第5話 所有宣言
「本当に目的地は、コッチの方向で合ってるんですか?」
「んー、コッチだよ。……多分」
仲間と合流するからと言って、森の中を進み続けるアディ。この道で大丈夫なのか彼女に確認してみると、心配になる答えが返ってきた。
本当に合流を考えて道を進んでいるのだろうか、不安になってくる。けれど僕には道が一切分からないので、アディの後を付いていくしか無い。
ずっと地下の中に居て、外に出たのも何年ぶりかのことだった。その前も生まれた故郷からは出たことがない、外の世界を知らない人間である。
ここから近い街の位置なんて当然分からないし、森の中で放置されでもしたならばどこにも辿り着けずに餓死して死ぬか、もしくは魔物に襲われて死んでしまうような状況になって、助かる見込みはないだろう。
必死になって、アディの後を付いてきたけれど朝からずっと歩きっぱなしだった。襲いかかってくる魔物の露払いはアディがすべて行ってくれているので、僕は後ろについていくだけだった。
次々と襲いかかってきていた魔物達も、少し前から現れなくなった。もしかすると森に生息している魔物を全て倒してしまったんじゃないだろうか。そう思えるほど、今は静かになっていた。
後をついて歩くと分かる彼女の背筋。背中に掛かる金髪の間から、チラリと見えるセクシーな筋肉の盛り上がり。僕は、彼女のその背中をずっと眺めていたくて、後ろをついて歩いているのかも知れない、と馬鹿な考えを頭に思い浮かべる。
(いやいやいや、僕は疲れているのかな)
目の前に居るアディから視線を外して、心のなかで反省する。
「今日は、ココで休もう」
「え?」
急に立ち止まったアディ。森の中にある、何の変哲もないような場所で宣言した。ここで休むんだと。
確かに、いつの間にか辺りはオレンジ色の空に変わっていた。辺りは、徐々に暗くなってきていて、もうすぐ日が沈んで森の中は真っ暗闇になるかも知れない。
だが、それにしても唐突に過ぎるように思った。だが、アディの判断は的確なようにも思う。僕には、森の中で過ごした経験が足りないから判断できない。
「まだ目的地までは遠いんですか?」
「わからん」
「えっ!?」
「火を熾そう」
近くに落ちていた枯木を拾って、慣れた手付きで火を熾す準備をしていくアディ。彼女のサバイバル能力は万全なようだった。けれど、仲間の居場所は覚えてないのか分からなくなったのか、詳細を教えてくれずに不安だった。
でも彼女が、今日はもう動かないと言ってしまったので僕も仕方なく彼女に従って地面に座り込む。というか、戦闘から拠点づくりに、寝床の準備まで女性である彼女に任せっきりになってしまった。
「何か手伝えることは?」
「大丈夫。待ってろ」
手伝おうと声を掛けたのだが、待機させられた。本当なら男の僕が率先して彼女の手助けを出来ればいいのだが、そんな能力は無いことを自覚しているので素直に彼女に頼り切る。
「腹が減っただろう、コレを食え」
「え? ソレを食べるんですか?」
どこに持っていたのか、先ほど倒していた魔物を取り出したアディ。そこから肉を切り取ってから、火にかけてこんがり焼いていた。
ホラ、と僕に向けて差し出してきた。美味そうな匂いが漂ってくるのだけれども、魔物だと考えると食べるのに躊躇する。
「どうした? ほら、食べろ」
「えっと、これ魔物のお肉ですよね」
「ん? 美味しいぞ」
「いや、体に害とか」
「みんな食べてるから大丈夫だ。おまえも食べただろ?」
知らない内に僕も食べていたらしい。というか、いま思い返してみると死にそうになりながら食わされた得体の知れない肉というのは、魔物の肉だったのか。
そう考えると、食べても大丈夫……なのか?
急に腹が減ってきたのを感じて、仕方なく目の前に差し出された肉にかぶりつく。がぶりと一口食べてみると普通の肉。問題は無さそうだった。
味付けも下ごしらえもしていないはずの肉だったが、食べてみると程よく塩辛くて肉の臭みも感じない。僕は美味しいと感じていた。なんだこの肉は、と驚愕する。
いや、食べたことがあるような。ココ最近ではなく、ずっと昔。監禁されるよりも前の出来事。
よく考えてみると、僕は今まで食べてきたモノをよく知っている訳ではなかった。いつも出された物を食べていただけで、魔物の肉を食べたことがあるかも知れない。こんなに普通に食べられるのならば、この世界は魔物の肉なんか常識的に食べられているのかも知れない。
「美味いか?」
「うん、美味い」
「そうかそうか!」
肉を食べた後、彼女が感想を求めてきた。素直に答えると、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
僕に食べ物を分け与えてくれた後に、アディも一緒に魔物の肉を食べていた。僕に先に食べさせたのは毒味かと一瞬だけ疑ったが、そんな事はないだろう。
いやいや、彼女にそんな悪気を感じない。普通に善意として、僕を先に食べさせてくれたのだと思う。いやけれど……。
「なんで、こんなに良くしてくれるんですか?」
とうとう気になって、本人に聞いてしまった二度目の質問。何故、自分を助けるのかと。死の淵から助けてくれて、魔物の群れからも守ってくれた。そして今も食事を作ってくれて、食べさせてくれた。
何となく、とアディは答えてくれたのに掘り下げて聞き出そうとする。そんなのは聞かなくても良いことだったかも知れないが、聞かずにはいられない。
すると、アディは答えてくれた。
「ノアはもう私のモノだから。大事にするのは当然!」
「えっ……、”私のモノ”?」
一体いつの間に、彼女にそんなに気に入られたのか原因を理解できない。一目惚れか何かだろうか。とにかく、好意を持ってくれているのなら大丈夫か、大切にすると言ってくれたと安心しかけたが、そうじゃなかった。
「道具は壊れないように、無くさないように、優しく接してあげるのが大事らしい」
「ど、どうぐ……」
”私のモノ”という言葉は文字通り、モノと言う意味らしい。男として、人間として見られていないらしかった。
「お腹も一杯になったし、寝ようか」
「うわッ」
またもや、頭をガシッと掴まれて彼女の豊かな胸の中に収められる。子供が大事なぬいぐるみを寝る前に胸に抱きかかえ、安心するかのように。
そうなのか、道具として、大事に……。
いや、でも。生きるためにはしょうがない。こんな美人で強くて逞しい人に大事にされるのなら本望だと受け入れるしか無かった。
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