第31話 取引

 価格について、話し合いが行われた。しかし、ジョゼットが告げた新価格を聞いた商人テゲルは怒り出して、交渉はすぐに決裂する。


「馬鹿な。そんな金額では、他の商人はどこも買わんぞ!」

「買う気が無いのなら、速やかにお帰りください。我々は、今後これ以上の値下げはしないつもりなので」


 相場を調べて算出した価格から、少し値下げした金額。今までの取引価格と比べてかなりの値上げになるが、平均相場に比べると安い。ジョゼットと向かい合って話すテゲルの表情が歪む。出会ったときに見せた笑顔は、すでに消えていた。


「……ッ!」


 テゲルは言葉に詰まって黙り込む。ジョゼットが本気で値段交渉には応じないと、宣言したからだろう。


 そしてテゲルは黙ったまましばらくの間、ジョゼットを睨みつける。そうしてから横に控えていた護衛に目配せをした。視線を向けられた屈強な男は首を横に振った。もしかして、力でなんとかするつもりなのだろか。


 だが、アマゾン国にはジョゼットをはじめとする、アディや他にも沢山の女戦士がいる。それを分かっているから、商人の護衛も首を横に振って戦いを拒んだ、ということかな。


 眉間にシワを寄せ、しかめっ面のテゲル。


「さぁ、どうする? 買うのか、今回は何も持たずに帰るのか」

「……」


 ジョゼットが、笑顔を浮かべながらどうするのか、判断を迫る。テゲルは、後ろを振り返った。多数の馬車が停まっている。そして部下たちが、荷物を運ぶために待機している。彼らも皆、困ったような表情。テゲルの判断を待っている。


「くそっ……野蛮人め」


 テゲルが小さく呟く声が、ハッキリと聞こえてきた。僕は不快に思ったけれども、同じく聞こえただろうジョゼットもセレストも黙ったままなので、静かにしておく。


「買う。オイ、金を持ってこい!」

「お買い上げ、ありがとう!」


 心底嫌そうに、買うという言葉を口にしたテゲル。部下に金を用意させる。結局、購入することにしたらしい。


 部下と護衛を引き連れて、大量の馬車でアマゾン国に取引しに来た。このまま何も得ず、引き上げてしまえば損失を出してしまう。購入しない、という選択肢はない。


 それに、価格を値上げしたとはいえ周辺の街で買い集めるよりも、だいぶお買い得だから。それを商人テゲルも分かっているのだろう。彼は、用意していた商品も全てジョゼットが提示した金額で買い取った。


 ジョゼットが金を受け取ったので、商品を引き渡す。取引が成立した。連れてきた馬車に商人テゲルが購入した商品が、次々と積み込まれていく。彼は部下の作業する様子を、憎々しげに見つめ続けていた。


 取引に用意していた商品の積み込みが、全て終わった。テゲルが連れてきた馬車が満杯になるまで、魔物の素材が積んである。取引も終了して、あとは別れるだけ。


「今後も、この価格で取引するというのなら、契約は打ち切りだ」

「そうか、わかった」


 そんなときになって、テゲルが言う。価格を引き下げなければ、これから先の取引は無しだと。あっさり受け入れるジョゼット。堂々とした態度で、最後までテゲルの値引きには応じなかった。


「チッ!」


 そしてテゲルは舌打ちをして、荒々しく馬車に乗り込んだ。終始不機嫌で、愛想も悪い。商人らしくない態度を隠そうともしない。


「フン。お前達は、この判断を後悔することになるぞ」


 別れ際に、ジョゼットにそんな捨て台詞を言ってから、テゲルの商隊は森の外縁部から去っていった。




「ごめん、セレスト」


「どうした?」

「何かあった?」


 商隊が居なくなってから、僕はセレストとジョゼットに謝った。


 ジョゼットは何が、というような表情を浮かべる。そしてセレストは、心配そうな表情で僕の顔を覗き込んできた。


「僕が、取引内容について指摘してしまったばっかりに。今まで続いていた商取引を駄目にしてしまった」


 これから先、魔物の素材を売る取引先がなくなった。アマゾン国の収入源を潰してしまった。まさか、こんな事態になるとは予想していなかった。だから、僕は謝る。


「なんだ、そんなことか。気にしなくていいさ」

「ほんとに?」


 それなのに、大したとこないとジョゼットは言う。


「あぁ。あそことの取引は駄目になったが、これからは別の商人と取引すればいい。実は、他に取引できる商人に当てがあるからな。なんとかなるさ」

「そうなんだ」


 ジョゼットの言葉を聞いて僕は安堵する。そうか、良かった。


 彼女の堂々とした態度には理由があった。テゲルとは別の商人と取引するという、当てがあったらしい。


「ノアの持つ魔物寄せスキルのおかげで、この国にも魔物が増えてきたからね。手に入る素材も増えてきた今、取引内容を整理できてよかった。むしろ、今のうちに無駄だった取引を解消できてよかった」

「そう言ってくれるのなら、僕もよかったよ」


 セレストの励ましてくれる言葉を聞いて、僕の気持ちは楽になった。


 そして、これからもっと役に立てるように頑張ろうとも思った。これからは自分の行いが、アマゾン国に大きな影響を及ぼすと自覚して、注意するのも忘れないようにしないと。今回の出来事を糧にする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る