っ!」

「真実を伝えるのさ」


 お。次々入る。


 Age: 少し早いですが今年もありがとうございました。よいお年を

 Teru: 今年は色んなイベント楽しかったですー。来年もよろしくお願いしまーす


 あれ?誰だ?連打みたいいにブルブルするぞ?


 Evil King: やばーい!振袖洗濯機に入れちゃったー!

 Evil King: どうしよー、ミンクのマフラーアイロンで焦がしちゃったー!

 Evil King: うぇーい!今夜はオールでカウントダウンで弾けるぞー!

 Evil King: あ・・・い、いつの間にワイン5本も・・・


 そして最後に思わぬキャラから思わぬコメントが入った。


 Girl: MidさんとSugarさんは帰省されないんですよね。もし宜しかったらわたしの家でお蕎麦でもいかがですか?


 そして僕と佐藤はノコノコと原宿のGirlちゃんの家まで本当にやって来てしまったのだ。


「す、すごい・・・原宿のほんとに一軒家だ・・・」

「佐藤。表札見るなよ」

「う、うん、わかった」


 一応掟としてね。


 しかしどうやって入ればいいんだ。

 インターフォンもなにもないのだが。


「真中真中、これ」

「おっ」


『ご用の方はガレージ脇の運転手詰所にお声がけください』


「すごすぎる・・・」

「えーと。こっちか」


 僕と佐藤とふたりしてかなり古いモデルだが白のアウディA4とワインレッドのベンツが格納されているガレージの横にいる老紳士に声をかける。彼はブラウンのジャケットを羽織り羽箒でベンツのボンネットを払っていた。


「あの・・・Girlさんにお会いしたいのですが・・・」

「あ。Sugar様、ですか?」

「は、はい」

「そちらはMid様ですね?」

「そうです」

「Girlお嬢様から聞いております。今日はようこそ寒い中当家へお越しくださいました。わたくし執事の根本でございます」


 生まれて初めてホンモノの執事というものを見た。そしてかの執事の根本さんに案内されて玄関から家の中に入る。木材も古いが時を経るごとに年季が入って重厚さを増していくような見事な木材が使われている。


「でも、さすがGirlちゃんだねー。ちゃあんとゲームみたいに段取りしてくれてるんだ」

「Sugarだとこうはいかんだろうな」


 根本さんが日本庭園脇の廊下を先導してくれて突き当たりの、ここだけは洋風のドアできちんと施錠できるらしい部屋をノックする。


「はい」

「Girlお嬢様、お友達がお見えになられました」

「ありがとうございます根本さん。ただ今参ります」


 カチャ、とドアを開けて出てきたGirlちゃんを見て佐藤も僕も、ほうっ、とため息をついた。


「すみません、家着で」

「いえ」


 家着とはいいながら華やかさや清廉さは隠しようがなかった。もはやトラッドと言っていいような白のストレートなソックスにスカートはウールで赤と緑のチェック。やや厚手の白のブラウスで襟も袖も軽いフリル。そしてクリーム色のベストで体幹部を温めていた。それから、もう1アイテム。


「寒がりなので。これは欠かせないんです」


 両手で使い捨てカイロを胸に抱くように握っていた。

 庶民感とセレブ感とが絶妙で、誰からも好かれる女の子、絵に描いたような少女像がそこにあった。

 いや、絵に描いたようなで終わってたら勿体無い。是非描いておきたい。

 思わずそう思ってしまうような存在感だった。


「父と母が是非挨拶したいと申していますので」

「GirlちゃんGirlちゃん」

「なんですか?Sugarさん」

「わたしらみたいな得体の知れない人間を家に上げて大丈夫なの?」

「え。わたしのお友達ですと言ったら是非ご招待なさいと言われましたけど」


 どうやらGirlちゃんはご両親から絶対の信頼を得ているようだ。

 リビングでカジュアルな洋服でくつろぐご両親。

 もちろんお二方とも若いのだが30歳という年齢を聞いていた通り、お母さんはまるでGirlちゃんの姉に見える。敢えてやや幼い服を楽しんで着こなしているようにも思えた。


