旅五日目 天照大御神の誕生


 ふう、危うく、黄泉の国から出られなくなるところでした。いやあ、外の空気は美味しいですね。

 それにしても、こんな大きな岩、イザナギだ様けで動かしたとは驚きです。

 やはり、神のチート能力の賜物でしょう。


「イザナギ、よくも私に恥をかかせましたね!」

 おっと! ビックリしました。どうやら、黄泉比良坂の方にイザナミ様がいるようです。

 しかし、安心してください。大岩に隔てられているので、こちらにはやってこれません。


「もう、お前とは離婚だ!」

「そんな、酷い。それなら私はイザナギの国の人々を、毎日千人づつ殺しましょう」

「なら俺は、毎日子供を千五百人産もう!」

 私個人の意見を言うと、約束を破ったイザナギ様は悪い事をしたと思います。寂しいにもわかりますが、結果的に妻に、恥をかかせる事になっていまいましたね。

 しかし、何をして、何故入ってきちゃダメなのか、ちゃんと夫に報告、連絡、相談(報連相ほうれんそう)を怠ったイザナミ様にも否があると思います。


 大岩の向こうからイザナミ様の気配が消えました。どうやら、黄泉の国へと戻っていったようです。

 暗くて、寒い世界ですが、命を落とした者にとっては居心地の良い所なのかもしれません。やっぱり生者と死者は相容れないようです。 


 さて、イザナギ様とイザナミ様が決別した事によって、この国では、毎日千人の人が死に、毎日千五百人の子供が産まれるようになりました。計算上、人が絶滅する事はありません。

 

 ところで、イザナギ様は大丈夫でしょうか? なんだ、かうなだれているようですが……。


「さらば、我が妻よ!」

 ようやく、イザナギ様の中で決心が着いたのか、黄泉比良坂と現世を隔てる大岩に背を向けて歩き出しました。

 一体、どこへ向かっているのでしょうか?


「俺は黄泉の国で、死の汚れを受けてしまった。身を清めなければ」

 どうやら、イザナギ様はみそぎを行うようです。

 禊というのは、身に着いてしまった罪や汚れを、水で洗い流す事です。

  


 イザナギと共に筑紫の国へやって来ました。筑紫の国とは現代でいうところの、福岡県です。

 福岡といえば博多ラーメンと中洲の屋台街が有名ですが、今はまだ神話の時代。赤提灯を点している屋台は見当たりませんね。

 

 中洲の賑やかな雰囲気が好きなので、寂しい気もしますが、目の前には綺麗な砂浜と、青々とした美しい海が広がっています。

 海水浴をすると気持ちがよさそうですね。


 しかし、今回はバカンスではなく、イザナギ様にとって汚れを清める重要な旅です。


 イザナギ様は砂浜に、身に付けているものを脱ぎ捨てていきます。

 おや、彼が身に付けていたものにも魂が宿っていたのか、服や装飾品を脱ぐ度に、そこから神様が生まれています。

 

 そして裸になったイザナギ様は清らかな海に身を沈めました。

 すると、彼の身体から汚れが流されていきますが、それにも魂が宿っていて神様になっていきます。

 

 もはや、なんでもありの世界になっています。


 どうやら、イザナギ様は黄泉の国という異世界にいった事で、男でも子供をつくる事のできる能力を手に入れたのかもしれません。

 つまり、イザナギ様はフタナ……いや、なんでもありません。 



 イザナギ様は十分に身を清め、海から上がる最後に顔を洗おうとしています。そろそろ禊の儀式も終わりそうですね。


 おや、なんだか周囲の空気が変わってきましたね。天之御中主神様アメノミナカヌシノカミサマが現れた時ほどではありませんが、物凄いエネルギーがイザナギ様に集まっています。


 それでもイザナギ様は禊を止めようとはしません。

 手で水を掬い左目を洗うと、眩しい閃光に包まれました。

 きっと気高い神様が生まれたのでしょう。

 

 そしてイザナギ様の目の前に立っていたのは、気高さと美しさを兼ね備えた女神です。


 そう、あの神様こそ、日本の最高神になる天照大御神様アマテラスオオミカミサマです。



 しかし、天照大御神様という立派な神様が産まれてもなお、エネルギーはイザナギ様を中心に渦巻いています。


 次に右目を洗うと、精悍せいかんな顔立ちで、気品あふれる男神、月読命様ツキヨミノミコトサマが生まれました。


 最後に鼻を洗うと、今度は身体が大きく、髭を生やし、雄々しい姿をした男神、須佐之男神神様スサノオノカミサマが生まれました。

 ツキヨミ様とは真逆のタイプの男神ですね。



「おお! なんと、気高い子供達なんだろうか! 俺は今まで多くの神々を産んできたが、最後にこんなにも気高い子供達が現れるなんて」

 イザナギ様はとても嬉しそうにしています。



「アマテラスは昼の世界を見てくれ」 

「わかりました。お父様」


「ツキヨミは夜の世界を頼む」

「はい! 承知しました」


「スサノオは海原の世界を支配してくれ」

「俺が!? なんでだよ! 嫌だね!」

 

 アマテラス様とツキヨミ様は素直なので、父の言葉に従いました。しかし、末っ子のスサノオ様は言うこと聞かなかったのです。


 これは、なんだか波乱の予感がします。

 

 イザナギ様はアマテラス様、ツキヨミ様、スサノオ様を連れて高天原へと上っていきます。


 こうしては、いられません! 私達も早速、高天原へ向かいましょう。

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