第9話 門前戦

 閉じられていた門が開かれた。


 その向こう側に居たのは、武器を手に持った数十人の市民だった。豪華絢爛な格好をする貴族にも、戦闘服を着込んで戦いに備えた兵士にも見えない。泥や炭で汚れているが、簡素な恰好から市民だと分かる。


 彼らが手に武器を持って、武装しているという様子に僕は驚いた。


「ノア。危ないから、こっち」

「え? あ、うん。ってうわッ!?」


 そんな状況でアディは、何事もないかのように誰よりも早く反応して動き出した。危ないからと言って僕を腕の中に抱えると、少し離れた場所にジャンプで移動した。


 突然、アディに体を抱えられて不意打ちで飛び上がった僕は、武装している市民の登場に続いて驚きの声を上げてしまう。


 アディの突然の動きに怯んだように見えた市民たち。しかし、気持ちを切り替えて武器を構え直してから僕たちに目標を定めたようだ。


「ちょっと待っててね」

「え」


 僕は、離れた場所に降ろされた。それから武器を向けてきて威嚇してくる市民に、アディは平然と立ち向かっていく。


「ちょっと待ってください皆さん、落ち着いて!」


 聖女様が大きな声を張り上げて争いを止めようとしているみたいだったが、そこにいる誰も聞きはしない。街の門が開かれた前で、戦いは始まった。


 僕も自衛のためにと思い、近くに転がっている鎧を着込んだ死体から剣を拾い上げ構えてみる。


 まだ僕が貴族だった頃、剣術を学んだ事もあったから何とか出来るかと思ったが、もう5年以上も前のことだったので剣の扱い方は記憶から忘れ去られていた。だが、適当な姿勢で構えるだけでも牽制にはなるだろう、という気持ちで備えた。


「本気か?」

「聖女様を守らないと、やられるわよ!?」

「ぐっ、やるしか無いのか」


 聖女様が制止する声を聞き入れず、市民は襲ってくる。戦士と魔法近い、鎧の男の三人が馬車の前に降りてきて、止めに入ろうとする聖女様を守るように市民に向けて武器を構えた。


 争いを止めようとする聖女様を馬車に引き戻そうと腕を引く、僧侶の女性。


「待って、戦うつもりはッ!」

「危ないです。馬車に戻ってきて下さい聖女様! ここから逃げなくては」


 僕を目掛けて襲ってくる市民も居るけれど、その前にアディが立ちふさがる。虫を追い払うような手軽い感じで、大剣を振るって市民を返り討ちにして、倒していく。


 すごい勢いで大剣に打たれた市民は、ゴロゴロと地面へと転がっていく。その一撃を受けて死んだかのようにも見えるけれど、地面の上に倒れてから呻いているようで生きてはいるようだった。アディから死にそうなほどの強烈な一撃を受けて、とても痛そうではあったけれど。


 僧侶は聖女様を場所の中に避難させてから、そこから逃げ出すためにと馬車を操縦しようとしているが、前方にいる武装した市民が邪魔になって進めない。馬も、言うことを聞かなくなって馬車の方向転換が出来ない。


 そうこうしている内にドンドンと増えていっている市民の数。街の中から出てくる彼らに、護衛の3人は体力を消耗していって動きが鈍くなっているのが見えた。


 アディだけは楽勝そうだったが、これではいずれ護衛3人が先にやられてしまう。


 出会ったばかりの人達とはいえ、見捨てることは出来ないだろうし。聖女様からは依頼も受けているから、見捨てると報酬が貰えなくなる。


「アディ! あっちの三人を助けないと」

「チッ! わかった。ノアは、そのまま動いちゃ駄目だよ」


 離れた僕の耳にもハッキリと聞こえる大きな舌打ちをしたアディ。嫌そうにして、護衛3人の助けに入った。


 相手は、武装しただけの市民だ。剣の振り方に慣れているようには見えなかった。戦い慣れていない。ただの市民が武装しただけならば、同じ素人の僕でも落ち着いて対処できる。アディが離れても大丈夫。


「すまない、アディ」

「助かりました、お姉さま」

「ありがとう、だがまだ敵が来ているぞ」


「……」


 3人から感謝の言葉を聞いても、聞こえないかのように無視して大剣を振り続けるアディ。


 危なかった状況が一転して、襲いかかってきた市民側の不利となっていた。急いで馬車を操縦して逃げられるかもしれない。一息つけると思った瞬間だった。


「ウラァアアアアアアッ!!」


 突然遠くから聞こえてきた、甲高く鼓膜が破れるかと思うほどの大きな女性の声。僕は、肌が粟立つほどの恐怖を覚えた。


 声が聞こえた方に目を向けてみると、1人の女性がアディに斬りかかっていた。


 アディの大剣と、突然現れた女性のロングソードがぶつかり合って甲高い金属音が辺りに響き渡る。


 聖女様も護衛も、市民たちも、そして僕も行動を止め2人の戦いに見入っていた。


 空気のブンッと切れる音と共に、ガキンとぶつかりあう鉄の音が鳴り止まない。

 

 現れたのは、アディよりも更に背の高い女性だった。


 褐色肌に顔や腕には大きな傷跡が特徴的な見た目をしていて、その女性の巨体には見合わない猛スピードでロングソードを縦横無尽に猛スピードで振るっている。


「危ないッ!」


 思わず声を上げてしまうほどの動き、アディは頭上ギリギリの手前に大剣を構えて敵のロングソードの攻撃を受け止めていた。


 一瞬静止したかと思ったら、再び両者は目にも留まらぬ素早さで動き出す。大剣とロングソードの残像が見えるほどの速さで振るわれていく。


 攻撃力は高そうだけれどスピードでは負けてしまう大剣に対して、攻撃力は並だがスピードが勝っているのだろうロングソード相手。アディに少し不利かもしれない。


 出会ってから初めて、アディに匹敵する強者が現れた。これは、かなりマズイ展開なのかもしれない。どうにかして、敵の注意をひきつけてアディを助けないと。


 幸いなのは、その2人の戦いだけ明らかにレベルの違うこと。その様子に市民たちも唖然として、動きを止めて突っ立っていた事だろう。


 しかし、アディを助けるためにはどうすればいい? どうすれば……。


「アディ!!」


 再び、彼女の命の危機を肌に感じた。ロングソードの刃がアディの右腕ギリギリに迫る。


「って、あんたアディなの? なんでそんな恰好してんの?」

「あ、もうバレちゃった」


 2人が動きを止めた。しかも、何だか親しそうに会話をしている。


 先程の耳をつんざくような大声を発した女性と同一人物とは思えないような、綺麗で透き通る声が聞こえてきた。というか、アディの知り合いだったらしい。

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