「ええと、本名を言ってはいけないんでしたね。ウチの娘、Girlがいつもお世話になっております」

「いえいえいえ。こちらこそお世話になっております」

「ええと。Sugarさんですね?」

「は、はいっ。Sugarでございます。以後お見知り置きくださりますよう畏み畏み申し上げます」


 佐藤はこれでも最大限に気を遣ってるんだろうな。慣れない対応して挙動と言葉遣いがかなり不審になってるけど。


「それで、あなたがMidさんですね?」

「はい。Midと申します」

「うん。うん。Girlから話はよく聞いてますよ」

「あっ。そうですか・・・」

「とても誠実な男性だと」

「いえ・・・恐れ入ります」

「それから男性として魅力を感じると」

「お、お母さま!」

「いいじゃないの。こういうことはストレートにお伝えしないと」

「恐縮です」

「Midさん。Girlは一途で思い込みの激しい部分がありますからご迷惑なアプローチがあったら遠慮なく振ってやってくださいね」

「・・・・・・」


 Girlちゃんがみるみる目に涙を溜めて僕の方を見てくる。この母親、若いが相当色んな困苦をくぐってきてるな。さりげなく自分の娘に関する全権を掌握してる。


「さ、わたしたちと一緒だと気詰まりでしょう。Girl。のホームグラウンドでもてなして差し上げなさい」

「はい」


 台所に案内された。質素だがオープンキッチンになってて道具も使い込んだプロのものという雰囲気が漂っていた。

 そしてそこに、噂の『ばあや』が立っていた。


「カノさん。こちらMidさんとSugarさんです」

「まあまあ。ようこそいらっしゃいました。さ、食卓で失礼ですがおかけになってください」

「失礼します」


 カノさんと呼ばれたその女性が『ばあや』だった。Girlちゃんの世代からしたら間違いなく祖母に該当する年齢なのだろうが見た目は意外と若い印象を受ける。そして和服だろうなと思っていたが意外にも洋服で上などは濃いオレンジのカーディガンという華やかさ。

 品があり、年齢という制約はあるものの美しい女性だった。僕たちは自然と『カノさん』と呼んだ。


 普段ここでご飯を食べているんだろう。テーブルには佃煮や鰹節を炒ってゴマをふった自家製のふりかけが小鉢に入れて置かれており、木製のスプーンが添えられていた。


 3人で食卓に座り、カノさんの作る蕎麦を待つ。さぞや凝ったものが出てくるかと思いきや・・・


「はい、みなさんお待ちどおさまです。にしんそば風の昆布巻きそばですよ」

「昆布巻きそば?」

「なるほど。合理的だし美味しそうだ」


 僕は思わず唸った。

 おせち用に作ってあった昆布巻きの切れ端の部分を出汁の一部として湯にさらし、甘みを取り除いている。多少巻いた昆布はほぐれてしまうが芯に入っているにしんがちょうどいい大きさでかけ蕎麦の上に乗っており、小憎いことにやはりおせち用に使っていた柚子の皮の余りを、ちょちょい、とふりかけてある。刻みネギはたっぷりと、そして刻み油揚もぱらぱらと。


「ふぅー。Delicious!」

「うん。これは本当においしい」

「Midさん、Sugarさん、カノさんのお蕎麦を頂かないとわたしは一年を終われないんです」

「まあまあお嬢様」


 そう言ってカノさんも同じテーブルに座り自分の湯呑みでお茶を飲んだ。


「わたしはオールド・タイプですからね。お嬢様のように新時代の斬新なお料理は作れません」

「わたしのは邪道です。それこそ実験みたいな」

「お嬢様。古今東西、新メニューの試行錯誤はまさしく実験ですよ」


 カノさんとGirlちゃんの料理談義がとてもアカデミックに聞こえる。

 料理というのは日々のことで、なおかつ食べることは人間の本能でありながら楽しみともなる。つまり嗜好なんだな。

 でも、嗜好とは言いながらそれは決して出鱈目な贅沢じゃなくって、小さな子がお母さんの作ってくれたお気に入りの定番料理で明日もまた新しい朝が楽しみだというふうな気持ちになること。

 やっぱり、素晴らしい。


 そしてそこまで甘えていいのかと思ったがGirlちゃんの家に泊めてもらうことになった。

 僕はさすがに断ろうとしたが、佐藤が餌に釣られた。


「Sugarさん、紅白観ながら千疋屋の杏仁豆腐と聘珍楼の黒ごまあんまんを頂きましょう」

「おおっ!」


 そういう訳で僕たちはカノさんのおせちの最終段階を手伝いながら杏仁豆腐と黒ごまあんまんをいただきつつ紅白を観ている。


「Midさんは男性ですけれども材料の切り方や盛り付けがとても繊細ですね」

「恐れ入ります」


 なんだろう。カノさんに褒められると心から嬉しいな。


「Sugarさんは本当に手際がいい。きちんと片付けながら作業しておられる」

「わ。お世辞でも嬉しいです」

「お世辞じゃありません。本当に料理が上手な人は洗い物や片付けの段取りが上手。結局はそれが丁寧な調理につながるわけですから」


 そう、佐藤はそうなんだよな。

 几帳面、ていうか真面目というか。

 そしてカノさんの一言に更に有頂天になる。


「よき伴侶を見つけられますよ」

「まあ!」


 執事の根本さんも仕事納めを終えて一緒に紅白を見た。Girlちゃんのご両親は明日は早朝からまる一日お父さんがやっている会社関係の挨拶まわりに出るのでもう就寝したそうだ。


「ああ・・・今年も終わる・・・」


 紅白が終わりに近づいた頃、Girlちゃんがコートを羽織りながら言った。


「Midさん、Sugarさん。もしよろしかったら二年参りに行きませんか?歩いてすぐの氏神さまなんですけど」


 二年参りか・・・実家にいた頃はばあちゃんもまだ生きてて年が明ける5分ほど前にやっぱり歩いて小さな村社に初詣に行ったな・・・


 この上はGirlちゃんの家の流儀にとことん付き合わせていただこうか。


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